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「なぁ、実に言いにくい話なんだけど…」
普段は何においても悪びれない佐藤が、今日はやけにばつが悪そうにしている。
飲みに誘われた時から多少の違和感があったが、その違和感は店に着いてからより一層感じられた。
あの守銭奴の佐藤が今日は奢ると言い、飲め飲めと促してきたからだ。
しかし先ほどの消えそうに小さな発言のあと、佐藤は口を開こうとしない。
「何だよ。お前らしくないな」
同僚の似つかわしくない態度がもどかしく、俺は早く話すよう催促する。
「それが…」
佐藤は膝の上に拳を乗せ、背筋を伸ばしこちらに向き直った。
「あのフィギュアのことで…」
「何だよ、じれったいな」
徐々に苛立ちが募る。同時に不安にもなってきた。あの佐藤がここまで言いづらいことって…。
佐藤は思いつめた表情で、ようやく呟くように話し始めた。
「嫁に聞いたんだけど、何か…目にカメラが仕掛けてあったぽい…」
「は?」
「いや、だから、カメラ…」
「カメラって何だよ」
佐藤は言葉に詰まる。
トイレに置いていたフィギュアにカメラが仕込まれていた。
何だよそれ。
意味不明な同僚の発言に頭を抱える。
何か弁解でもするかと思っていたのに、佐藤は何も話そうとはしない。
しばらく待って頭を上げると、その原因である同僚は先ほどとは打って変わって晴れやかな表情を浮かべていた。
「いやー、言いづらかった!」
ゲラゲラと笑いながらグラスに口を付ける。
何なんだこいつ。
「お前いい加減にしろよ。何なんだよ、ちゃんと説明しろ」
キレ気味の俺に悪びれる様子もなく、佐藤はふふっふふっと調子付いた笑いを抑えながら話す。
「いや、なんか。俺の嫁がやっぱりお前の嫁さんも話してたみたいで。つか、お前の嫁さん変わってるよな」
ここまで言うと、佐藤は込み上げる笑いを堪え切れないとばかりに吹き出した。
「…」
やっぱり話してたんじゃないか。腹立たしく思いながらも、俺はそれをぐっと堪える。
佐藤は笑い過ぎて目に涙を浮かべている。
「旦那の踏ん張る姿が見たいなんてよ」
「は?」
俺には今言われた言葉の意味が分からない。
口をあんぐりさせている俺を見て、佐藤は満足そうにほくそ笑んでいる。
「お前のケツが心配だったんだろうけど、ちょっとなぁ。何か、お前が一人で苦しんでたら可哀相だとか言って、うちの嫁にカメラも仕込むように頼んだって言ってたぞ」
「…『も』って何だよ」
話の展開に頭が付いていかない。大事なところがまだ理解出来ず、俺は下らないことに食いついてしまう。
「あぁ、あのフィギュアの音声はお前の嫁さんらしいじゃん。気付かなかったのか?」
そこでハタと気付く。あのフィギュアの言葉、妻を感じさせたあの声。
途中からこれは佐藤が仕組んだドッキリなんじゃないかと思っていたが、その期待は見事に裏切られてしまった。
あれは妻の声。妻の言葉。
妻を求めるあまりそう聞こえると感じていたが、その感覚は正しかったようだ。
あのフィギュアの音声が妻のものなら、カメラの件もあながち嘘ではないのかも…。
俺はどす黒い不安に襲われる。
饒舌に俺の妻を変態だと茶化し続けている佐藤をその場に残し、俺は席を立った。
一刻も早く、愛する妻の潔癖を証明したい、その一心で。