元大魔王 鐘白白式
多元宇宙理論。
実は宇宙は自分達が住んでいる宇宙とは別に多数の宇宙が存在する考えである。ならば何故宇宙同士が干渉しないか。それに関しては多くの仮説がたてられている。
それはまた別として、この理論の真偽は賛否両論だった。
しかし、ある事件がきっかけとなり多元宇宙理論は簡単に証明された。
突如現れた何かの紋章のようなものが刻まれた両目をもつ少女が何かを唱えると天が裂け全く別の世界と繋げてしまった。
人類が住む地球と、魔族と呼ばれる生物が住む魔界。本来絶対に干渉することの無い別々の宇宙に存在する二つの惑星が突如繋がり人類と魔族の終わりなき争いが始まったのである。
地球に侵入してきた魔族達に人類達は成す術もなく全滅するかと思われた。
しかし、とある人間達の登場により状況は一変した。
絶対的な力を突如手にいれた人間達が現れたのである。
彼ら勇者と呼ばれ人類達の希望となった。
この者達の登場により人類は魔族に対抗する力を手にいれた。
但し勇者の存在が有ったとしてもそれが魔族との争いの決定打にはならなかった。
人類と魔族は互角に争い、争いの決着は一向に見えなかった。
そしてこの争いは千年以上も続いた。
しかし、この争いの戦況は彼女達により狂い始めた。
人間界と魔界を繋げた謎の少女。彼女が持つ目に刻まれた紋章と似たよう紋章を刻まれた目を隻眼に持つ女の子が突如産まれるようになったのである。
彼女達は勇者を凌ぐほどの力を持っていたがその力の全てが魔族に似た力だった。
これは何らかの災いに違いない。そう、考えた人類は彼女達を棄て、「呪われた子供」として、彼女達を人間社会から追放した。
あの子が現れるまでは。
ある日勇者の力を持つ夫婦の間に一人の女の子が産まれた。彼女は片目に十三画の紋章が刻まれていた。
その子はすぐに捨てるかと思われたが彼女の力を見た人々すぐに彼女を人類と魔族の戦いの最前線に送り込んだ。
彼女の持つ単純で強力な力「無限強化」。
この力は周囲にいる人々の持つ様々な力を上限を無視して増幅される能力である。
この少女を手にいれた人類は突如無限の力を手にいれ一方的に魔族を蹂躙していった。
そして人類は魔界最強の大魔王が住む魔族最後の砦、魔王城まで侵略してきた。
魔王城の一室。巨大なベットに横たわる老人の側に立つ青年はただ黙々と報告を続けていた。
「我兄デルゲリアも勇者との戦いで戦死し、彼の率いる魔族部隊は誰一人生還しませんでした。」
「勇者の進行状況は?」
「現在魔王城正門前にて父上と交戦しておりますが彼らが魔王城内に侵入するのも時間の問題かと。」
魔界の王族の一人ゼギフレウス。彼は目の前で衰弱していく78代目魔王に報告を続けていた。
本来ならば彼も戦闘に参加し、勇者達の進行を止めなければならない。
しかし、彼は皮肉にも弱かった。王族最弱と罵られ、足手纏いだと言われ一度も戦闘に参加したことはない。
この報告などなんの意味も無いことなど彼が一番理解していた。
しかし、彼には報告しか出来なかった。
ただ、次々と死んでいく兄妹達の報告しか出来なかった。
「儂の魔力ももう殆ど残っていない。恐らくたった一つの魔法を使った会話だけで死んでしまう。貴様にはこの意味が分かっているな。」
「はい、存じ上げております。」
「よし、ならば後は頼んだぞ。」
そう言い残すと、魔王は魔王城に強力な結界を張ると同時に魔力の完全蒸発により肉体と魂が消滅した。
彼はそれをただ見ている事しか出来なかった。
魔王を消滅すると、すぐに彼は自分のすべき事に取りかかる。
「カルデア、今すぐここへ。」
「はい、お父様。ご用件は。」
青年は娘の名を叫ぶと突如彼の影から一人の少女が姿を現した。
「今から、僕が78代目魔王の意志を引き継ぎ魔王となる。今すぐ魔王城にいる全ての魔族に伝えろ。今すぐ魔王城から逃亡しろと。」
「しかし、お父様。魔王城を破棄するおつもりですか。」
カルデアは青年の命令に戸惑いを見せた。魔王城の破棄は魔族の完全敗北を意味する。白旗をあげるようなものだ。
「勇者は僕だけで迎え撃つ。結界が壊れる前脱出しろ。これしか僕に出来ることはないから。」
その時の彼はまるで死に怯える子供の様だった。
勇者達に一人で対峙する魔王。誰がどう見ても魔王側が圧倒的に不利だった。実際魔王は勇者達にただ一方的に蹂躙され最早虫の息だった。
誰もが勝利を確信したその時魔王は思いもよらぬ行動に出た。
魔王が最後の力を振り絞って「呪われた子供」である少女にふれ突如増幅した魔力で転移魔法を使い魔王城ごと地球に転送した。
そして突如日本に現れた魔王城は人類を巻き込んで大爆発を起こした。
幸い勇者達は命に別状は無かったがそこに魔王と少女の姿は無かった。魔王のまさかの行動により人類は魔族に勝つ最高の勝機を失った。
それだけではない。人間界から魔界への侵入が不可能となったのだ。
これにより人類と魔族の戦いは一時休戦となってしまった。
しかし、魔王城の爆破により日本の30%が荒地となった。
一方魔界では79代目大魔王が誕生し、魔界を救ったゼギフレウスは78.5代目大魔王また、魔王城を棄てた最悪の魔王として魔界に名を残した。
20年後。爆破による傷跡がようやく消えつつある日本の住宅地に建つ一軒家。
父親とその娘、血のつながっていない姉と一切外に出ようとしない叔母、それと一般家庭のはずなのに住み込みで働くメイドが居る鐘白家の朝が始まる。
午前八時、もう朝食は完成おり本来ならば家族全員で朝食を食べるはずだがテーブルを囲む椅子には三席空席があった。
その内一人は学生のはずだが。このままでは明らかに遅刻である。
「起こしてあげなくていいのですか?」
テーブルであるのにも関わらず座布団重ねて食事をする学生服を着た少女は一緒に食事をする片目が隠れるほど前髪の長い灰色の髪の少年に問いかけた。
「たまには自分で起きる癖を付けないといませんからね。ところで春さんはいつまでそんな服装でいるおつもりですか?」
春という少女の服装は毎日同じ緑のリボンのついたセーラー服とスカート、さらにその上に同色のジャージを羽織った恰好なのだが彼女は高校生でもなければ中学生でもない服装指定のない大学生である。
それを何故か毎日同じ制服を着ている。
「そういう白式こそその服サイズ合ってませんよ。ぶかぶかです。」
「別に少し大きめのサイズ服を着たっていいでしょう。」
「XLは諦めて潔くSサイズにしませんか。自分身長ぐらい自覚してください。」
確かに春さん言う通りである。白式の着ている白のTシャツはサイズが合っておらずブカブカで肩が襟から見えている。
「自分の身長くらい自覚しておりますよ。それなら春さんだって服サイズ合ってませんよ。ジャージ袖から手出てませんよ。」
「えっと、それはその。べ、別にいいではないですか。貴方のより身長高いのですから。」
「5cmしか変わらないでしょ。」
140cmの少年と145cmの少女の不毛の争いを見て見ぬふりをしながら朝食を食べていた和服のメイドは二階からドタバタと騒がしい足音を聞いて急いで台所に避難した。
彼女が避難した直後、白式の後頭部に飛び蹴りが直撃した。
そして飛び蹴りのノックバックで椅子から崩れ落ちた。
「どうして起こしてくれなかったんですか、お父さん。今日は日直なんですよ。」
高校の制服を着こなした少女は椅子から崩れ落ちた白式をお父さんと呼び怒鳴り付けた。
「もうお父さんなんて大っ嫌いです。それでは行ってきますお母さん。」
少女は早口で叫ぶと、テーブルに置かれていた食パンをくわえて出ていってしまった。
ちなみに彼女の発言にはなんの間違いはない。事実、彼女は白式の実の娘である。
「だから起こしてあげるべきなのですよ。あの調子だと無垢式とうぶん口きいてくれないですよ。白式聞いてますか。」
「春さん、今は何を言っても無駄ですよ。」
「え、どうしてですか?妖霧さん。」
「だってほら、目を見てくださいよ。」
妖霧の言う通り、白式の目は焦点が合っておらず茫然と座り込んでいた。
余程愛娘の言葉が響いたのだろう微動だにしない。
一度娘に嫌われた白式は一日中放心したままでいるので埒が明かないと思った春はどこからともなく金属製のバットを取り出すとなんの躊躇もなく白式の頭部に狙いを定めて金属バットをフルスイングした。
本来金属バットの直撃により砕けるはずの頭蓋骨は傷一つ付かず逆に金属バットが砕け散った。
「いい加減目を覚ましてください。あなたがそのままなら多分あの子は悲しみますよ。」
「すいません、確かに僕がこんなままなら無垢季との約束破ってしまいますからね。」
白式は金属バットの衝撃など全く気にせず立ち上がると無垢式がお母さんと呼んだ写真を眺めて呟いた。
「やはり、僕に父親は向いてないのでしょうか。無垢季はどう思いますか?」
写真の前で項垂れる白式を金属バットの残骸の掃除をしながら遠目で眺めていた妖霧は彼に違和感をおぼえた。
「やはり見えませんね。」
「え?妖霧は何が見えないのですか。」
「彼があの日本の一部を破壊した大魔王ゼギフレウスだなんて、何処から見てもただの子供にしか見えなくて。」
「当たり前だよ。白式はもう魔王の名前なんて捨ててるから。今は鐘白白式ですからね。」
「さて、春さん幼霧さん。今日も一日頑張りましょう。と言っても今日も何も予定が無いのですが。」
78.5代目大魔王ゼギフレウス改め鐘白白式は魔王の職務を終え、その後の日常を謳歌する。