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血濡れた恋  作者: つよちー
10/15

第十話「人は皆、辛い過去がある」

【前回のあらすじ】

グレイドの寮に住ませる代わりに店で働くと約束したジャック。そこでアイリスという女性と出会う。約束通り彼の店で働き、憧れ求め続けた普通を手に入れたと実感する。そしてグレイドにお酒の誘いを受け、エミと共にその誘いを承諾した。

閉店した静かな店のテーブルを囲むように俺とエミ、アイリスさん、グレイドが座った。エミ以外の三人は酒を持ち、彼女は飲めないので水。四人でグラスを持ち、そして互いのグラスにぶつけた。一口喉に流し込む。酒は働き始めた初日にグレイドに勧められて飲んだのが初めてだ。喉が焼けるような感覚に慣れるまでは辛かったが、今では普通に飲めるようになった。

「そうだな....お前達の話を聞かせてもらおうじゃないか」

そう言ってグレイドは俺とエミを交互に指差した。

「ジャック、お前から話してくれ」

俺は彼の命令通りに自分の過去、ここに至るまでの経緯を話した。その話をして同情でもされるのかと思ったが、話を聞くグレイドの目は全くもってそのようなものを感じなかった。俺の話を終えると、次はエミが話を始めた。

「私は北の町で暮らす極普通の人間でした。私はお父さんが大好きでした。小さな頃からお父さんは私に優しく、不満のない生活を送らせてくれました。でもある日、お父さんが殺されてしまいました。お母さんはそのせいで私に虐待するようになりました。それに耐えられずに家出をして、ジャックさんと出会いました。ジャックさんが話した通り、私はジャックさんの家に三日だけ泊まりました。途中、危ない出来事が起きましたけど。それで三日が経ち、ジャックさんとお別れをして家に戻りました。お母さんは死んでました。私が帰ってくる直前にきっと殺されたのでしょう。どうすればいいのか分からずに歩いていると無意識にジャックさんの家へ行ってしまっていました。ジャックさんが南の町へ遠出すると言ったので私もそれについて行きました。そして今に至ります」

何度聞いても彼女の両親の死が悲しすぎる。グレイドを横目で見ると、彼は悲しい表情でエミを見ていた。グラスに入った残り少ない酒を飲み切り、グラスに酒を注ぎながら

「俺もな。殺されてはいないんだが両親を幼い頃に亡くしたんだ。親父が突然事故で死んで、心を病んだ母さんは親父が死んだ数日後に自殺した。驚きだぜ。朝起きたら泡吹いて倒れてんだ。すぐ側にはグラスが落ちててそれに粉みたいなのが付いてた。きっと毒を飲んで死んだんだろうな。俺は何度も後悔した。俺が母さんを支えてやらなきゃいけないのに、俺は母さんの病んだ姿を見たくないが故に現実逃避した。本当に、時折俺も一緒に死ねば良かったって思うぜ」

彼の壮絶な過去に言葉が出ない。彼は話を続けた。

「それでジャックと同じように、物を盗んで生きてきた。場合によっては人を殺した。それで数年生きてきた頃に、殺し屋の集いから招待が来たんだ。殺しの仕事をしてみないかってな。最初は断ろうと思ったが、それ以外に生きる術が無くて仕方なく承諾した。そして翌日から俺は殺し屋の仕事をした。依頼人に頼まれた人間を殺す。それを毎日のように繰り返し、いつしか俺は命の重みを忘れてしまった。それである日の仕事で、俺はある一家を殺した。それをアイリスに目撃されてしまった。目撃者は殺せという規則があり俺は彼女を殺そうとしたが彼女は全く抵抗しなかったんだ。彼女を押して首にナイフを当てたとき、彼女はこう言ったんだ」

彼がそれを言うより先にアイリスさんがその台詞を口にした。

「ありがとうってね」

「そう。俺は何故か死を望んでいる人間を殺すのを躊躇ったんだ。そして俺は彼女を殺さずにその場を去った。今でもアイリスを殺すのを躊躇った訳がわからねえんだ。んでその数日後に、彼女が俺の家に来たんだ。本当に驚いたぜ。それで彼女を家に入れたんだ。んで喉乾いてんじゃねえかって飲み物渡したら急に泣き出したんだ」

「うん。私は親に裏切られて売られてしまったの。彼が殺したその一家に買われて、酷い暴力を受けた。彼が一家を殺す前に、私は監禁室で一家の内の一人から酷い暴力を受けてた。ストレス発散のためにね。それで突然部屋の外から悲鳴が聞こえてきたの。そいつはそれを聞いた途端部屋の外に出て行った。そしてそのまま帰ってこなかった。それで外に出ると彼が皆殺してたって訳。一家を殺してくれて嬉しかったけど、その時の私にはもう生きる気力が無かった。身も心もボロボロ。それで彼に襲われ、やっと死ねるんだと思ってあの言葉を口にしたら、彼は躊躇って私を殺さなかった。私はその理由を知りたくて彼をずっと探したの。それでやっと見つけて彼の家に行った。追い返されると思ったのに何故か中に入れてくれた。それに飲み物までくれた。彼の優しさに私は号泣しちゃったんだよね。それで、彼にあの一家について話したの。彼はそれを信じてくれて私を家に置いてくれた」

そう言うとエミが突然

「何だか私達って似た者同士ですね」

と言った。アイリスさんは笑って

「そうだね」

と言った。そして今度はグレイドが話を始めた。

「そう。俺とアイリスはお前らのように一緒に暮らした。それである日俺は仕事をしくじった。標的が大分とでかい奴でな、組織を送り込んで俺たち殺し屋を皆殺しにしようとした。俺は何とか逃げ出せたが殺されるのは時間の問題だった。それでアイリスが危ないと思って俺は彼女を追い出そうとした。でも彼女は出て行かなかった。どうせ死ぬんだったらあなたと一緒に死にたいって言って言うことを聞かなかった。それで俺は彼女と町から逃げ出すと決断した。つまり、俺たちもお前らと一緒でこの町の余所者だ。俺たちはこの町の更に南の町から来た。ここで彼女と人生をやり直し、色々苦労して今に至るって訳だ」

話を終えた頃にはもう誰も酒を飲んでいなかった。こんな話を聞いたら、何も喉を通らない。この世界には、死よりも恐ろしいものが存在するのだと実感した。アイリスさんが一番辛い残酷な過去を背負っていた。信じていた親に裏切られ、挙句の果て生き地獄を味あわされた。それでもこうして生きているのは、グレイドのお陰なんだろうな。信じていた者の死よりも、裏切りの方が残酷だ。

「何だか重たい空気になっちゃったけど、楽しい話しようよ」

アイリスさんがグラスを掲げてそう言うとグレイドは酒を飲んだ。俺も彼に続いて酒を飲んだ。するとエミは机の下で二人に見えないように俺の手を握った。その行動の意図が掴めなかったが次第に理解した。彼女が俺の手を握ると、心の中にあった暗くて黒い何かが消えていく。エミは俺を見て微笑むと、二人に質問した。

「お店を経営して、良かったと思えるとこは何ですか?」

「そうだな....。接客の仕事をしてると、いろんな人の話を聞けて楽しいぜ。非合法な生き方をしてきた俺たちにとっては、普通の人の話が新鮮で特別に感じるんだ」

「そうそう、グレイドはたまに女の人から口説かれるけどね」

「おい、それは余計だろ」

そう言って二人で笑った。何だかその光景が俺とエミの姿と重なった。俺たちもこのまま生きていれば、いつか彼らのようになれるのだろうか。


酒に少し酔ったのか頭痛がする。ベットで寝ているとエミが心配してきた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。明日には酔いは覚めてると思いから」

「何かあったら言ってくださいね」

「ああ」

その気遣いがとても暖かく感じる。頭痛に苦しんで眠っているとエミが飲み物をくれた。

「これ飲んで落ち着いてください」

「ありがとう」

飲み物の入ったグラスを受け取り喉に流し込んだ。少し頭痛が治まった気がする。そっと頭に彼女の手が乗る。そして優しく俺の頭を撫でた。

「ジャックさんと私は家族のようなものです。困った事があったらお互いに助け合いましょうね」

「そうだな。助け合おう」

優しく微笑むエミを見ながら俺は安らかに眠りについた。まだ、彼女に対して抱くこの気持ちの正体がわからない。この気持ちの正体を知りたい。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

恋愛小説のお約束、登場人物の殆どは辛い過去を背負っている。グレイドとアイリスはジャック達とは比べられないほどの辛い過去を背負っています。それでもこうして生きているのはお互いに信じ合い、強く生きていこうと決意したからでしょう。

感想や指摘など頂くと嬉しいです。

続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。


これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。


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