第五話「決心と別れ」
【前回のあらすじ】
エミに全てを話したジャック。しかし彼女は彼の非合法な生き方を受け入れてくれた。そして自分の中で相手がどれほど大きな存在になっているかを互いに実感した。
エミは眠りについた後、俺は窓から見える景色を眺めていた。微かに明るい空には黒い煙が天に向かって伸びている。これはあの男達を焼いた死体から生じている煙だろう。だがそれはとても薄くて目を凝らさないと見えない程だった。灰になった死体はきっと醜いだろうが、雪が積もればその死体は雪の中に隠される。その場所に死体があるなんて分からない程に。やがて空は明るくなり家の中を明るく照らす。煙ももう消えていた。今日でエミとは別れる。危険な目に遭わせたが、それを除けばとても楽しい三日間だった。朝食を食べるためにいつものスープを作る。これが彼女と一緒に食事をする最後の時間。名残惜しいが、約束は守らないと。スープが出来上がり、彼女を起こす。
「朝飯だ。起きろ」
彼女は目を開き、体を起こした。
「ごめんなさい、ジャックさん。途中で寝てしまいました....」
「気にしなくていいよ」
スープの入った器を彼女に渡すとそっとそれを手に取った。
「いただきます」
そう小さな声で言い、スープを飲む。そして優しく笑った。
「やっぱりジャックさんのスープは美味しいです」
今日で彼女と別れると考えると、その笑顔が儚く感じる。
「また、ここに遊びに来てもいいですか?」
その言葉に嬉しさを感じた。でも、彼女との関係は金輪際消してしまおう。二度とあんなことが起こらないように。俺の側にいたら、彼女が危険だ。それに、もうこの場所で暮らそうとは思っていない。
「俺は明後日くらいにこの町から離れる。別の遠い町で、やり直そうと思ってるんだ」
そう言うと彼女は嬉しそうに笑った。その笑顔には、隠し切れない寂しさがあった。
「そうですか。....頑張ってくださいね」
「ああ、ありがとう」
彼女はスープを飲み干し、器を俺に渡した。
「私も、ジャックさんに隠してることがあります」
そう言うと彼女は悲しい顔をした。それでも笑顔を絶やさなかった。
「実は、家出する数日前に父が殺されてしまったんです。人目につかない道で。それから母が私に虐待をするようになって。あのとき泣いてしまったのはそれが理由です」
それを聞いて俺は驚いた。親を亡くし、孤独に生きてきた俺と似ていることに。彼女にはまだ母親が残っている。俺はもう親がどんな人間だったかなんて覚えていない。だから、寂しく感じることはあっても、悲しくはならなかった。でも、彼女は違う。あのとき涙を流したのは、きっと死んだ父親がどんな人間だったか覚えているからだ。思い出す度に悲しくなる。それを乗り越えるのなら、母親と一緒じゃないと無理だ。孤独だったら、それはあまりにも残酷すぎる。
「私の父はすごく優しかったです。私が病気になったときは、仕事から早く帰って来てくれて私の大好きなパンをくれました。私が辛い思いをしたときは慰めてくれて。でも、もう父は居ません。今は何処かのお墓の下で眠っています。安らかな眠りではなかったでしょうけど」
「それは....残念だった....」
「....悲しいですけど、父の死をちゃんと受け止めました。いつまでも引きずったって仕方ないじゃないですか」
彼女は強い。父の死を受け止め、誰も恨まない。俺は、未だにこの運命を受け止め切れない。
「ジャックさん、頑張ってください。応援してますから」
そう言うと彼女は手を差し出した。俺はその手を握り、彼女と握手をした。彼女のようにこの運命を受け止め、ここじゃない別の場所で、普通に生きよう。もう血濡れた生き方は御免だ。
「本当にお世話になりました」
「ああ、お前も頑張れよ」
「はい。きっと母は怒ると思いますが、優しく迎えてくれるはずです」
「俺もそう願うよ」
彼女は笑った。とても幸せそうな顔だった。彼女のおかげで俺は変われた。彼女と出会わなかったら、きっと今でも血濡れた生き方をしていただろう。森の出口で、俺は立ち止まり、彼女は一人歩き続けた。しばらく進むと振り返り、俺に手を振った。俺も小さく振り返した。彼女は俺に優しく笑った。そんな気がした。俺に背中を向けて歩き出した。俺はその姿が見えなくなるまで、その場で立ち尽くしていた。ふと空を見上げると、珍しく雲の隙間から青空が見えた。忘れていた空の美しさ。血で汚れている心が綺麗に浄化されたような気がした。家に戻ると静かな家に違和感を抱いた。彼女がこの家で暮らす間もない頃に抱いた違和感とは逆の違和感。心の中に寂しさが募った。そして苦い笑みが溢れた。本音を言ってしまえば、エミと一緒に暮らしたかった。彼女と暮らしていれば、俺は普通になれた。普通の人たちにとっての当たり前を過ごせるはずだった。でも、自分の都合だけで彼女を振り回していけない。それに、またあんな目に遭うのは御免だ。俺はベットに座り、彼女と一緒に読み切れなかった本を読み出した。
遠出するための荷造りをする。鞄に本を数冊入れ、数日分の食料を入れた。外は昨日の青空は何だったのかという程の雪が降っている。今日出発するのはいい判断とは言えない。暖炉の傍の椅子に座り静かに読書をする。未だに傍にエミがいないことに違和感を抱く。町へは暗中模索で行く訳ではない。しっかりと地図を見てどこにあるかは分かっている。用意も周到のつもりだ。何日掛かるか分からないが、必ず辿り着いてみせる。そしてそこでやり直すんだ。そろそろ夕食の時間だと思い、いつものスープを作る。手慣れた手つき料理をしていると、小さく扉がノックされた。そのノックに驚いた。自分の警戒心が全く無くなっていた。今までは外の足音も聞こえていたのに、扉がノックされるまで気付かないとは。立ち上がり扉を開ける。そこには涙をボロボロと流した嗚咽を漏らすエミの姿があった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
何気なく関わってきた友達がいつの間にか自分の中で大切な存在になったことはありますか?僕は全くございません(笑)
なので僕が書く小説の感情は殆どが想像で出来上がっております。実際に感じたことがある感情なんて大したものじゃないですけどね。そもそも僕は男なので、女性の方が読んだら「このヒロインの仕草言動がおかしい。こんなこと絶対しない」とかなるんですかね?(笑)まあそういうのは実際に女性の観点から見ないと分かりませんね。
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




