第七話「旅路」
【前回のあらすじ】
エミの母親が殺され、涙を流しジャックの元へ戻ってきた。事情を知り、ジャックは彼女と共に旅に出ることを決断した。
扉を開け、部屋を見渡す。今日でこの家を離れると考えると、何だか名残惜しくなる。でも、俺は過去を捨てて新しい場所でやり直すと決めたんだ。これはそのための第一歩。
「ジャックさん、はやく行きましょう」
エミに急かされ扉を閉める。相変わらず空は雲で覆われていた。食料が入った袋を背負い、歩みを始める。目指すは南の町だ。何日歩けば辿り着くか分からない。最悪、町に辿り着けずに死んでしまうかもしれない。そう考えるとあの家に戻りたくなった。でも、俺は決めたんだ。もうあんな日々を過ごしたくない。やり直すんだ。決意を更に固め、俺は歩を早くした。ふとエミの表情を横目で見ると、何故か笑顔だった。
「何だか楽しそうだな」
そう言うと彼女は
「だって遠足みたいじゃないですか」
と言った。
「そう言ってられるのも今の内だぞ」
「そんなに長い旅なんですか?」
「分からない。もしかしたら数日で着くかもしれないし、何週間も歩かなきゃいけないかもしれない。最悪死んでしまうかもしれない」
そう言うと彼女の表情に少し不安が募った。何故不安にさせるようなことを言うんだ。俺は馬鹿か。
「まあ大丈夫だ。何かあったら俺を頼ってくれ」
そう言うと彼女は安心したように笑って頷いた。俺が挫けたら駄目だ。何があっても彼女を守る。そして町へ辿り着くんだ。そこで彼女と一緒にこの残酷な人生をやり直す。
しばらく歩いていると雪が降ってきた。そして次第に風が強くなり猛吹雪となった。猛吹雪の中、歩き続けていると吹雪を凌ぐ小さな洞窟を見つけ、そこに潜り込んだ。体に付いた雪を払い落とす。
「これじゃあ進めないな」
「そうですね。吹雪が止むまでここで休みましょうか」
「ああ、そうしよう」
そう言ってその場に座り込んだ。冷たい岩肌が体温を奪っていく。火を起こさないと。でも、そのための薪がない。この吹雪の中に探しに行かないといけない。
「薪を探してくる」
そう言って立ち上がった。すると彼女も立ち上がり
「私も手伝います」
と言った。俺は彼女の肩に手を乗せ、それを止めた。
「お前はここで待っててくれ。絶対戻ってくるから」
彼女を座らせる。彼女の表情には不安が見えた。きっと俺が言ったことを気にしているのだろう。俺は吹雪の中へ薪を探しに行った。風が強すぎる。腕で吹雪を凌ぎ薄目を開く。辺りは一面の白い雪で覆われている。木があるようには全く思えない。それにこの吹雪じゃ長くは居られない。しばらく歩き回ったが薪は見つからなかった。収穫を得ずに洞窟に戻るとエミは寒そうに毛布に包まっていた。彼女は俺に気付くと
「どうでしたか?」
と尋ねてきた。俺は首を横に振った。
「そうですか....」
「すまない」
「謝らなくてもいいです。仕方がないことですから」
そう言うと彼女は被っていた毛布を横に広げた。
「寒いですから、一緒に....」
その心遣いを有難く感じた。でも、俺はそれを大丈夫だと言って拒否した。すると彼女はムッと俺を睨んだ。そして俺の腕を掴み無理矢理毛布を被らせた。
「ほら、このほうが暖かいですよ」
彼女の温もりが体に伝わってくる。それと同時に心も安らぐ。彼女の側にいるといつもそう感じる。これは一体どういうことなんだろう。彼女が悲しんでいる姿を見ると、何だか放っておけなくなって心が痛くなる。そしてこうして彼女の側にいると安らぎを感じる。この彼女に対する気持ちの正体を知りたい。ふと彼女の方を見ると、彼女は眠っていた。俺も目を閉じゆっくりと眠りについた。
「ジャックさん....!」
エミの声で目が覚める。ゆっくりと目を開けると、彼女の姿が目の前に映った。
「おはようございます」
「おはよう....」
「吹雪は止んだようです」
彼女のその言葉を聞いて洞窟の外を見ると眩しい光が目に飛び込んできた。立ち上がって外に出ると、空は快晴だった。珍しい光景に俺はその景色をずっと眺めていた。
「綺麗ですよね。青空を見たのはジャックさんの家を離れたとき以来です」
「綺麗だな」
「今の内にどんどん進んじゃいましょう」
「そうだな」
そう言い洞窟に置いていた荷物を背負い出発した。太陽のお陰で寒さは問題なかった。雪も少し溶け、足を取られる心配はない。でも、先はまだまだ長かった。町は全く見えてこず、次第に空は雲で覆われ寒さが戻ってきた。そして雪が降り始めた。だが俺達は足を止めなかった。町を目指してただひたすら歩き続ける。しかし、エミには限界が来ていた。息が上がり、歩く速度も遅くなり、体はフラフラしていた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です....早く進みましょう」
彼女の言葉を信じ、しばらく歩いていたがとうとう彼女は倒れてしまった。
「大丈夫か!?」
彼女の側に駆け寄り体を持ち上げた。朦朧としている彼女の額に手を当てた。すごい熱だった。彼女の前に跼み
「乗れ。安全な場所に連れて行く」
と言った。彼女は申し訳なさそうに俺に謝り背中に乗った。彼女を背負って立ち上がり歩き始めた。しばらくすると大きな木を見つけた。ここなら雪を凌げると考えそこへ急いで向かった。地面に毛布を敷きその上に彼女を寝かせる。
「ごめんなさい....私、足手まといですよね」
汗だくの顔で悲しそうな表情をする。
「そんなこと言うな」
そう言って俺は上着を脱いで彼女に被せた。一気に寒さが全身に伝わり体が震える。
「これじゃ、ジャックさんも....」
「俺は大丈夫だ。お前は休んどけ」
木陰の外は雪が降っている。木陰といっても外と全く変わりはない。寒さは相変わらずだった。
「迷惑掛けてごめんなさい....」
ふと彼女がそう言った。その言葉をすぐに否定できず黙り込んだ。確かに今の彼女は俺にとって迷惑だ。でもそれを言うのは少し酷すぎる。ただ、何と言えばいいのかわからない。返答に戸惑っていると彼女は涙声でこう言った。
「私にはもう何も残ってないんです。だから....ここで死んでも構いません。私のことを置いて行って、ジャックさんだけでも町に辿り着いてください」
それは彼女の本心なのだろうか。本当に死にたいと思っているのだろうか。涙を流しながら言う彼女の姿を見ると、そうは思えなかった。俺は彼女の手を握った。
「何も残ってないのはお互い様だ。俺にはお前を置いて行くことなんて絶対できない。それに、困ったら俺を頼れって言っただろ」
彼女の手を握りながらこう言った。すると彼女は更に涙を流して謝り出した。俺はその涙を指で拭った。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
毎日12時に予約投稿しているのですが、予約なのでついつい告知を忘れてしまいます。小説のタイトルを決めるとき、語彙力と発想力がないとなかなか思い付きません(笑)僕はそのどちらも持ち合わせていないのでサブタイトルを決めるときにいつも苦労してます(笑)
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




