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血濡れた恋  作者: つよちー
13/15

第十三話「募る不安」

【前回のあらすじ】

幸せに暮らすジャック達の元に突如現れた謎の黒い男。意味不明な言動を繰り返しジャックに悪印象を残した。

あの奇妙な男。あの時の記憶が頭に鮮明に映り込んで忘れられない。違和感を覚える気味の悪い笑い。嫌悪感を感じるあの言動。また来ると言っていたが、もうあの男とは関わりたくない。そんなことを今朝思い、昨日と同じく客が居なくなった真夜中にあの男は再びこの店を訪れた。俺を見つけるとあの不気味な笑みで微笑んでくる。今日はグレイドがいる。そう思い彼の方を見ると、警戒した目で男を見ていた。やはり彼もこの男に対して何か感じるのか。男は昨日と同じく一番安い酒を頼んだ。一口飲むと、男は昨日と同じように奇妙なことを話し始めた。それを話す男は何とも異様に感じた。閉店時間になり、男は去っていった。そのすぐ後にグレイドが

「少し出掛けてくる。後は頼む」

と言って外へ出て行った。こんな真夜中に何故出掛けるのか不思議だったが、気に留めないことにした。テーブルやカウンター、汚れた箇所を拭き、洗面台に溜まった食器を洗った。片付けが終わってもグレイドはまだ帰って来なかった。少し心配になったが、眠気と疲れでそれどころではなかったので部屋へ戻った。


体を揺さぶられる。目を開けるとそこにはグレイドがいた。時計に目をやると、まだ朝方ではなかった。

「こんな時間にどうしたんですか....」

目を擦りながらそう質問すると彼はこっちに来いと言って部屋を出て行った。俺も体を起こし部屋から出た。彼はすぐに立ち止まり俺と向かい合った。

「あいつはやばい」

彼の言うあいつとは一体誰なのか分からずに

「あいつって....?」

と訊いた。彼は俺の肩を掴むと今まで以上に真剣な目で俺を見つめる。

「あの黒い服の男だ」

そう言われて思い出す。昨日も今日も閉店間近に来たあの男だ。確かに不気味で奇妙で気味が悪いが、危険を感じることはない。だがそれも、彼の一言で一瞬にして変わる。

「あいつは人殺しだ。昔の俺たちよりも凶悪で狂ってる」

「....え?」

彼の話を聞いたところ、あの男が店から出て行った後に尾行したそうだ。そしてその男が人気のない場所で残酷に虐殺をしていた。体をバラバラにして俺に見せた不気味な笑顔よりも狂気に満ちた笑い声をあげていた。

「あいつと関わったらとんでもないことになる。お前はしばらく仕事に来なくていい。きっと狙いはお前だ。あいつが来なくなったら復帰すればいい」

自分に命の危険が迫っていることを知って心臓が激しく脈を打つ。

「わ、わかりました....」

そう言って部屋へ戻る。眠気は完全に消え、不安に心が支配された。

「....ジャックさん?」

エミが目を覚ました。虚ろな目をして俺を見つめる。

「こんな真夜中にどうしたんですか?」

「別に、眠れないだけだよ....」

そう返答すると彼女は俺に抱きついてきた。

「何か嫌なことでもありましたか?」

「....別にないよ。大丈夫」

彼女の抱きつく腕を解く。そして彼女を寝かせた。

「明日は仕事休みだからさ、家事は俺がするよ。お前はゆっくり休んでてくれ」

「そうですか....」

彼女は布団を被ると俺に微笑んで

「じゃあお言葉に甘えて」

と言った。俺も彼女に微笑み返し、頭をそっと撫でた。心臓はまだ激しく脈を刻んでいた。


結局一睡も出来ず、俺はずっと起きていた。気付けば窓から太陽の光が差し込み、部屋中を眩しく照らし出した。寝ていないせいで体が怠い。でも、エミに今日は俺が家事をすると約束したんだ。破る訳にはいかない。俺は重たい体を動かし朝食を作り始める。時間は掛かったが何とか出来上がった。眠っているエミを体を揺さぶって起こす。

「おはようエミ」

「おはようございます」

テーブルを囲んで座り朝食を食べ始める。

「今日はずっと一緒にいられるんですね」

「ああ、そうだな」

「何をしよっかなー」

睡魔が襲いかかってきた。目も朦朧としてきた。意識が段々と遠のいていく感覚がする。

「ジャックさん?」

彼女の呼び声で視界が安定する。

「ど、どうした?」

「眠いんですか?」

「いや....大丈夫」

そうは言ったものの、睡魔が完全に全身に回った。体も動かなくなり、彼女の楽しそうに話す声も聞き取れず俺は眠りについた。


目を覚ますと、俺は床に横になっていた。上には毛布を被せられている。体を起こし、毛布を畳んだ。エミは部屋にはいなかった。暇潰しに既に読んである本を読み始める。しばらくするとグレイドが部屋を訪ねてきた。

「よう、あれ?エミちゃんは?」

「さっきまで寝てたのでわかんないですけど、多分出掛けてるかアイリスさんのとこです」

「そうか....心配だな」

そう言いながら彼は俺に何かが入った封筒を渡してきた。

「何ですかこれ?」

「今月分の給料だよ」

封筒の中を確認すると、そこそこの額が入っていた。給料日は月末のはずだが。

「本来ならもうちょっとあるんだけどな。とりあえず昨日までの額だ。今月中にあいつが来なくなったら来月に上乗せする」

「分かりました。ありがとうございます」

礼を言って頭を下げる。

「エミちゃんも狙われてるかもしれないから、彼女が外出するときは付き添えよ」

返事をすると彼は頷いて部屋を出て行った。俺だけが狙いじゃないという可能性があるのを忘れていた。彼の言う通り、エミが出掛ける時は俺も付き添おう。そう考えると、エミのことが心配になってきた。上着を着て、彼女を探しに外へ出た。外はすっかり冷え、息が白くなるほど寒かった。彼女が何処に居るのかは全く見当が付かないがとりあえず周辺を歩いた。しばらく歩くとエミを見つけた。彼女を見つけて安心したがその隣にいる人物を見て体が固まった。あの男だ。エミは俺に気付くと手を振ってきた。俺はずっとあの男を見ていた。男も俺に気付くと小さくお辞儀をした。そしてあの奇妙な笑顔を見せた。手を振り返さない俺を気にしてか彼女は俺の元へやって来た。

「どうしました?」

俺は咄嗟に彼女の腕を掴み

「帰るぞ」

と言って彼女を引っ張った。

「ちょっと、急にどうしたんですか?」

彼女は俺に抵抗して足を止める。俺は彼女を問答無用で無理矢理引っ張った。

「離してください!」

そう叫ぶと彼女は俺の手を振り解いた。すると後ろから男が近付いて来た。

「どうしたんですか?何かトラブルでも?」

「いえ....別に.....」

彼女がそう言うと俺は再び彼女の腕を掴んだ。

「帰ろう」

「はい....」

彼女はそう返事すると男に別れを告げた。男も同様に別れを言い手を振った。彼女を家の近くまで戻ると彼女は足を止めた。

「何でそんなに焦ってるんですか?」

そう訊く彼女の俺を見る目は少し怯えていた。

「あの時のジャックさん、すごく怖い顔をしてました。あの人と何かあったんですか....?」

彼女の質問には答えず、俺は彼女に質問を返した。

「あいつとは一体どういう関係なんだ?」

「あの人は数日前に知り合ったんです。結構優しい人ですよ」

優しい、という言葉を信じられなかった。あんな不気味な人間が優しい?きっとあいつは人によって人柄を変えているのだろう。

「それで、私の質問は?」

「....何もない。でも、あいつは危険な奴だ」

そう答えると彼女は首を傾げた。

「危険って....つまり何ですか?」

答えるべきか迷った。彼女には俺と同じ毎日不安を抱えて生きるなんてことをして欲しくなかったからだ。でも、聞かれた以上は誤魔化さずに答えるしかない。

「人殺しだ。昔の俺よりも酷い....」

彼女は目を見開いて驚いた。彼女がこんな反応をするということは、きっと奴はエミの前では俺の時のような言動はしていないだろう。

「し、信じられません....」

「本当だ。グレイドさんが見たんだ。あいつが人を殺している所を」

彼女は困惑した表情で俯いていた。そして黙り込む。彼女が何を考えているのか、全く分からなかった。あいつとエミが一体どうやって知り合ったのかが気になる。奴は狂った殺人鬼だ。しかし、狂っているだけでなく、頭も回っている。厄介だ。賞金首にならないように人を殺して証拠を隠蔽している。でないと平然と外を出歩けない。そこで俺はあることが頭に過ぎった。もしかしてあいつは俺の両親を殺した奴じゃないのか?殺した後に体をバラバラにする。俺の両親にも同じことをしていた。心の奥から何かが燃え上がっているのを感じる。

「ジャックさん....?」

彼女に名前を呼ばれ正気に戻る。俺は一体何を考えていたんだ。殺意なんか抱いて。もう血濡れた生き方はしないと決めたじゃないか。

「早く帰ろう」

そう言って俺は彼女の手を引いた。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

お店で働いていて、常連客の内の一人が殺人犯だと知るととてつもなく怖くなりますよね。未経験ですけど僕はそう思います。

感想や指摘など頂くと嬉しいです。

続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。


これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。

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