第四話「大きな存在」
【前回のあらすじ】
真夜中に家を襲撃されエミを人質に取られる。彼女を助けるために奮闘するジャックであったが、隙を突かれ殺されかける。殺される直前にエミが彼を助けた。しかし、彼女もジャックと同じ人殺しとなってしまった。
エミの瞳には涙が流れていた。血に染まった手で俺の顔を触る。何故彼女は俺を助けたのか。疑問に思ったが、それ以上に俺はエミが人を殺してしまったことに、酷く悲しんだ。
「あんな人の言うことなんて信じませんから。私を命懸けで助けてくれた人が、自分の両親を殺すなんて....信じられませんよ」
俺はそっと顔に触れるエミの手を払った。体を起こして彼女と向き合う。
「あいつの言ったことは全てじゃないけど本当だ」
そう言うとエミは悲しい表情になった。
「両親は殺してはいない。誰かに殺されて、その濡れ衣を着せられたんだ。でも、それからは非合法に生きてきた。あいつの言う通り、盗みを働き、警備隊に重傷を負わせた。時には殺してしまったこともあった....」
彼女の顔を見れない。どんな目で俺を見ているのか、怖くて顔を上げられなかった。
「....俺なんか、信じなくていい。もう町に帰れ。俺と一緒にいたら、今日みたいな危ない目にきっと遭う。今度こそ死んでしまうかもしれない。だから、もう俺の側にいないでくれ....」
静寂が俺と彼女を包み込む。俺は俯いてただ黙り込んだ。目を閉じて、彼女がこの場から去るのを待った。彼女は普通の人間だ。俺と一緒に居ても意味がない。何の得にもならない。だから、俺から離れてくれ。そう心の中で願った。
「やり方は正しくなくても、私はジャックさんに助けられました。それにジャックさんは優しいです。というか、ジャックさんが信じなくていいと言ったので、ジャックさんがさっき言ったことも信じません」
「....は?」
彼女の発言の意味がわからない。いったい何が言いたいんだ?
「私はジャックさんを信じません。だから、さっき聞いたことも信じません」
「いや、それはただの屁理屈だろ。なんでそんなこと言ってまで俺の側に居たいんだ?」
「信用できない人にそんなこと言えません」
「は?いや、だから....もういい」
ここで俺は吹っ切れた。彼女が俺から離れない理由はどうであれ、何を言っても意味がない。
「とりあえず片付けるぞ。血生臭いし、汚ねえし」
「はい」
そう言うと彼女は優しく笑った。そして俺がさっき殺した男の死体を見るとその表情は一瞬で消えた。
床に広がった血を拭き取り、死体は森の奥で焼いた。家の中にはまだ血生臭い匂いが残っていた。
「換気するから窓開けるぞ。寒いけど我慢してくれ」
そう言って窓を開けた。中の暖気が一気に外に逃げ、それと同時に冷気が部屋の中を包み込んだ。あまりの寒さに体が震える。暖炉の傍に寄って毛布を被る。エミは隣で座った。俺は彼女に自分の被っていた毛布を被せた。
「私は大丈夫ですよ。ジャックさんは一応怪我人ですし」
「いや、大丈夫。慣れてるから」
「駄目ですよ。病気になったらどうするんですか」
そう言って彼女は毛布を広げて俺にも被せた。一つの毛布を二人で被る状態になった。
「これなら一人で被るよりも断然暖かいですよ」
「....ありがとう」
彼女の言う通り、一人で被るよりも暖かい。彼女の体温が体に伝わる。
「ジャックさんのこと、信用してますからね」
そう言う彼女の表情を見ると、一片の迷いもない目をしていた。そして俺に優しく微笑みかける。
「こんな人殺し、信用したらいけないだろ....」
「人殺し....ですか。確かにそうかもしれませんが、ジャックさんは悪い人じゃないです」
「悪い人間じゃないってどうして言い切れるんだ?」
そう言い返すと、彼女は俺の手をそっと握ってきた。
「私の勝手な事情に何も言わず家に泊めてくれたり、わがままを聞いてくれたり、私を助けてくれたじゃないですか。だからジャックさんは悪い人じゃありません」
彼女にそう言ってくれたことが純粋に嬉しかった。こんなにも俺のことを信用してくれたことなんて今までに一度もない。自分にとってエミがどれくらい大きな存在になってきているかが分かった。たった二日の出会いなのに、何故こんなにも彼女と一緒にいたいと思うのだろうか。
「ありがとう....」
彼女の手を握り返す。初めて彼女の手に触れた。小さくて頼り甲斐のない手がったが、触れると心が暖かい気持ちに満たされる。
「眠気覚めちゃいましたね」
そう言うと彼女は照れ臭そうに笑う。その笑顔がとても可愛らしく思えた。
「読書でもするか」
「はい」
そう言って彼女は本を手に取り朗読を始めた。何度聞いても、彼女の朗読する声は心地が良い。ある程度読むと彼女は俺と交代した。続きの文を読む。この時間がとても楽しい。そう思いながら朗読していると、肩に重みが乗った。エミの方を見ると、彼女は睡魔に負けたのか眠りにつき、頭を俺の肩に乗せていた。眠気が覚めたなんて嘘じゃないか。本を閉じ彼女を抱え起こす。ベットの上にそっと寝かせ、毛布を被せた。部屋はもう血生臭くなかった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
エミはジャックが人殺しだと分かっても、もう離れられないくらい彼女の中で彼が大きな存在になっていたんでしょうね。ジャックが彼女を大きな存在と感じるのと同じように。
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続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




