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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

忌み嫌われし国

はじめて書ききった小説であり、リレー小説です。書いてる時、相手が何を考えてるかわからないのでリレー小説は楽しいですね。


この小説は少々読みにくいシーンやキャラクターの性格が変貌するなど…あります。


楽しんで読んでもらえたら嬉しいです!

「ここは忌み嫌われし国なのですよ。」

ツアーとして付いてきた男は満面の笑みで言った。

「忌み嫌われし国?」

僕は思わず聞き返してしまった。普段は危険が及ばぬようあまり話さないと決めていたのに。

「はい。」

男はそう言った。男は今だ笑顔だが、その笑みは何か暗いものを含んでいるように感じた。

「詳しく教えてもらえませんか?」

久しぶりに好奇心をくすぐられた僕は自然と問うていた。好奇心をくすぐられたのは、いつ以来だろうか。僕はそう思って、男の答えを待った。すると、男はもったいぶった様子でしばらくしてから答えた。

「そういうのは司祭様に聞こうか。さ、見えてきたぞ。ここの料理は別品だぞー!」

男は慌てて話を変えた。こんなにもったいぶっといてそれはないと思ったが、店先に漏れているラズベリージャムの香りに連れられた僕はいつの間にかレストランの窓側の席で食後のコーヒーを楽しんでいた。コーヒーの香りに包まれた店内で、僕はあの話を切り出した。

「じゃあそろそろ司祭様のところに行きませんか?」

話を逸らしたつもりだったみたいだが、僕の好奇心はそう簡単に消えない。

「う、うん。じゃあ、行こうか。」

司祭様の居るところは、どうやらここから100mらしい。

そういうわけで、会いに行くことになった。

100m程の距離だから、すぐに着いてしまう。


司祭様はすぐに出てきた。そこで、僕は、こう問うた。

「なんでここは"忌み嫌われし国"なんですか?」

司祭様は答えた。司祭様はニコニコしながら片目でギロリと案内人を睨んで

「さては、ルイソン喋ったな?」

と少し低い声で言った。

「あ、はい。というか、いや。」

案内人さんはルイソンという名らしい。ルイソンさんの声は徐々に小さくなっていく。

「まあ、よい。旅人さん。ここで話すのもなんです。どうですか?私の書斎でなにかつまみながらでも。」

司祭さんはニッコリと笑って言った。僕の答えは決まってる。

「ええ。もちろん。」

僕がそう言うと彼は足首まで伸びた司祭服を翻し、螺旋階段を登り始めた。書斎はどうやら二階にあるらしい。螺旋階段を登りきり、長い廊下の一番奥へ行くと、大きな扉に突き当たった。どうやらここが書斎みたいだ。

「どうぞ。」

司祭はこちらを振り返り、僕に入るように促した。

「お邪魔します。」

まず入った瞬間に目に付くのは高価そうな像。どうやらこの司祭のものらしい。それにしても恐ろしく広い部屋だ。自分の持つ権力を隠す気もないらしい。

「どうぞお座りください。」

司祭はそう言うと眩い装飾が散りばめられたソファへ僕を促した。

とても座り心地の良いソファだ。

「ルイソン。お茶を」

「は、はい。」

そう言うとルイソンはそそくさと退室していった。

そして暫くすると、

「ど、どうぞ」

ルイソンはテーブルに高価そうなカップを二つ置き、これまた高価そうなティーポットで紅茶を注いだ。

「どうも。」

中々美味しい紅茶だった。一息ついたところで、改めて司祭様に質問した。

「なんで、"忌み嫌われし国"って言われてるんですか?」

と。すると、

「…どうだね、この地は」

と、違うことを聞いてきた。しかし僕の好奇心は、こんなことでは黙っていない。ますます気になってしまうのだ。だから、

「なんで答えてくれないんですか?なにかまずいことでもあるんですか?」

そう聞いた。すると、司祭様は一瞬黙りこんだ。暫しの静寂ののち、司祭様はやっと、口を開いた。

「仕方ない。答えるしかないようだな…」

と。そうして理由を話し出した。司祭さんは本棚にあった分厚い本を取り出し、重く冷たい声で話し始めた。

「この国は…いや。この土地はもともと氷しかなくてな。この土地だけ。この国の土地だけ『忌み嫌われている』と。神に捨てられかけている土地だと。それを受けた当時の大司教様は契約をした。土地を救う為に。土地の代わりに我ら民を忌み嫌うように。そうして、氷は溶け緑の土地に金色の作物がなるようになった。戦争も全くなくこの国は発展してきた。だが、我らは忌み嫌われし者たち。死後に天国へは行けないだろう。ならせめて!この国は。生きてる間は天国のような国にしようと決めたのだよ。だからこの国は最も幸せな国と呼ばれている。だが死後は…。」

いつの間にか司祭さんはブルブルと震えていた。そして、司祭さんが紅茶にミルクを足して飲もうとした時、ドアが勢いよく開いて

「司祭様!遂にできました!」

と大声で衛兵が叫んだ。司祭さんは目を大きく開き勢いよく立ち上がった。その反動でカップが割れ、カフェオレのような色の紅茶がマットを汚した。

「ついに…ついに…。」

司祭さんは泣きながら喜んでいた。真っ赤だったマットは茶色の大きなシミを作ってしまっている。状況が読めず只々、困惑している僕にさっき入ってきた衛兵さんが

「旅人さん!喜んでください!これで私たちはもう恐れることはないのです!もうないのです!」

大声で言った。

「どういうことですか?」

僕は、子供のように喜び、狂乱している衛兵に問うた。

「司祭様からお聞きになってないのですか?我が国の大研究を。」

衛兵は本当に不思議そうな顔で言った。

「ん?ああ、まだ話していないのだよ。」

司祭はさっきの震えが嘘だったかのような明るい口調で言った。

「大研究?」

僕は司祭の方へ視線を走らせ、首を傾げた。

「はい。」

司祭はわざとらしく表情を曇らせ、語り始めた。

「先ほどお話しした通り、私たちは国民全員が重大なタナトフォビアです。死が怖い、怖くて仕方ない。」

そこまで言うとちらとこちらを見た、反応を伺っているらしい。

すると打って変わった、明るくいかにも自信満々といった表情でまた語り始めた。それにしてもこの司祭、まるで仮面を付け替えるようにころころと表情が変わる。だがその演技は旅人が元から感じていた胡散臭いという感情に拍車をかけるだけであった。

「そこで私たちは考えました。ならばこうすればいい!そう、死ななければいいのだ、と」

これを聞いて僕はふと、こう思った。"本当に国民はそう思っているのだろうか。"と。

もちろん、僕にこんなことが分かるわけがない。もしかすると、本当にそう思っているのかもしれない。ただ、「死ななければいい」ということを、全力で肯定はできなかった。

本当は分かっているのではないだろうか。生き続けることの辛さを。そう思ってしまった。

それを察してくれたのか、司祭様は、僕に語りかけた。

「生きるとは霧の中で住むようなものです。旅人さん。だれも、何も見えない。先は真っ白。何が起きても仕方がない世界です。生きている間、この霧は消えることはないのですよ。でもね、旅人さん。これは開き直りかもしれないけど、それでいいんだと思う。私たちがもし先がわかってしまう世界にいたならば、きっと気が狂ってしまう。私たちは忌み嫌われし者。霧が晴れた先など見たくはないのですよ。」

言い終えて少しニコリとした司祭さん。僕の戸惑った表情を見たのち、少し大袈裟に床の紅茶に驚いた。


この日、結局僕はその"大研究"なるものの詳細を知ることができなかった。「そのうち分かります。どうぞあと数日間ゆっくりしていってください。」と別れる前に、まだ興奮覚めやらぬ様子の司祭に言われた。僕は拍子抜けしてしまった。正直研究の詳細を知ったら早いうちにでもこの国を出るつもりだった。それだけに少し予定が狂ってしまったのだ。

「...まあ、どうせ暇だし、いいか。」

僕は振り返り、大聖堂を見た。外から見た大聖堂は、さっきまでの狂喜狂乱が嘘だったかのように神聖な皮を被っている。だが、橙色の淡い日に照らされたそれはひどく黄昏て見えた。

僕はもうすっかり日が傾いている夕空をちらと見、ゆっくりと歩き始めた。物思いに耽りながら歩いていた僕は、まだ宿を決めていないことに気づき、慌てて宿を探し始めた。


明かりが点々と付きだした大通りをはや歩きで過ぎていくと、やがて、一軒の宿を見つけることができた。

ここで休もう。そう考えて宿のなかに入ることにした。

「ごめんください。」

そう言って中に入ると、中の雰囲気は、古そうな外見からは想像できないほどに小綺麗で、どことなく、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

さっきの大聖堂が華やかで神聖な雰囲気なら、ここは、落ち着いた庶民的な雰囲気が漂う。

しかし、ふと思った。まるで人の気配が感じられない、と。

念のため、もう一度、大声で、

「ごめんくださーい。誰かいらっしゃいますか?」

と言った。しかし、いくら待っても、返事はなかった。

仕方なく一度外に出てみると、

既に外は暗く、肌寒く感じられるのであった。辺りを見回すと、店はもう、ほとんど閉まってしまったようだ。

「さっきは開いてたんだけどなぁ…」

そうして、仕方なく僕は、再び、その宿に入った。

やはり、誰もいない。だが、宿ということは間違いないようだ。看板だけでなく、受け付けと思われるカウンターにある紙切れからも分かる。

カウンターの向かいには年期の入ったテーブルと椅子がおいてあった。流石にそのまま部屋に上がるのも気が引けるので、しばらくそこで待ってみることにした。

そこで僕はふと、昼間大聖堂で司祭さんに言われたことを思い出し、呟いていた。

生きるとは霧の中で住むようなもの。先は真っ白。何が起きても仕方がない世界です。…か。霧の中で僕たちは様々に絡まる。そう、まるで見えていたかのように…

…あなたはどう思いますか?」

旅人は少し首を曲げ、「その人」に問いかけた。入ってきたときには気がつかなかったが、確かに「誰か」がいる。

「.....き...気づいてたん..ですか...」

少年のような高い声だ。少し埃の乗ったタンスの後ろから、みすぼらしい身なりをした痩せ型のどうも気の弱そうな青年が出てきた。線が細く、中性的な顔立ちをしている。

「一応旅人ですのでね。」

僕は警戒を解かずに、腰に下げている大口径の回転式拳銃に手を伸ばしたまま、青年に問うた。

「色々聞かなければいけないのですが。そうですね...取り敢えず名前を教えてもらえますか?」

青年はおどおどと視線を泳がせている。

「ヘ...ヘルム...です。」

青年改めヘルムは伏し目がちで答えた。よく見ると中々整った顔をしている。ただ、この薄汚れた服が台無しにしているのだが。

「ヘルムさん...ですか。いい名前ですね。」

大分緊張をしているらしい。僕は普段しないような励ましをした。こんな気が利くことが言えるのかと自分でもびっくりした。

ヘルムは小さく、

「あ、ありがとうございます。」

と言った。

多少は緊張が解けたらしい。自分の会話力も捨てたものではないなと思えた。

「では、ヘルムさん。」

多少落ち着いてくれたところで僕は本題を切り出そうとした。

「は、はい。」

ヘルムはおどおどと返事をした。

「どうして隠れるなんて真似をし たのですか?」

「……。」

ヘルムは沈黙した。まあ、仕方がないことだろう。この少年、ヘルムが何者かは知らない。だが、こんな唐突に訪れた旅人である僕に、いきなりこんなことを聞かれたんだ。それはしょうがない。だから、追い討ちをかけるように質問をするなど、愚かなことはしないつもりだ。

そうして待っていると、少年は、やっと答えた。

「最近、変な噂があるんです」

「変な噂?」

「夕方以降に家を訪ねてきた人には気を付けろ、とだけ…。」

なんだかアホらしい噂だ。だが、その噂に、僕は違和感を覚えた。僕はヘルムに問うた。

「でも、この国って、平和な国じゃないのですか? 少なくとも司祭様には神様との契約があるってことを聞いたんですが…」

すると、

「その通りです。ただ、あの出来事以降…」

「あの出来事?」

「いえ、今のは忘れてください。」

そう言われた時、ふと、直感であることが結び付いた。だが、これは後回しにしよう。そう考えたから、話を変えることにした。

「ところで、ヘルムさんはここの宿の人ですか?」

ヘルムは一瞬驚いたようだったが、すぐに、さっきまでの態度に戻ってこう言った。

「はい、そうですけど…」

「じゃあ、取敢えず、今夜はここに止めてくれませんか?宿を探していてここを見つけたんですが。」

「…はあ、それなら、二階の端の部屋を使ってください。」

「ありがとうございます。」

意外とあっさり泊まれることになり、少し拍子抜けしたが、宿が確保できたので良しとしようか…。

部屋は古かったが埃一つ無い綺麗な状態だった。壁は薄緑の優しい色で部屋全体が統一されている。ただ、壁の絵だけが異彩を放っていた。額がギラギラと輝いている。そういえばこの絵は教会にも飾ってあった絵だ。優しい微笑みを浮かべた男性が子供達に本を読んであげている絵で、男の子も女の子も楽しそう聞いているが1人の男の子は悲しそうに下を向いている。誰もその子を見ていない。教会でも思っていたが、見ていて寒気を感じる。

僕は気を取り直して背嚢を置いた。置いた瞬間気付いたが、かなり重かった。武器屋に途中で寄ったのが間違いだった。一気に身が軽くなり、清々しさを感じながら、ゆっくりとウエストバックと銃の入った袋を降ろした。銃は特に丁寧に扱ったが、袋に穴が開いてあったらしく降ろそうとした瞬間に銃だけがズドンと落ちた。水筒の上に落ちたため、床が傷つかなかったのは、不幸中の幸いだった。しかし、水筒はボコりと凹んでしまった。

「あー。やっちゃった。」

思わず声が出てしまった。

これは買い替えないとな...いや、でもお金が勿体無いな...。割と真剣に悩んだ。しかし、旅人にとって水筒は生命線だから、明日にでも買おうか。

と、自己完結したところで、そろそろ寝ようかと思った。ヘルムさんには感謝しないといけないが、まだ問題は完結していない。人は簡単に信用するべきではない。というか、信用しない。まだたった数年間の旅人生活で僕が学んだことだ。そんなことを考えながら、愛銃のライフルと、リボルバーの手入れをいつもより入念にした。そして、いつでも手が届く様にベットの枕元にリボルバーを置いた。ライフルは弾を抜き、壁に立てかけ、僕はいつも通りの浅い眠りについた。


窓から射す朝日で僕は目を覚ました。寝ぼけ眼をこすりながら服を着替え、ホルスターが付いたベルトを腰に巻き、枕元に置いてあったリボルバーを入れた。晩の間、これの出番がなくて良かった。

階段を降り、昨日ヘルムさんと会った広間に移動すると、テーブルにはライ麦パンとバターとミルクが置いてあった。ヘルムさんが用意してくれたのだろう。

貰えるものは貰っておく主義なので、毒が入っていないか確認した後、僕は席についた。

「いただきます。」

ヘルムさんに感謝をしつつ、僕はライ麦パンに手を伸ばした。質素な食事だが、安心する味だ。僕は食事を終えると、お礼を言うために、そして疑問をはっきりさせるために、ヘルムさんを探し始めた。


あまり大きな建物ではないため、ヘルムさんはすぐに見つかった。どうやら、客間の掃除をしていたようだ。

「あのー…。」

そう声をかけると、ヘルムは一瞬驚いた。やはり、いきなり声をかけたのは良くなかったのかもしれない。

「は、はい。」

「一晩泊めてくれて、ありがとう。」

「いえ、そういう仕事ですし…」

と、まあお礼を言うという、建前であり、本音でもあることを伝えたので、いよいよ本題に入ることにしよう。もちろん、話を聞きやすくするために、少しの間、敬語はなしだ。

「ところで…」

「ところで…どうかされましたか?」

「あの事以来って昨日いってたけど、あの事って?」

「それは忘れて下さいと言ったはずですが…」

仕方なく、失礼なことを承知で、ヘルムに

「君は、なにか知ってるんじゃないか?」

そう問うた。すると、少し黙った後に、

「…なんでそう思うんですか。そんなことないですよ…」

そうヘルムは答えた。しかし、見ていると、明らかに動揺している。そこで、

「あの出来事って言うのは、もしかして…」

そこで、わざと少し躊躇ってから、

「大研究のこと?」

と聞くと、ヘルムは「なんで」と言わんばかりに驚いた。そして、僕に言った。

「なんで…、なんでそれを…」

僕は少し困った。昨日僕は、結局、研究の内容を知ることはできなかったからだ。だから、有りのままを簡潔に話した。

「昨日、司祭様に会ったとき、そんな話を聞いたから、なんとなくそう思ったんだ。」

すると、ヘルムは

「…そうですか…。分かりました。」

そして、ヘルムは話し出した。

「あの実験は、町の人の様子からもうなんとなく予想がついているかと思いますが、司祭様をはじめとした、一部の人しか知りません。」

やはりか、と思った。だがそうなると、この気弱そうな青年もその一部の人に含まれることとなるが…

「一部の人?それってつまり…君も大研究の関係者ってことだよね?」

「ええ、そうですよ。」

「じゃあ、この宿は…」

「僕の両親から継いだものです。ぼくで終わらせるのも何だと思ったので。まあ、副業のようなものです。」

「そうなると…本業は研究員なのかい?」

「はい。」

驚いた。この若さで一国の大研究に携わっていたなんて。

そう思っていると、ヘルムさんは話を大研究の方に戻した。

「もう、この国は"忌み嫌われし国"と言われているのは聞いたんですよね?」

「ええ、まあ。」

「それなら、死ななければいいと我々は考えたと言うことは聞きましたか?」

「聞きました。」

「それなら話が早いです。今まで、我々は、死なないための研究開発を数年前に始めました。そして、ついに昨日、死なないことを可能にする薬が開発できました。そうですねぇ、簡単に言うと、細胞を若返らせる成分です。しかし、その開発を始めた頃と同時に、不吉な噂がたちました。町のみなさんは、その噂をしていただけだったのですが、私はそれを聞いたとき、すぐ、なにか関係があるのではないか、そう思いました。ですから、昨日は特に心配でした。」

「だから、昨日は隠れていた、と?」

そう問うた。ヘルムは言う。

「はい、そうです。」

そして、少し僕の様子をみてから、

「もし気になるなら、研究室でも見に来ますか?」

そう言われた。僕は

「はい、是非。」

といった。

ピポピポという機械音が静かな部屋に反響して扉が開いた。扉が開くと白い光がグワッと飛び出してきた。僕は反射的に腕で目を塞いだ。ヘルムくんは何もなかったかのようにしている。彼は入ってすぐ防護服を取り出してきさせてくれた。暑くて少しアルコールの匂いがする。研究所に入るとそこは凄いの一言だった。まずその広さだ。白一面の壁にライトが光っていて、床は青色のライトが走っている。そして、旅の中で一度も見たことのないような最新の機械。

「この国はそこまで進んだ技術はないように見えましたが…」

思わず聞いてしまった。ヘルムくんは少し嬉しそうに

「この機械達は各国の最先端技術を買って作ったのですよ。ここまで進んだ技術を持つ国はごくわずかでしょう!」

なるほど。しかし、異様な光景であった。外界は門番が剣と旧式ライフルを持ち、街はレンガ造りで木でできた電柱が立ち並んでいて、自動車も多くなかったというのに、

ここはまるでSFの世界だ。

「ご苦労様です。」

ヘルムは淡々と作業をしている研究員と思しき男性に声をかけた。

男性は軽く会釈をした。が、見慣れない者に気付いたらしく、旅人の方をちらと見た、防護マスクで細かい表情は分からないが、少し嫌そうな顔をしているように感じた。

それからは自国の技術の説明を色々とされた。僕は真剣に話を聞くよう努めた。


しかしどこまで行っても一面真っ白の壁だ。そろそろ僕は気分が悪くなりそうだった。それに、これ以上ここにいても、得るものは無いだろう。

「もう結構です。」

旅人はヘルムに言った。

「もういいんですか?」

ヘルムは振り返り言った。

「はい。研究のことはよく分かりました。」

正直言うと、僕は薬の知識やごちゃごちゃした機械の仕組みなどの知識が無いため、あまり分からなかったのだが。

「分かりました。では戻りましょうか。」


そうして、受付所のような部屋に戻ると、はたしてそこには、

昨日あったばかりの司祭様がいた。思わず僕は、

「なぜここに…」

と言ってしまった。

「昨日の実験の成果を見に来たのです。」

そう司祭様は言った。どうやら、僕は小さく言ったつもりだったが、司祭様には聞こえていたらしい。確かにさっきの説明で、動物での臨床実験は成功したと聞いている。細胞は、無事に若返ったらしい。それを見に来たのだろう。

そう思っていると、ある研究員がカプセルのようなものを

持ってきた。一瞬まさかと思ったが、すぐ、まさかではないことがわかった。どうやら、司祭様自らが試すらしい。もう一人の研究員が顕微鏡のようなものを持ってきたようなので、恐らく間違いはない。

暫くして、司祭様が薬を飲むと、一人の研究員が、司祭様の粘膜からとった細胞を観察しだした。僕には、何が変わったのか分からない。すると、観察し終わって、司祭様の様子を観察していた研究員が、突然、

「司祭様の様子が変です!」

と大声をあげた。なにが起こったのだろうと思っていると、僕にもそれが分かるようになった。

今までの司祭様の雰囲気は失せ、その代わり、狼のような目で、ニヤッと笑い、全身の強張った様子の司祭様がそこにはいた。すると、別のある研究員は、

「薬の成分が、前頭葉を一時的に麻痺させたようです。今までの実験では、そのようなことはみられなかったので、一時的なものと思われます。例えるならば、麻薬で一時的に、脳が異常をきたすようなものでしょう。しかし、今は考えるということができないようなので、危険です。気を付けてください。」

そう聞いて、僕は、いつでも威嚇できるように、腰のホルスターに入れているリボルバーに手をかけた。

「旅人さん。殺すんですか?」

ヘルムが震えた声で聞いてきた。

「殺しはしないよ。」

"殺しは"という言葉を呑んで僕は言った。

「そうですか…そうですよね!」

ヘルムが嬉しそうに言った。本当に好かれてるらしい。僕は銃口を彼に向けた。彼の虚ろな目は動揺などしなかった。周りの研究員のほうが動揺してた。

「止まってください。司祭さん。」

そんな言葉は司祭さんには伝わらない。司祭さんはユラユラとした足取りでこちらに近づいてきた。正直気持ち悪い。

「それ以上近づいたら撃ちます!」

今度は声を張り上げて言った。

しかし、司祭は一向に進むのを止める気配は無い。それどころか、ますます不気味な表情で旅人に迫ってくる。

「…………」

旅人はリボルバーを構えたままゆっくりと後退した。

その時、

「危ない!」

ヘルムさんが言ったのとほぼ同時だった。

「………っ!」

僕はとっさに横に飛んだ。

突っ込んできた司祭さんはバランスを崩し、低いドスンという音を立てて、床に倒れ込む。

「…ぅ……ぐ…がっ…」

司祭さんは獣の様な低い声で唸った。倒れても尚鋭く光る眼でこちらを見ている。

「…う…ぅ…ぁ…」

立ち上がりたいにも上手く立てないらしい。両手両足を不規則にばたつかせるその姿は、水の上で必死にもがく蜘蛛を連想させた。

と、ここで一部始終をそれまで呆然と見ていた研究員達が我に返った様に動き始めた。

白衣に身を包んだ一人の研究員が懐から拳銃を取り出した。そして、両手で持ったそれを司祭に向け、

「…し…失礼致します。」

───パスっ!

研究員が引き金を引くとともに、鋭い音が空気を裂いた。

「…うっ………ぐ…ぅ」

見事命中したらしい。

司祭さんの動きが徐々に弱くなってゆく。

やがてぐったりとした司祭の方に旅人は目を向けた後、発砲した研究員の方を訝しげに見た。

その視線に気付いたのか、研究員が、

「これは麻酔銃ですよ。今はお眠りになっているだけです。」

さきほどより幾分か落ち着いたみたいだ。研究員らしい、説明じみた口調で言った。

「…そうですか。それは良かった。」

旅人は無感動に言うと、研究員達に運ばれてゆく司祭を目で追った。


しばらくすると、研究員が再び戻ってきた。

「司祭様は?」

そう僕が聞くと、

「今、取敢えずは眠りについているよ…。」

「眠り?…もしかして、さっきのは…?」

「ああ、もしもの時のために用意はしていたんだ。」

そんな危ない薬だったのかと一瞬僕は思った。だから、僕は、その研究員に問うてみた。

「ということは、ある程度は想定済みの事だったんですか?」

すると、研究員は真顔のまま、

「いや、ただ、念のためだ。」

と答えた。一方で、一瞬、後ろにいた一人の研究員の口角が上がったように感じてならなかった。

そんな違和感を覚えたのだが、それを確かめるのは、司祭様が起きてからだ。それを問う代わりに、別の事を聞くことにした。

「この後、この研究はどうなるんですか?」

すると、少し間を開けて、

「まだ研究が足りなかったようです。今回は、恐らく一時的なものなので、司祭様本人には影響はないと思われます。しかし、これがすべての民に起こらないようにしないといけません。この研究は続くでしょう。理論上は、死なない事は確定している実験ですから…。」

そう言った。

「なにが理論上だ!ガマダ(この国では無信仰者の蔑称。)どもが!司祭様を危険な目に合わせておいて!どう落とし前つけるんだ?ああ?」

いきなり扉を勢いよく開けて、司祭さんと同じような服にサングラスを着けた人がが威勢良く言ってきた。無意識にホルスターに手がかかる。研究員さんは冷静な表情で

「侍祭様、ここは関係者以外の立ち入りは禁止されています。退室を。」

と言い放った。侍祭と呼ばれた男はわなわな震えながら

「いいか?よく聞け!班長!これは責任問題だぞ?意味わかってるのか?」

と、言った。研究員は動じない。

「責任なんか成功した後、いくらでも負います。御退室を。」

「なんかだとぉお!貴様!司祭様g」

「もうよい。侍祭よ。」

低くて透き通った声が彼の言葉を切った。

「し、司祭様!ご無事であられましたか!」

だが、相変わらず彼の声はでかい。司祭さんは白い医療服を着たまま車椅子に乗って部屋へやってきた。

「なに、心配することはない。ほんの一時的な副作用のようなものだったんだろう。私に何が起こったかは、さっきある研究員に聞いたから心配は要らない。」

そう司祭さんが言うと、

「それは失礼しました」

と言って、下がっていった。それを見計らって、僕は、

「そろそろ教えてくれませんか、今までに何が起こっていたのかを。司祭さん、ヘルムさん。」

そう問うた。すると、二人は最初暫くは躊躇ったようだったが、しばらくして、司祭さんがこういった。

「昨日、死ななければいいと考えた、とは言いましたね? そして、ヘルムからは、なんの研究かや、不吉な噂のことも聞いていると思います。」

「はい。」

「しかし、不吉な噂はなんなのか、それは知りませんね?」

「…はい。」

不吉な噂、これとの因果関係がまったく検討つかない。

「さっき私は、副作用で一時的に、そう、狂っていたと聞きました。ただ、あれでも、既に何回も臨床実験は密かに試してはいたんです。そして、最近になって、ようやく安定してきたと聞きました。ただ、そのなかには実験の副作用が顕著に現れる人もいたのです。そして、その副作用によって、一時的に自らの意思を忘れた者が町へ出ていく。人を追いかけ回したり、家に上がり込んでは、人々に迷惑をかけました。その結果があの噂です。」

僕の様子を伺うと、今度はヘルムが語りだした。

「私たちは、その副作用の是正に取り組みました。しかし、あらゆる動物で試しても、その副作用は起きませんでした。そこで考えたのが、我々人間の理性の存在です。しかし、既に一時的なものということはわかっているんですが、理性が機能しなくなる限り、この実験は成功することはありません。しかし、メカニズムが検討もつかず、私たちは途方にくれました。そこで、私たちは考え直しました。一時的なものならば、"死なないため"と言うことにこだわろう、と。その結果として、マウスなどだけはなく、人間においても、細胞の修復を断続的に行える薬を完成させることができました。だから…」

「司祭さんに投与した、と。」

「そういうことです。ですから、あれは失敗ではなかったんです。」

これで、ようやく僕のなかですべてが繋がった。そう感じた。


その後、僕はヘルムさんと一緒に宿に戻った。お風呂上がりに大きなくしゃみをしてしまった。この国の夜はよく冷える。特に胸騒ぎがするような今日のような日は。


宿のパンは美味しい。ヘルムさんもとても美味しそうに食べてる。ヘルムさんが用意したパンだが、パンは一体何処から持ってくるのだろうか?そんな疑問が思い浮かんだ。

『ザーザー …ヘルム班長!応答…さい!』

いきなりヘルムさんのベルトについていた無線機がなった。ヘルムさんは慣れた表情で無線機を取り出した。無線は音が大きめに設定してあるらしくこの距離ならゆうに聞こえてしまう。

「はい。ヘルムです。」

『やb…です!ザー…s…祭様…!』

「何です?聞こえません。」

『し…祭…あ、y…ぎゃあああ』

「しっかりしろ!状況は?状況は!」

断末魔だ。状況は詳しくわからない。でも、非常に危険な状況であることは確かなのだろう。ヘルムさんがあんなに焦ってるのだから。

…やがて断末魔は止み、変わりにザァーという音だけが鳴り始めた。

「くそっ!」

ヘルムさんは悪態をつくと、乱暴に無線機を切り、足早に宿から出て行こうとした。

「待ってください。」

僕は声をかけた。今の状況でじっとしていられるほど能天気ではない。

ヘルムさんは振り向くと、言った。

「…危険なことになります。旅人のあなたにはリスクが大きすぎますよ。」

旅人は微笑しながら諭した。

「僕にとっては、ここまで足を突っ込んでおいておいそれと引き返す方が酷なんですよ。」

ヘルムさんは何も言わずに、再び駆け出していった。僕もそれ以上言わずに、走り出した。

研究所につくと、果たして、そこには、狂乱した司祭さんがいた。いや、司祭さんのなれの果て、と言った方が良いのだろうか。

「そんな…」

そう、ヘルムは呟いた。そう嘆こうとするのも、おかしくないだろう。今の目の前の人に、司祭さん、いや、司祭の面影は残っていない。顔は狂気に歪み、その目は…。

「これは一体…。」

言い終わってから、いつの間にか、ホルスターの拳銃を掴んでいることに気づいた。ヘルムは言った。

「そ…そんなこと聞かれても解りません!!」

「でも、班長なら、なにか知って…」

「知りませんっ!! ここまで暴走するのははじめてです。」

そんなことが…

「そうです、研究員が居るはずです。」

そのヘルムの一言に救われた。

「その手があったか!」

そうして、ヘルムは大声で叫んだ。

「誰か残っていませんかー。」

しかし、待っても一向に返事はなかった。そして、僕たちは仕方なく、狂乱した司祭から逃げるように、研究所内を探し回った。しばらくして、ある部屋で、人の気配を感じた。

「ヘルムさん、この部屋は?」

「研究員でも、特に高い階級の人しか入れない部屋です。もしかすると…」

そう言って、ヘルムはすかさずに鍵を開けた。そして、ヘルムは中を覗くと、

「ここにいましたか。これは一体?」

僕も続いて中を覗くと、そこには、昨日いた研究員が怯えていた。研究員は言う。

「け、今朝、一応集中管理室に入院していただいていた司祭様の様子を見に行ったら、既に様子がおかしかった、としか……」

「では、あの断末魔と言うべき悲鳴は一体?」

そうヘルムが言うと、研究員は、

「……実は、朝に見に行ったとき、もう一人居たんです。私が司祭様に麻酔銃を打とうと試みているとき、もう一人がヘルム班長に連絡を入れました。その最中、司祭様に襲われ、私が叫んだときには、もう…。」

「そう…ですか…。」

ヘルムは今の一言で、余程、精神が参ってしまった様子だった。代わりに僕は問うた。

「それで、麻酔銃の効きは?」

すると、研究員は、一瞬沈黙した後、こう答えた。

「それが、効き目がまったくなくて…」

再び沈黙したのち、重々しく言った。

「もし、これが続くようであれば、もう、殺すしかありません。」

すべてを悟った。これは、副作用なんかではない。本当の失敗だったんだ、と。


『緊急事態発生!緊急事態発生!被写体A-23が暴走。繰り返す。緊急事態発生!緊急事態発生!被写体A-23が暴走。』

いきなり放送がなった。

「これは?」

「バイオハザード対策のアナウンスですよ…被写体A-23は司祭様のことです。」

僕の問いに対してヘルムさんは絶望の含んだ声で答えた。研究員は先ほどから狂ってしまったのか笑い続けている。ディスプレイを覗いた。監視カメラからは司祭さんの姿が見える。まだ人間であると言えた先ほどと異なり…見るからに化け物になっている。自分で千切ったであろう左耳からは血が溢れ出ている。撹乱状態か意思かは分からないが、叫んでいた研究員の体を毟っている。気色悪い。他の部屋では研究員達は皆、泣いているか怒っているかしている。冷静なのは1人もいない。ディスプレイの横の緑のライトが点滅した。

『おい!ヘルム!なにがあった!答えろ!A-23とは司祭様の事だろう!?答えろ!」

無線が入ったのだ。昨日の侍祭さんが叫んでる。ヘルムは声を荒くして

「暴走ですよ…もう終わりだ!」

と、言った。




ーー議会ーー

司祭の暴走を受け、議会は混沌としていた。司祭の暴走の対処方法。研究失敗の責任追及。暴走に置けるベルセル(教会)の被害の責任。そもそもの研究の必要性。周辺国への研究機材の借金返済方法やベルセルの議会内での権限の縮小など関係のない議題まで出ていた。そもそも、議会は研究に反対していた。ベルセルのみがその絶対的な権限を乱用し、研究を決定させたようなものであった。ベルセルとしては年々落ちてゆく信者数の拡大と南部の数ある少数宗教地区への弾圧の決定をさせる為にこの研究を成功させ国民の支持が欲しかったのである。議会としては、研究による外国からの多額な借金と失敗した際の議会への責任追及が嫌でたまらなかった。しかし今は、この失敗を機にベルセルの我儘を抑えられるのならと考えた議員達と何とか失態を他の責任にしたいベルセルとの間で火花が散っていた。

「ベルセルの権限をもっと減らすべきだ!」

「貴様はガマダだ!ベルセルはこれを断固拒否する!」

「何をいう!司祭をあんな者に変えおって、何がガマダだ!」

「司祭様を呼び捨てにし!あんな者などと罵りおって!恥を知らんのか!」

「恥とは何だ?推奨した研究が失敗し、トップまで失った貴様らベルセルこそ恥を知れ!」


まるで状況は変わらない。もういい加減にすべきなのは皆、わかっているのであろう。しかし、己の事ばかり優先してしまい、大切なものが見えていない。わかっていながら見えんとは…

「皆、よく聞け。儂は現時刻をもってグジャマルモ・レリア(特別緊急令)を発令する!





ーー研究場ーー

侍祭さんの怒鳴り声から20分ほど経った。監視カメラの司祭さんはもう血だらけで毟られた彼はもう只の肉であった。さすがの侍祭さんもこれには怯んだかもう喋らない。そして、ヘルムさんも下を俯いたまま動かない。僕は背中の小銃に弾を込めた。1発しか装弾できないが、大口径でありながら弾のフォルムゆえ当たりやすい設計のその銃は僕の愛銃だ。もう、決めなければいけないと思う。彼らには悪いし付いて来てなんだが、少なくとも僕はこんなとこで死にたくない。彼を殺さなければいけない。僕はディスプレイを見ながらそう思った。丁度、彼と目が合った時、閃光が走った。ディスプレイ越しでも充分明るい。そして、監視カメラが復旧した時映った光景に僕は驚いた。黒ずくめのこの国には合わない自動小銃を持ち、防毒面を被った兵隊たちが司祭さん目掛けて射撃している。煙で辺りが白黒くなる。兵隊たちのライトのみがその闇を照らす。

「……。」

緊張が走った。笑い続けていた研究員さえも静かに見入るように。しかし、僕はわかる。


ー 今の彼では彼らの武器じゃ歯が立たないと。


バン!

鈍い音が部屋に響いた。ガラスに赤いモノが張り付いている。かわいそうに。発砲音から察するに彼らの銃は命中度と弾速を重視した小口径銃。だいたい5㎜前後だろう。昨日見た麻酔銃の口径が4.5㎜ぐらいだった。勿論、空気式なのだろうがそれを跳ね返し、人間を破壊するだけの力…皮膚が硬化していてもおかしくはない。

ドス!

また、赤色が増えた。悲しみを帯びた赤色の目はこっちを覗いている。少し吐き気がした。…気分が悪いのは僕だけじゃないみたいだが。研究員が吐いている。騒いだり、吐いたり忙しい人だ。しかし、この状況なら仕方ないだろう。戦っていた黒色がこっちへ来た。ドアをバンバンと叩いて何か叫んでいる。

「あ…ちょっと待って!」

僕の声を無視しているヘルムさんがドアを開けた。聞こえてなかったのかもしれない。兵士達がバタバタと部屋に入る。

「ハァ…ハァ…ありがとう…」

息切れた兵士たちのヘルムが状況を聞いた。やはり、あの銃は効かず、5人の部隊はもう2人しかいないらしい。

「奴は人じゃない!」

兵士の1人が最後に怒鳴った。

『……。状況はそんなに深刻なのか。』

いつの間にか忘れていたがディスプレイの向こうには青い顔の侍祭さんがいた。そして、それだけ行って通信を終えた。

バン!バン!バン!バン!

ドアが思い切り叩かれている…司祭だ。

「もう、嫌だ!帰りたいよ…」

「泣き言を言うな!一等兵!」

「隊長…このままじゃ死にますよ…こんなどこの国かわかんないような場所で、こんなどこの兵かわかんないような服装で…」

沈黙が走った。思えば彼らは前まで玉詰め式の小銃を使っていたのを研究所の設立で急遽、最新の兵器に変えたのだ。慣れない武器、慣れない舞台での戦争なのだ。……作戦は決まった。

───僕は死なない!


状況を言おう。アタック兵士2名。装備、自動小銃1。斧1。サポート研究員、ヘルム。ラスト、僕だ。もう時間はない。ドアはもういつ破られてもおかしくない。

ドン!ドン!ドン!

音のたびにドアは歪んでく。

配置はついた。あとはタイミングだ。

ドン!…ドン!バタン!

「今です!」

僕の声と共に銃声が部屋に響く。兵士は司祭の顔めがけて発砲する。そして、隙をつくり

「うりゃぁあああ!」

もう一人が斧で彼の足を攻撃し、動きを遅くする。あとは、

「あ…」

バタッ

研究員が転んだ。

「何やってえる!早く立t

ズシャァ!

「ぎゃぁああ!」

斧を持った兵士の右腕は斧と共に宙を舞う。状況は最悪だ。


作戦では動きの遅くなった司祭の腕を研究員とヘルムさんが酸をかけて焼き、僕が頭を撃つ抜くはずだった。奴の硬化した手のせいで、頭まで弾が届かないからだ。研究員の持っていた酸は壁にかかり、酸の鼻奥を刺激するような臭いに吐き気がした。ヘルムさんは兵士を助けようとして、司祭に殴られもう立てない。どうすれば…

バシュッ!バシュッ!

司祭の両腕が根元から吹き飛んだ。一体…?

「おい、ガマダども!どうした?そんな顔して。」

相変わらず声が大きい。でも、今なら許せる。

「さあ、殺れ!…楽にな。」

ええ。楽に。司祭さん…お話面白かったです。さよなら。

ズドン!

銃声は研究所に静かに響いた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


それからのことはまるで白黒のフラッシュアニメーションみたいだった。僕は呆然と眺めていたが、「それ」はしっかりと網膜に焼きついていた。


旅人さんは小銃を構えた。その銃口は一切の動揺を感じさせない。引き金を引くと共に放たれた弾丸は迷いなく「それ」の頭を砕き、毒された脳髄と穢れた血液が四方に飛び散る。驚くほどあっさりと、顔を失くしたそれは簡単に地面に倒れ伏した。もうピクリとも動かない。恐らく原型を忘れてしまっていたであろう「それ」の顔は、今ではもはや顔と認識できるものではなくなっていた。息は絶えても絶えずに流れ続ける赤黒い液体は図々しく床を染め上げる。ついに僕の足元まで流れ来たそれは、眩しい蛍光灯の白い光に晒されぬらぬらと照っていた。

吐き気を催すほどのおぞましい状態を、僕は焦点の定まらない目で眺め続けた。目を背ける気力さえもなく、目の前の「それ」を認識することすら出来ず、僕の視界は不意に訪れた闇に覆われ、深い意識の海へと落ちていった……


どれほど眠っていたのだろうか。僕が目を覚ますと、そこはもう、あの血にまみれた研究所ではなかった。どことなく冷たい、コンクリートらしい建物の中で、僕はベッドに横になっていた。

「起きましたか?」

声の方に向くと、旅人さんは窓にもたれ掛かって外を眺めていた。あの時の旅人さんとは違って、いつも通りの旅人さんだ。

僕は答えた。

「ええ、まあ。あの…ここは?」

「研究所の近くの病院です。それより大丈夫ですか、5日間、ずっと寝ていたようですが…」

そんなに寝ていたのか、と気づかされた。

「大丈夫です。これでも、病院にお世話になるのは初めてなんですよ?」

そういうと、旅人さんは微笑んだ。

もちろん、さっきは、わざと明るく振る舞った。これ以上、旅人さんには迷惑をかけたくない。ただ、それでもひとつだけ聞きたいことはあった。

「あの、この5日間になにかありましたか?」

「それなら、議会に動きがあったようですよ? 司祭さんが死んで、これからの議会のあり方を考え直したみたいです。この国は、潰れることはないようですよ?」

そんなことが…。

「あと、責任がどうと言う話は、ヘルムさんの話も踏まえて考えたいらしいようですし、これから忙しくなると思いますが、頑張ってください。」

「ありがとうございます。」

そえ僕が答えると、旅人さんは言った。

「では、これで…」

「もう行かれるのですか?」

「ええ。」

「そうですか…。ありがとうございました。気を付けてくださいね。」

「ありがとう。」

それっきり、この町にはあの旅人さんが来ることはなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おい!旅人さんや!あの国どうだったかい?あんま、面白くなかっただろ?古臭いまんまな国だしな。」

黄ばんだ歯をニヤリと開きながら、熊のような商人は面白そうに聞いてきた。茶色のタンクトップからは熊のような太さの腕が堂々たる風格をかもしだしている。

「いえいえ。とても楽しかったです。」

「へー。観光地でも行ったのかい?」

観光地か。行けなかったな。美味しいジャガイモ料理があると聞いたのにな。でも、

「いえ。ただハラハラドキドキはしましたね。」

「はぁ?ハラハラドキドキね…。」

なにかブツブツ言っている熊さんを横目にもう見えない地平線の向こうのあの国を僕は見つめた。この地平線が続く全ての場所に世界は広がる。その世界はどんなとこだろうか。きっと綺麗なんだと思う。だから_


地平線は夕日を帯びて、紅く。細く。微かに光り続けた。

どうだったでしょうか?

リレー小説はとても楽しいのでオススメですよ!(それ専用のアプリがあるくらい楽しいです。)

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