沢の王
藪を掻き分けた。
僕の視界が一気に広がった。僕は、無表情で眼下に広がる沢を眺め回した。南に広がる切り立った崖。それに沿うようにして流れる川と、いくつも転がっている大きな岩。浅い河原に数人の人だかりができているのが視界の端に留まった。
僕は興味を引かれた。こんな所で何をやっているんだろう。そう思い、苔生した大岩から少しばかり身を乗り出してみた。確かに人がいる。全部で五人。皆、夏だというのに暑苦しい恰好をしていた。
まず、大柄な男が一人。厚手のジャンパを羽織っている。蓄えた顎髭をしきりにいじっているのが目に付いた。
それから、その妻と思しき女。痩せ細った顔付きは、胡瓜を思い起こさせた。
青年。長袖のシャツを着ている。手持ち無沙汰に辺りをきょろきょろと見ている。
最後に、子供が二人。中学生くらいの背丈の少女が、一回り背の小さい、弟と思しき少年の手を握っている。
折角だし、もう少し観察していくことにした。恋人に振られて荒んだ気分を癒すための登山旅行ではあったものの、好奇心には勝てなかったのだ。
しばらく五人の様子に注目していると、男が無造作に置かれたクーラボックスをこじ開けたのが見えた。中には、保存用の氷と共に川魚が敷き詰められていた。男はその内の一匹を手に取ると、ゴーロへ向けて投げ捨てた。勢いよく水面に落下する魚。沢にぽしゃんという音が響き渡った。
それを見るや否や、男が大声を上げて笑い出した。つられた様にぎこちなく笑う女。
「やれ、やれ。」
男が妙に甲高い声でいった。何だか、胸がむかむかするような不快な声だった。
女が、河原のクーラボックスに近付いた。中から魚を引っ張り出し、勢いをつけて投げ上げた。魚は放物線を描いて飛んでいき、河原に着地した。
「下手くそ。」
男がそういって、三匹目の魚を投げた。今度は本流に着地した。はっはっはと豪快に笑う男。女はまたしてもぎこちなく微笑んだ。青年と子供たちは、無表情でそれを見つめていた。
僕は、何となく薄気味悪い気分になっていた。見てはいけないものを見てしまったような、背徳感。それは、さんさんと日光が降り注ぐ沢には、ひどく不釣り合いだった。
「お前もやれ。早く、ほら。」
責め立てるような口調だった。呼ばれた青年がクーラボックスの前に立ち、魚を掴んだ。青年が腕を振り上げかけた時、男が叫び声をあげた。例えるならば、黒板を爪で引っ掻いた時の音だろうか。ただただ、不快な音が響き渡った。
僕は、もうここから立ち去ろうと考えていた。何だか、ここにいると気分が悪くなってくるような気がするのだ。五人に気付かれないよう、慎重に腰をあげた。元来た道へ戻り始めた時、おかしなことに気付いた。五人がぴくりとも動かずに、ある一点を見上げていたのだ。
嫌な予感がした。
僕は顔を拭った。
恐らくだが、僕の予想は的中してしまっている。現実逃避はやめよう。僕は意を決して後方を振り向いた。
五人が、河原から僕を凝視していた。




