第十二話「幸せ、そして不穏」
【前回のあらすじ】
エミに抱く気持ちに気付いたジャック。そして彼女に告白し、恋人になった。
朝早くに目を覚ます。隣で眠るエミを起こさないように立ち上がり、キッチンへ向かう。パンを数枚トースターに入れ焼き始める。その間に野菜とハム、トマトなどを切り分ける。パンが焼けるとすぐに取り出し、皿の上に乗せ、そのパンの上にさっき切り分けたものを乗せサンドイッチにする。出来立てのサンドイッチはパンの香ばしい匂いを放つ。二人分のサンドイッチを作り、それをコーヒーテーブルの上へ運ぶ。それと同時にエミは目を覚ました。
「あれ、ジャックさんサンドイッチ作ったんですか?」
「ああ、たまには俺が作るよ」
「ありがとうございます」
そう言って彼女は体を起こし、俺の向かい側に座った。いただきますと言ってサンドイッチを口に入れる。
「美味しいです」
彼女がそう言うと俺は微笑み自分のサンドイッチを食べ始める。彼女が一度作ったものを見様見真似で作ったのだが意外と美味しく出来た。完食し、食器を洗う。
「私も手伝います」
隣で彼女も同じように食器洗いを始めた。こういう些細なことでも優しい彼女をとても尊敬する。食器も洗い終わり時計に目をやるとそろそろ仕事が始まる時間だった。
「じゃあ行ってくる」
荷物を持って扉に手を掛ける。
「いってらっしゃい、ジャックさん」
彼女のその言葉を背中で受け止め部屋を後にした。今日は初めての接客の仕事だ。少し緊張するが、きっと大丈夫だ。
「おはよう、ジャック」
グレイドにそう挨拶をされ、会釈をする。
「今日から接客の仕事だな。まあ最初からさせるわけじゃないから、とりあえずある程度説明するけど見て覚えてくれ」
彼のその助言に頷き、俺は部屋の隅にメモ帳とペンも持ってただ立つ。店が開店し、しばらくすると客が入ってきた。俺以外にもここで働く人はいるようだ。当たり前のことだが。彼らの動きや言葉遣いを一つ一つ見分け聞き分ける。昼になると客は店の外で列を作る程多くなった。これは忙しそうだなと他人事のように思いながらメモを取り続ける。しばらくすると客は次第に少なくなり、やがて空席が目立つようになった。ただ立っているだけでも普通に疲れるな。休憩でもしようとスタッフルームへ入るとグレイドが既に飲み物を用意して待っていた。
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
礼を言い、椅子に座って飲み物を二口飲んだ。
「どうだ?出来そうか?」
「実際にやらないと何とも言えないです」
「そうか。まあ実戦はすぐじゃなくてもいいからな」
彼の言葉に頷き俺はもう一度飲み物を飲んだ。昔の俺ならこんなこと絶対しなかっただろうな。あんな生き方より断然こっちの方が楽だ。
仕事と言えない仕事を終え部屋に戻る。エミは部屋には居なかった。彼女は部屋に居ない時は大抵アイリスさんの部屋へ遊びに行っているか、外でのんびり散歩をしているかだ。彼女の帰りをただ待つのも癪に障る。夕飯でも作るか。彼女に夕飯を作るのは、向こうでスープを作った時以来だ。何だか懐かしい気持ちに包まれ、料理がとても楽しくなった。そういえば彼女は苺が好きだったな。今度買ってみるか。きっと高いだろうけど。そんなことを考えながら料理をしているとエミが帰ってきた。
「おかえり、エミ」
「ただいまです」
彼女を横目で見ると、右手に紙袋を持っていた。
「何か買ったのか?」
彼女に背を向け料理をしながらそう質問した。
「はい」
「食べ物か?」
「教えません」
そう言った彼女に驚いた表情で振り返る。
「お楽しみです」
可愛く笑う彼女の笑顔を見て顔が熱くなる。
「手伝いますよ」
「助かるよ」
俺の隣で包丁を器用に扱い野菜を切り刻んでいく。アイリスさんに教わって一生懸命練習したんだろうな。
「こうして二人で作るっていいな」
何気なく彼女にそう呟くと
「だって私達恋人なんですから」
とはにかみながら言った。俺は彼女の頭にポンと手を乗せ優しく撫でた。
翌日、俺はグレイドに接客の仕事をしたいと頼み込んだ。彼は頷いて承諾してくれた。これから初めての接客だ。身嗜みをしっかり整え、大きく深呼吸する。覚悟を決め、俺は仕事に一生懸命取り組んだ。開店直後は客が少ないが、問題は昼の時間帯だ。必ず俺の出番が来る。実戦で戸惑わないように頭でイメージする。そして店が開店した。しばらくすると客が入ってきた。入り口付近に居た俺は客にお決まりの挨拶を言いテーブルに案内した。最低限の説明をした後、再び入り口へ行き客を誘導する。何故か今の俺はやる気に満ちている。こうやって普通に、当たり前のように仕事をするということに対してすごく幸せを感じていた。憧れを遂に掴んだ。今の俺は人と関わることを避けていたあの頃の俺には想像もつかないほどの人生を満喫している。恋人ができて、憧れていた当たり前の生活を手にし、こうして幸せに生きている。
一日の殆どを職場で働いていた。こんなことは初めてだ。裏の荷物を運ぶ仕事の方が楽に感じる。あれは荷物が届いてその次の荷物が来るまでに大分と時間があるから休憩をいつでも出来た。でもこの接客は場合によっては休憩が出来ずにずっと働かないといけない。閉店した後、テーブルに座り頭を伏せる。疲れが溜まって睡魔が襲いかかってきた。すると首筋に冷たいものが触れた。それに驚いて俺は頭を起こす。グレイドが俺の首筋に飲み物を当てたのだ。
「お疲れ様、飲むか?」
「ありがとうございます」
飲み物を受け取り渇いた喉を潤すために飲み込む。
「意外と楽しいだろ?」
「そうですね。ただ重たい荷物を運ぶよりは断然良いです」
「はっは、そうだろう。俺は色々と忙しいから顔を出す程度にしか来れねえけどな、その短い間でも俺の店の飯食って笑ってくれる客を見ると嬉しいんだ」
そう言うと彼は照れ臭そうに笑いながら酒を飲んだ。彼は自分のことよりも客のことを思っているのか。彼のその綺麗で純粋な性格をとても暖かく感じる。エミだけじゃない。ここに居る皆が、俺を変えてくれた。助けてくれた。そんなことを考えたら、ふと笑みが溢れた。
「よし、もう帰っていいぞ」
「はい」
俺は残りの飲み物を一気に飲んで部屋へ戻った。扉を開けると、テーブルの上に美味しそうな料理が沢山並んでいた。
「あ、おかえりなさい!」
エミは俺に気付くと無邪気に俺の元へ来る。
「お仕事お疲れ様です。どうでした?」
「楽しかったよ。お前も家事とかしてくれてありがとな。お疲れ様」
そう言って彼女の頭をポンポンと叩いた。彼女は照れ臭そうに笑うと俺の手を引っ張ってテーブルの側に座らせた。
「はやく食べましょう。今回は結構頑張りましたよ」
「そうなのか。楽しみだよ」
そう言って俺は彼女が作った晩飯を口へ運んだ。期待以上に美味しかった。
接客の仕事を始めて一週間が経ち、今では緊張感は殆ど感じないようになった。客にも顔が知れ、常連とは世間話程度に会話を交わすようになった。自分の血濡れた手が少しずつ綺麗になっていくのを実感する。普通の暮らしはこんなにも安心感に包まれて、幸せになれるんだなと毎日のように思う。恋人も出来て、昔は非合法な生き方をしていたなんて嘘だったと思う程に充実した暮らしを送っていた。今日もいつも通り仕事へ行く。常連さんと会話を交わすことと彼らが店の料理を満足そうに笑顔で食べてくれるのを見ることが楽しみになっていた。制服を乱さず着込み店内へ入る。今日は夜から仕事だったので、店は酒に酔う客や楽しそうに食事をする客で賑わっていた。その中に常連の客もちらほらと見掛けた。
時間も真夜中になり、客はいなくなった。閉店時間まで残り数分といったところだろうか。やることがなく退屈そうにしていると扉が開き、客が入ってきた。客に近付きお決まりの挨拶を言う。その客は男性で全身黒の帽子とスーツを着て手袋をつけていた。少し怪しく感じたが、そんなことは気にせずにカウンターへ案内する。注文は何かと伺うと男は気味悪く笑い一番安い酒を注文した。その不気味な笑みに違和感を感じたが気にせずに酒をグラスに注いで男に渡す。男はグラスを手に取ると一口飲み、煙草を吸い始めた。男に不信感を抱き、居心地が悪くなってその場から離れたかったが俺以外にスタッフは居らず、そうすることはできなかった。煙草の匂いに噎せそうになったが堪えた。閉店時間ももうすぐだ。客にこんなにも早く帰って欲しいと思ったのは初めてだ。何故だかこの男には嫌悪感を感じる。換気をしようと窓を開けにカウンターを離れると男から奇妙な質問をされた。
「君は、どうして殺人は犯罪だと思う?」
「....道徳に反するからじゃないんですか?」
そう答えると男は溜息を吐いた。
「君もそう答えるのか....まあいい」
その返答に違和感を感じたがそんなこと気にする間もなく男は話を続けた。
「人間を殺すのは駄目だが、動物はどうなんだい?駄目じゃないだろ?それはおかしくないか?動物だって俺たちと同じ生き物だ。なのに人間は殺しは駄目とか言ってるくせに動物達を平気で殺している。そして今こうしている間にも」
男が何を言いたいのか全く理解出来ない。男に対する嫌悪感と不信感はどんどん強くなっていく。
「ジャック、もう閉店時間だぞ」
後ろからグレイドにそう声を掛けられ時計を確認する。閉店時間はとっくに過ぎていた。
「そうなのかい。じゃあ俺は帰るとするか」
男はそう言うと立ち上がって出口へ向かった。
「また来るよ」
そう言い残して男は去っていった。何とも不気味な人だった。
「おいどうした。汗かいてるぞ」
グレイドにそう言われ気が付く。いつの間にか汗をかいて体がベタベタする。
「後片付けは俺がやっとくよ。お前はもう帰りな」
「ありがとうございます....」
礼を言い、スタッフルームで汗を拭くついでに着替え、部屋へ戻った。扉を開けると、エミはまだ起きていた。ベットに座って読書をしている。
「あ、ジャックさん、おかえりなさい」
「ただいま」
荷物を置き、彼女の隣に座る。
「もう遅いのにまだ起きてたんだな」
「ジャックさんの帰りを待ってましたから」
「別にそんな無理しなくても、毎日家事で忙しいんだから疲れるだろ」
「ジャックさんのためならこのくらい平気です」
「そうは言ってもだな....」
「別にいいじゃないですか」
そう言うと彼女は俺の手を掴む。その手を自分の顔に当てる。
「私はジャックさんのことが好きなんですから、いっぱい頑張らせてください」
俺は小さく微笑み、彼女を抱き締めた。好きな人とこうしていられることがとても幸せだ。ずっとこのまま時が止まって、俺と彼女だけの時間を永遠に過ごしたい。そう思い、より一層彼女を強く抱き締めた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
遂に幸せがジャックの元の訪れました。しかしその突如に現れた謎の男。彼の正体は一体....。
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続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




