最終話「彼女が最後に求めたもの」
【前回のあらすじ】
ジャックとエミはデートをし、幸せな一時を過ごしたが、その日の夕方に男に襲われエミを誘拐される。ジャックと殺し合いたいと脅迫状に書きジャックを男の元へ誘った。
手に持ったナイフを強く握り締め、男を睨みつける。男は俺の前に立つとナイフを足元に置いた。
「まずは素手で勝負だな。最初からナイフでやったら面白くない」
男の狂気に怯まず、俺は奴の言う通りナイフを足元に置いた。あくまで目的はエミの救出だ。奴を殺すことじゃない。今までに感じたことのない殺意を何とか抑え込んでいる。エミの方を見ると心配そうな目で俺を見つめていた。俺のことよりも自分のことを心配しろと言いたくなったがそれを堪えた。
「それじゃ、殺し合おうか」
そう言って男は数歩離れる。
「合図は、そうだな....」
男は足元にあったナイフを手に取り
「これを上に投げて地面に落ちたのが合図だ」
と言い、ナイフを頭上へ投げた。それが地面に落ちた瞬間、俺は奴に向かって走り出した。奴は既に俺の目の前に立っていた。とてつもない速さで俺に接近してきた、と把握したときには既に、腹に重い一発を喰らっていた。臓器が圧迫され、痛みと吐き気が襲いかかる。
「おいそんなもんかよ?」
男は容赦なく、俺に着実と打撃を与える。攻撃する隙がない。後頭部の痛みが意識を混乱させて攻撃を見極められない。顔面に蹴りを喰らいその場に仰け反る。口から血の味がする。こんなことをするのはあの時以来だ。口に滲む血を吐き出し、口を拭う。
「はあ....お前も俺と同じ類の奴だから期待してたんだが、所詮は半端者か」
男は俺を失望した目で見る。
「お前の両親を殺してお前を見つけたとき思ったんだ。きっとこいつは俺と同じ道を歩む。そして俺のような人間になるとな。でもその期待を見事に踏み躙ってくれた」
男の発言に俺は怒りが込み上がってきた。
「やっぱり、お前が殺したのか....!」
男は狂気じみた笑顔で笑った。俺はナイフを手に取り、奴に襲いかかった。奴の心臓に向かって一直線にナイフを突き出す。男は素手でナイフの刃元を握りそれを止めた。ナイフに血が滴る。俺はナイフを自分の手元へ引くと、奴の指が切れ落ちた。
「あぁいてぇ。指が無くなるってこんな気分なんだな」
全く痛がる様子もなく、男は俺の顔面に拳を殴りつけた。今まで以上に重い一撃だった。脳が揺れその場に吹き飛ぶ。奴の顔を見ると狂気じみた目ではなく、殺意の目を俺に向けていた。それを見て俺の体は思うように動かなくなる。
「お前も体験してみるか?指が切れ落ちる感覚を」
そう言って奴は俺の手を握る。俺はそれを咄嗟に振り解く。足で奴を蹴り飛ばして体制を立て直そうとしたが、その足を受け止められた。
「そういや、お前は刺されたことはあるか?」
そう言うと奴は勢い良く俺の脚にナイフを突き刺した。根元まで刺さり、裏には貫通したナイフの先端が見える。激しい痛みが襲い悶え苦しむ。
「この反応だと初めてみたいだな」
脚からナイフを引き抜くと、穴から大量の血が溢れ出る。脚がピクリとも動かない。
「勝負あったな。俺の勝ちだ。じゃあ、約束通り殺してやるよ」
そう言うと奴は椅子に縛られたエミの方へ歩いていく。
「やめろぉ!!殺すなら俺を先に殺れ....!」
「あの子から殺すって決めてんだ。お前はその後」
エミの方を見ると、彼女は怯えながらも強く奴を睨みつけていた。このままじゃエミが殺されてしまう。そんなこと絶対に嫌だ。彼女がいない世界に行きたくない!立ち上がろうとするが片脚がびくともしない。這いずりながらも奴を追うが、先に彼女の元へ奴が辿り着いてしまった。
「俺も鬼畜じゃないからな。最後に遺言くらい言わせてやるよ」
エミは何も言わずにただ男を睨みつける。その目には涙が流れていた。どうすればいい?間に合わない!たとえ奴に辿り着いてもこの脚で何ができるって言うんだ!
「エミっ!!!!」
彼女の名前を叫ぶと彼女は俺の方を見て笑った。何故彼女がこの状況で俺に微笑みかけたのか理解できなかったが、俺は動かない片脚を引きずって這いずり続けた。
「遺言なんて言いません。それを言ってしまえば終わりになるから」
「そうか、じゃあな」
男は彼女の腹にナイフを突き刺した。エミは声を漏らしながらも必死に耐えていた。痛みに我慢していることなど一目瞭然だ。男がナイフを引き抜くと、傷口から血が溢れ出て、椅子を伝って地面へと滴り落ちる。遂に彼女は顔をがくっと落として動かなくなった。
「じゃあ次はお前だな」
そう言うと男は俺に近付いてくる。その瞬間倉庫の入り口が打ち開けられた。グレイドと警備隊が入ってきた。男はすぐさま走り出してその場を去っていった。
「ジャック!大丈夫か!」
俺の元へ駆け寄って来たグレイドが俺にそう叫ぶ。
「エミを....はやく....」
微かな声でそう言うとグレイドは医療班と一緒にエミの元へ向かった。他の医療班が俺を運ぼうとしたが、俺はそれを振り払った。するとグレイドは俺の元へやって来た。
「....ジャック」
俺の名前を呟くと俺を立ち上がらせ肩に俺の腕を乗せて支えてくれた。ゆっくりとエミの元へ連れて行く。
「ジャック....エミはもう駄目だ....」
静かな声で俺にそう呟く。医療班がエミに最低限の治療を行なったが、出血が酷すぎてもう手遅れだ、俺にそう告げた。
「....嘘ですよね........」
そう言うと彼は俺を担ぎエミの元へ連れてきた。
「....最期くらい、二人きりにしてやるよ....外で待ってるから」
そう言って彼らは倉庫を出て行った。エミの側に寄り彼女に話しかける。
「エミ....」
名前を呼ぶと彼女はゆっくりと目を開いた。
「ジャックさん....」
弱々しい手で俺の顔に触れる。その手を握る。
「私のこと、好きになってくれてありがとう」
「お互い様だ....俺も感謝してる」
「時間制限のあるお別れをするのって切ないですよね....」
「そうだな....」
「ジャックさんと過ごした日々、とても楽しかったです。幸せでした....」
「俺も幸せだ....」
彼女の顔に涙が滴り落ちる。自分の目から涙が溢れていた。
「こんなことになるなら、最後にジャックさんとあのスープを飲みたかったです....」
「ああ....」
「最後に....お願いしても....いいですか....?」
「なんだ....?」
「....キスしてください」
そう言って彼女は目を閉じる。俺はゆっくりと彼女の口にキスをした。離れると彼女は小さく笑った。
「血で苦いです....」
「ごめん....」
「本当に幸せでした....」
「俺もだ....」
「大好きです....」
「俺も....大好きだ....」
「....それと....今度こそ最後です....」
「....ん?」
「ジャックさんの.....................」
「俺の何だ....?」
そう聞き返しても返事は来なかった。そして彼女の俺の顔を触れる手が落ちる。
「....エミ?..........エミ!!」
そう彼女の名を呼んでも、体を揺さぶっても、彼女は返事をしなかった。そして彼女は動かなくなった。俺は涙を流して子供のように泣き叫んだ。倉庫に号哭が響き渡る。動かなくなったエミを強く抱き締めた。彼女と過ごした日々が頭の中で蘇る。俺の料理を褒めてくれたこと。俺を信用してくれたこと。ずっと側にいてくれたこと。俺を支えてくれたこと。俺が普通になれたのは全てエミのおかげだ。願うのならば、彼女を蘇らせて、平和で幸せに暮らしたい。だが、その願いが届くことはない。冷たくなった彼女の頭を撫で、俺は外で待っているグレイドを呼んだ。扉が開くと太陽の光が差し込み俺と彼女を照らす。彼女の顔を見ると、少しだけ笑っていた。それを見て彼女が最後に俺に願ったことを理解した。
「あれから二年か....」
そう呟くグレイドを背に俺はエミの墓石を掃除する。
「本当に残念だったね」
アイリスさんは俺を慰めるように頭を撫でてきた。
「今頃向こうで元気にやってますよ」
「そうだな」
「そうだね」
涼しい風が俺たち三人にかかる。空はあの日のように雲一つない快晴だった。眩しい太陽が地上を照らす。掃除をし終え、俺は松葉杖を手に取った。
「それじゃあ帰るか」
「あ、二人は先に行っててください。まだやることがあるので」
そう言うと二人は頷いて先へ行った。俺は用意してあった花を手に取る。
「お前がどんな花が好きだったかわからないけど、お前はきっと気にいってくれるだろ?」
そう言って俺は彼女の墓石に勿忘草を添えた。
「じゃあな。また来るよ」
そう言うと俺を出迎えるエミの声が聞こえたような気がした。俺は彼女の墓石に向かって微笑み
「行ってきます....」
と呟いた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
毎日12時に投稿していたのでたったの二週間で完結です。エミが死んでしまうのは作者の僕でもとても残念に感じるのですが、これは最初から決めていたことです。ジャックには彼女の死を乗り越え、また素晴らしい人と巡り会えるのを願うばかりです。それでは、機会があればまた会いましょう。最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。次はもっと頑張ります。
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
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