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血濡れた恋  作者: つよちー
9/15

第九話「当たり前の暮らし」

【前回のあらすじ】

無事に町へ辿り着いた二人。そこで出会ったグレイドという男に助けを求め、彼が経営する店の寮で暮らすことになった。しかし彼はジャックが人殺しだと人目で見抜く。警告をし、彼は二人を信用した。

血濡れた恋 第九話


部屋に戻るとエミは座って読書をしていた。俺に気付くと本を閉じて嬉しそうに俺の前に立った。

「おかえりなさい。何だったのですか?」

「あぁ....別に....気にすることじゃない」

「そうですか?」

「それより何を読んでたんだ?」

彼女にこれ以上追求されるのは困るので話題を変えた。彼女はさっきまで読んでいた本の表紙を俺に見えるように持ち笑いながらその題名を言った。

「俺はもう読んだな」

「え、そうなんですか?」

彼女は少し残念そうな笑顔で

「じゃあジャックさんと一緒に読めないですね」

と言った。そしてすぐに普通の笑顔に戻った。

「早くこの本を読んで、新しい本をジャックさんと読みましょう」

「ああ、そうだな。楽しみだ」

そう言って俺は彼女の隣に座って彼女が読書をする姿を眺めた。今まで気付かなかったが、どうやら彼女は顔に出るようだ。小説の主人公が辛い場面に遭っているときは彼女も辛そうな表情をし、その逆も同じだ。彼女の表情を読み取ってどんな場面なのかを想像する。それが少し楽しみだった。だが、最近は彼女のその表情を見ている方が楽しい。心が落ち着く。相変わらず彼女に抱くこの感情の正体がわからない。彼女に直接聞くにしてもこれは自分のことなのだから自分で気付かないといけない気がする。そう考えていると扉が開いた。そしてグレイドが部屋には入らず顔を出して俺を呼んだ。今度は何だと思い部屋の外に出ると彼はついて来いと言って俺を一階の個室に連れて来た。

「今度は何ですか」

「ただであそこに住ませるわけにはいかないんでな。ちょいと俺の店で働いてくれ」

「は?」

働くと言う言葉が上手く解釈出来なかった。冷静になって考えると、全く人と接してこなかった俺にはそれは精神的な面で少し厳しかった。

「まあお前がどんな人間かはわかってるから、接客は最初からさせねえよ。店の裏に食材が届くんだ。お前はただそれを運んでくれればいいよ」

その話を聞いて初めてここが飲食店だと知った。運ぶだけの作業なら俺にも出来る。俺は頷いて彼に納得の意を示した。すると彼の後ろにある扉が開いた。綺麗な女性が入ってきた。

「ただいま。あれ?その子誰?」

俺に気付くと彼女はグレイドにそう質問した。

「なんか北の町から来たらしい。それで泊まる場所がねえから空き部屋をあげたんだよ。で、その見返しに働いてもらってるってわけだ」

彼の説明を聞くと彼女は俺の前に歩いて来て手を差し伸べた。俺はその手を握って握手をする。

「アイリス。よろしくね」

「よろしく....お願いします」

手を離すと、彼女は部屋から出て行った。グレイドと彼女の関係が気になって訊こうと思った瞬間彼が先に口を開いた。

「じゃあさっそく仕事に取りかかってもらうぜ」

そう言うと彼は店の裏手への行き方を説明し仕事の内容を教えてくれた後、店の中へ戻って行った。関係を訊けなかったが、別に大したことじゃないからいいか。こんなことをするのは初めてだが、慣れたら楽だろう。彼に説明してもらった内容を思い出しながら作業を始めた。


仕事を終えると、辺りはすっかり暗くなり、空には夕日の光が微かに残っていた。部屋に戻り俺は即座にベットに倒れ込んだ。エミは心配そうに俺の背中を摩る。

「大丈夫ですか?」

「疲れただけだ....心配すんな」

そう言って俺は大きく深呼吸をした。普通の人間は、こういうのをほぼ毎日繰り返しているのか。結構骨が折れる。慣れるまでの辛抱だな。俺は疲労による睡魔に襲われ、起きているのが辛くなってきた。

「しっかり休んでください。ジャックさんとの読書、楽しみにしてますから」

彼女のその言葉を聞いて俺は目を閉じた。そしてそのまま深い眠りについた。


それから数日、仕事に一生懸命取り組んだ。毎日くたくたに帰ってくるが、嬉しくもあった。これが普通の人間の暮らしなんだな、と実感する。二週間もすれば、グレイドから接客の仕事をしてみないか、と言われた。彼によると、労働よりは遥かに楽らしい。俺は頷いてそれを承諾した。その仕事は来週からだと彼に告げられ、俺はいつもの仕事を始めた。届けられた食材を店に運び込む。その繰り返し。幾つか食材を運んだ辺りで後ろから声を掛けられた。振り向くとそこにはエミがいた。

「お疲れ様です、ジャックさん」

「おお、エミ。どうしたんだ?」

「ただ部屋でジャックさんの帰りを待つのもあれなので....様子見に来ちゃいました」

そう言うと彼女は笑う。俺は仕事を中断して近くにあった木箱に腰掛けた。彼女も俺の隣に座った。

「こんな暮らしができるなんて夢にも思いませんでしたね」

「そうだな。お前と出会う前の俺には想像もできなかったな」

「毎日お仕事お疲れ様です」

「おう、お前もありがとな」

「私は何もしてませんよ」

「してくれてるさ。お前は自覚してないようだけど」

「そう....ですか?」

「ああ」

俺は彼女の瞳を見つめた。

「お前と出会ったおかげで今の俺がいる。お前と出会えて良かったと思ってる」

そう言うと彼女は顔を赤くして俺から顔を逸らした。

「私も....ジャックさんと出会えて良かった....です」

そう言うと彼女は俺の手を握り、真剣な眼差しで俺の目を見つめる。

「私....」

次の言葉を発する前に店の扉が開いた。グレイドだった。

「おいジャック、今日の夜ちょっと付き合ってくれ」

「なんすか?」

そう言うと彼はニヤリと笑い何かを飲む仕草をした。酒に付き合えということだな。

「エミちゃんもどうだい?」

「いえ、私はまだ飲めないので....」

「まあそれはわかってるさ。酒は飲まなくていいからよ。楽しいぜ」

彼がそう言うと彼女は

「それなら、私も付き合います」

と言って誘いを受けた。彼女が俺に何を言おうとしていたのか、そのときの俺は気に留めなかった。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

当たり前は一度離れると当たり前じゃなくなる。そんな体験をすることは滅多にないですが、当たり前は人や環境によって大きく変わってきますね。ジャックにとっての当たり前は、誰からも助けてもらえずに孤独に生きること。彼自身は当たり前と思いたくないのですが、結果的にはそうなってしまっている。でもその当たり前を変えたのはエミです。今後二人がどうなるのかは検討がつくでしょうが、どうか最後まで読んでください。

感想や指摘など頂くと嬉しいです。

続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。


これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。


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