第八話「ここでやり直す」
【前回のあらすじ】
遂に旅に出たジャックとエミ。しかし彼等に立ちはだかったのは猛吹雪とエミの病気。ジャックは彼女を見捨てず、そして更に彼女との絆が深まった。
エミの熱は翌日になると冷めていた。意外とあっさり問題が解決したので安心した。彼女は
「こんなに早く治るなら置いて行けなんて言わなきゃよかったです」
と恥ずかしそうに笑っていた。俺もあの彼女の言葉に対して返した言葉を恥ずかしく感じた。そして俺たちは再び歩みを始めた。何時間も歩き続け足に限界が近付いた頃に、ついに町が見えてきた。
「ジャックさん、見えてきましたね」
「ああ、早く行こう」
やっと辿り着いた喜びに俺と彼女は笑顔になっていた。町はとても賑わっていた。そして何より嬉しかったのが、町の人間は俺を見ても何一つ怯えないこと。当たり前のことが不思議で仕方がなかったがこれに慣れていけば、ついに俺は普通の人間になれる。普通の暮らしができる。嬉しさに浸っている俺をエミが現実に引き戻した。
「どこで暮らすんですか....?」
その言葉に何も返せない。何も考えていなかったのだ。どこでどうやって暮らすかなど。頭を抱えて深く考え込む。するとエミが俺の服の袖を引っ張った。
「あの、こんなところで悩むのは....」
そう言って彼女は気まずそうに辺りを見渡す。何だろうと思い周りを見ると俺たちは道のど真ん中で通行人の邪魔になっていた。すぐさまその場から離れて人気のない路地裏へ逃げ込んだ。壁にもたれ地面に座る。エミもその横で座った。
「....どうする?」
「どうするって言われてましても....」
二人して悩み込んだ。町に来たはいいが生活するための知識が全くない。しばらく悩んでいると路地裏の向こうから誰かがこちらに近づいて来た。体の大きな男だ。その男が俺たちを見ると
「こんなとこでなにしてんだお前ら?」
と訊いてきた。
「....え?」
見知らぬ人間から突然質問をされて頭が戸惑う。返答に困っていると男はまた同じ質問をしてきた。するとエミが
「私たち、北の町からやって来たんですが住む場所が無くて困ってるんです。助けてください」
と言った。見知らぬ人間によくそんなことを聞けたな。だがこんな状況じゃ、他人に助けを求める他ない。俺も男と目を合わせ彼女と同意見ということを証明する。
「確かに困ってそうな感じだが、そういう頼み事はまず金を払ってからだろ」
「お金は持ってないです。でも代わりに....」
エミがそう言うと食料の入った袋を男に渡した。
「それを全部あげます」
男は袋を受け取ると中身を見る。
「マジか。お前らこんな高級なもんどうやって手に入れたんだ?」
男は袋の中にある食料を興味深そうに見続ける。俺はその返答に顔を逸らした。彼女も同じ反応をした。男は不思議そうな表情でそれを見た。そして袋を閉じてそれを背負うと
「いいぜ。贅沢な飯を食うのは久しぶりだからな。助けてやるよ。ついて来な」
と言って歩き出した。エミは俺を見ると満足そうな笑顔で笑った。俺を心の中で深く安堵し男の後をついて行った。どうやらこの町では北の町の食料は高級なようだ。土地にとって物の価値は変わるんだな。男に案内されて辿り着いたのは、小さな店だった。
「ここは俺が経営してる店なんだ。上に住居があってな。幾つか部屋が空いてんだ」
そう言うと男はその部屋への行き方を説明してくれた。そしてエミと一緒に礼を言い、その部屋へ向かった。扉のドアノブに鍵が吊るされていた。恐らくこの部屋の鍵だろう。
鍵を手に取り扉を開けるとそこには綺麗に整頓された部屋があった。ここなら十分に暮らしていける。
「よかったですね。ジャックさん」
「そうだな。お前のおかげだ」
「いえ....私は何も」
「いや、お前は十分に役立ってるよ。足手まといじゃない。人と関わってこなかった俺には誰かに助けてもらうなんて考えられなかった。お前がいなかったらまた逆戻りだった。ありがとう」
そう言うと彼女は顔を赤くして俯いた。俺が今いる場所は求め続けてきた場所だ。誰にも狙われる心配もなく、ただ平穏に暮らすことができる。そしてエミが居れば、俺はやっと普通の人間になることができるんだ。これから先のことを考えるだけで心が穏やかになる。突然扉が開けられ、あの男が入って来た。
「どうだー?気に入ったか?」
「はい。本当にありがとうございます」
「ははは。そういや自己紹介がまだだったな。俺はグレイドだ。よろしくな」
「よろしくお願いします。私はエミです。そして彼はジャックさんです」
「おう。なあ、ジャック。ちょっとこっちに来てくれるか?」
グレイドが突然俺を呼び出した。何のことやらと思い彼について行くと、部屋から少し離れた廊下で立ち止まった。そして俺と向き合った。
「お前を一目見た時から話したかったんだ」
「どういうこと....ですか」
彼にそう投げ返すと思い掛け無い言葉が返ってきた。
「お前、人を殺した事があるだろ」
俺の頭は真っ白になった。一体どういうことだ。何も考えることができない。
「俺も昔そういうことやってたんだよ。だからよ、お前の目を見りゃわかんだ。懐にナイフを隠してるのもな」
そう言うと俺のナイフを取り出した。以前の俺なら今この場でこの男を殺していただろう。でも、そういう生き方はやめにしたんだ。彼は俺のナイフで器用に遊び始めた。
「彼女は知ってるのか?お前が人殺しだって」
俺にそう質問する彼の目には警戒と心配の感情が読み取れた。きっと人殺しである俺に対しての警戒と、エミの今後のことに対しての心配だろう。俺は男の目を逸らさずにじっと見つめて
「知ってる」
と言った。男は一瞬驚いた表情を見せたがすぐに表情を戻し俺から顔を逸らした。
「お前を人殺しと知ってなおお前について来たということか。一体何があったのかは知らねえが、余程あの子に信頼されてるようだな。その信頼を裏切るなよ」
そう言うと彼はナイフを俺に返し去っていった。昔は俺と同じ人殺しだった。一体彼にはどんな過去があるのだろう。俺のような壮絶な過去を背負っている人間なのだろうか。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
小説ってよく現実じゃあり得ないことがありますよね。まあそれがないと僕は面白くないと思うんですけど。僕の小説だともうジャックが人を殺して盗みを働いても捕まっていない時点でおかしいですけど(笑)
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




