アイ采06
室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。
そして、この空気を望んだ者は、この部屋に集まっている生徒会メンバー五名の中には誰一人としていなかった。
そんな静寂の中、その口から言葉を紡ぎ出したのは沙羅先輩であった。
「アタシが……。アタシがあいつを生徒会なんかに勧誘しなければ…………」
俯き、唇を噛んでいるのか、いつもより少し暗い声で沙羅先輩はそう言った。
「沙羅先輩…………。そんなことなんかないですよ。ティアには、拒否するっていう選択肢だってあったはずです。それを選ばずに自分の意思で彼女は生徒会に入ることを決めたんです。だから……」
無意識のうちにそんな言葉が口から放たれていた。
しかし、そんな言葉は沙羅先輩にとっては慰めの一つにもならなかったようで、むしろより事態を深刻化させてしまったようだった。
「そうは言ってもな…………」
沙羅先輩はそう言ったあと、肩を落としながら部屋から出て行った。
「…………。私はさ、沙羅先輩は悪くない。そう思ってるの。確かに、いっちゃ悪いかもしれないけど少しは誠意敗にも責任があるかもしれないし、招集した防衛軍や、注意を怠ったティアさんにも多少なりともあるかもしれない。でもね、一番はやっぱり運なんだよ、きっと」
アリサ先輩は、沙羅先輩の姿が完全に見えなくなるなり、小さな声でぽつりとそう言った。
「……、確かにティアの死は運がなかったとしか言いようがなかったかもしれない。私はその場にいなかったから、はっきりとこうだとは言えないけど、本人に注意力がもっとあれば状況は変わったのかもしれない。でも、起こったことは、もう取り消せない。私たちはこの悲しみを超えて前に進まなければならないんだよ」
サーシャ先輩がそう付け加えた。去年のちょうど今頃、レベッカ先輩という姉を亡くしたサーシャ先輩は今回の出来事も、それと似たように捉えているのかもしれない。
たしかに、今回は自分の身内ではなく、言ってみればただの知り合い。それでも心をえぐる分には十分な刃と化す。
事実サーシャ先輩は、そう言ったあと、下を向いてしまい、いまだ顔を上げていない。
そう言えば、この人はあの時の式が終わった後もこうやって泣いていたような気がする。
親しい人を失うのは、これで二回目。でも、あの時はあまりに突然のことで、状況があまり理解できずそんなに悲しみはなかった。
でも今度のは違った。突然だけだったら、共通していると言えるかもしれない。だが、今回は友人が目の前で死んだ。しかも、自分がもっと早く<ヒトガタ>に気づいていればティアは死なずに済んだのかもしれない。
後悔と哀しみがこみあげてきた。
私は結局溢れてくる涙をこらえることができなくなった。
目からあふれるその液体は、しっとりと地面を濡らしてゆく。
そこで今日は解散となった。
その晩。
「入ってもいいか?」
なかなか寝付けずにベッドの中でもぞもぞと動いていた夜の一時を少し回ったころ。唐突にドアがノックされ、ドア越しに沙羅先輩のそんな声が聞こえてきた。
「はい、今開けます」
私は、自分のベッドから這い出て、ドアに向かう。
もうこのドアをノックして入ってくるあのハイテンションな友人はもういないんだ…………。
そんな感情を押し殺しながらドアを開けると、そこには、普段ならば学園指定の物ではなく、自分で持ちこんだジャージを着ている沙羅先輩にしては珍しく、制服に身を包んだ沙羅先輩がたっていた。
「こんな夜遅くにすまないな」
「いえ、そんなことは…………。まあ、立ち話もあれなのでとりあえず上がってください」
沙羅先輩は私の指示に従い部屋に入り、適当にその辺の椅子に腰を下ろした。
「いえ。それでどうしたんですか? こんな時間に?」
とは言ったものの、おおよそのことは察しがついている。
「なあ? アタシって本当に死神なのかな?」
いつもよりも、暗く。まるで別の誰かが言っているかのようにいつもとかけ離れたテンションで沙羅先輩はそう言った。
昔から沙羅先輩はそういう風に言われることも多かった。
たしかに、初めて戦闘を行った<エンシェントエネミー>はLTE-13だし、彼女とともに戦線にたった人物はレベッカ先輩を含めて四人がこの世を去っている。
しかし、そのうちの二人は個人の不注意が原因だし、もう一人は敵と相討ちになったらしい。
レベッカ先輩だけが、死因がはっきりとしていない。防衛軍からの発表では過労ということになっている。しかし、このご時世で過労死することなんてよっぽどの状況に陥っていない限り起きなく、また、仮に起きたとしても、いくら防衛学園とはいっても比較的時間に余裕のある高校生が過労死するなんて、最盛期のころでもそうそうめったなことでは起きないようなものだ。
「先輩は死神なんかじゃありません。仮に先輩が死神だったら、私はどうなるんですか? サーシャ先輩はどうなるんですか? 他の学園の生徒たちはどうなるんですか? 私は沙羅先輩とはもう三年近い付き合いになりますがいまだに生きて戦ってます。先輩がもし死神なんかだったら、きっと私は今ここにはいません。だったらきっと違います!」
つい早口でそう言ってしまった。
一瞬、これで沙羅先輩が気に病んでしまったらどうしようかと思ったが、その心配は無用だったようで、「そうだよな……」と、俯きながら、何度か復唱していた。
やがて、沙羅先輩は唐突に顔をあげ、はっきりといった。
「ああ、そうか。アタシは仲間の死を自分のせいだといって無理に納得しようとしていたんだ」
そう言って沙羅先輩は、ベッドから立ち上がった。
「すまないが、アタシはこれで失礼する。こんな夜遅くに押しかけられて、お前も迷惑だったかもしれないが、アタシの相談に乗ってくれてありがとな」
そう言ったときの沙羅先輩はいつもの彼女と何ら変わりないように思えた。
しかし、その表情の裏には、やはりまだどこか、いや、一生ついてくるであろう後悔が見え隠れしていた。それでも、沙羅先輩はいつもの、いや、それ以上に強く。頼れる先輩として成長したのかもしれない。
沙羅先輩はその後、「明日の臨時討伐訓練に備えて今日は早く寝ろ」という言葉を残し自分の部屋に帰って行った。
さきほどまで沙羅先輩が来ていた部屋は、直後に来訪前の静寂を取り戻し、私を夢の世界へと誘った。
「りか、ちょっと射線を開けてっ」
後方から、アーラの声が耳を済ませれば肉声も聞こえてきそうな所から聞こえる。
その声と同時に右側に回避行動をとる。刹那、直前までいた位置をオレンジ色の光が通り過ぎていくのが、視界に入った。
空気が焼け、やや焦げ臭く温かい風を横から受けながら、視線を正面に戻す。
その先には、焼けただれ体の一部が炭化して絶命し、落下している最中の<エンシェントエネミー>のなれの果てが存在していた。
その焼死体の複製元は、STE―07dだ。私が初めて戦った<エンシェントエネミー>と同一のタイプに属しているもので、前回の一斉の訓練のときに私とアーラ、そしてティアの三人掛かりで五分二十七秒六二で三十体を葬ったあの時とまったく同じタイプの敵だった。
電界と同様にそれが地面に接触するか否かといったタイミングで、『そこまで』、という訓練終了を知らせる教官の声が通信端末越しに聞こえた。
「経過時間は?」
背後から、アーラ駆け足で近寄ってくる。
「……九分二秒二十九」
表示されたタイムは前回と比較しても圧倒的に遅かった。
たしかに、この訓練は参加者一人当たりにつき十体を倒すことになっている。しかし今回私たちはあえて、さらに十体追加して三十体と戦うことにしたのだ。
結果は前回よりも三分強も遅くなった。
たしかに、参加していた人数が減ったのもあるかもしれない。それでも、最善を尽くせれば、あと一分は余裕で詰められたかもしれない。
それでもなお、叶わなかったのはティア・レオナードという一人の少女の死が深くかかわってきているのかもしれなかった。事実、他の生徒の結果に目を向けて見ると、平均して皆二分ほど前回よりもタイムが遅くなっている。
それほど、彼女の死が皆の心の中に<エンシェントエネミー>と戦うことの恐怖心に火をつけてしまうきっかけとなってしまったのかもしれない。
たしかに、前回と比べてかかったタイムだけを見てみると、大幅に上がっている生徒もいる。しかし、それらのうちのほとんどの生徒は、訓練の内容をワンランク落としたりしていて、実際に縮まった訳ではない。
むしろ、逃げの心を作ってしまったがために、同じ訓練を行った生徒らに比べて、大幅に下がったのかもしれない。
しかし、その中で唯一、タイムが上昇した者もいる。
それが、鳴神沙羅だ。
「流石に絨毯雷撃は説教されるだろうし、だったら……」
独り言が端末を通じて流れてきた。
これには、流石に前回お叱りを担当した訓練官も苦笑いを浮かべるほかなかったが、その笑みは沙羅先輩の言葉によってかき消された。
「シャイニング・ルーカスっ!」
その言葉と同時に放たれたのは、目がくらむほどの閃光だった。
いや、厳密にいえば、一筋の光といった方が正しいのかもしれない。というか、正しい。プラズマに近い物で攻撃するという点では、アーラの射撃と共通している。
しかし、規模がはるかに違うのだ。アーラの攻撃はまだ射撃ということができるが、こちらは砲撃といった方が正しい。
沙羅先輩曰く、直径三十メートルはあるらしい。そんな光の塊が<エンシェントエネミー>の群れに突き進む。
人類が認識できない速度で突き進んだそれは、次の瞬間にはその輝きを失った。
そして、光が消えたあとには、<エンシェントエネミー>の姿は確認することはできなかった。
訓練終了の合図が鳴る。前回と比べて今回は、まだまともな終わり方だった。
「梨香、ちょっと今いいか?」
コネクターから制服に着替え、寮に戻ろうとしていた私を呼びとめたのは、背後から聞こえた沙羅先輩のそんな言葉だった。
「あ、はい。なんですか?」
沙羅先輩のほうに向きなおり、私はそう答える。
しかし、沙羅先輩はついてこいと言わんばかりに、私に背を向け歩いて行ってしまった。
少し急ぎ足で歩き、沙羅先輩の横に並ぶ。
「一体どうしたんですか?」
と、そこで沙羅先輩は歩く速度を少し緩めた。
「……。梨香。アタシとお前は今からちょっと第二格納庫に行かないといけない用事ができたんだ。といっても、ちょっとある実験に同席すればいいだけだけどな。あ、言い忘れたが、サーシャはもうついてると思う」
お互いに歩みを止める。
第二格納庫。
そこは各ゲートにつながっていて、学園生徒や教師の使用する機体が格納されているだけの場所。
そんなところで一体何が行われるというのか?
そんなことを一瞬思ったが、私はすぐにとあることを思い出した。
それは、三年前のある日のこと。
母に連れられて、初めて実物を見た日のこと。
今では当たり前のように使っている<フェアリーアーマー>、アインにエントリーした日のことだった。
「もしかして、そこにリーフィーもきますか?」
そういった途端、沙羅先輩は驚いたようだった。
「…………流石梨香だな。だてにあの実験を経験しているだけのことはあるな」
「いえ、第二格納庫でなにか実験を行うとしたら、それくらいのことしかないですから」
そこでいったん、言葉を止める。
一瞬の静寂が辺りを包み、再びそれが私の言葉によって破られる。
「サーシャ先輩を呼んだのも、それが理由なんですよね? 私と同じく、あれを経験しおているんですから」
沙羅先輩は、一瞬どう答えたらいいかわからないようだった。しかし、すぐに言葉を放った。
「たぶん、な。アタシもさすがにそこまではわからねえよ。ただな、これだけはわかる」
今度は、沙羅先輩が言葉を止めた。
どのくらいたっただろうか?
私のそれよりも、長かったかもしれないし、短かったかも知れない。
それほどの時間をかけて、沙羅先輩はゆっくりと息を吸い、言葉を紡ぐ。
「お前と他の二人は、皆似ているようでまったく違う立場だからな。梨香はまず母親というところで根本的に違う。それが今後どう作用するか、気を付けておけ」
沙羅先輩はその後、静かに歩き始めた。
格納庫の前には、数名の警備員が立っていたが、私たちが来ると何も言わずに通してくれた。
「さてと、これで全員そろったようだな。それでは、さっそく実験を始めるとしよう」
部屋に入るなり、アンジェラ先生のそんな声が耳に届いた。
私は、室内にいる人物を順に見ていく。
沙羅先輩、サーシャ先輩、アンジェラ先生、数名のスタッフ。
そして、実際に会ったのは今日が初めてだが、何処かティアに似ている少女。あれが、今回の主役、リーフィーだろう。
とにかく全部で九名しかこの場にはいなかった。
「わかりました」
リーフィーが頷く。
コネクターに身を包んだその身体が、ゆっくりと、だが確実にこの部屋の中央。普段はゲートにつながるだけの場所に鎮座している一つの物体に近づいてゆく。
それは、いくつもの傷が付いていて、赤黒い何かが所々に付着しているようなオブジェクトだった。
その中の一ヶ所。一際は異彩を放っている、その蒼く輝いている大きなものには、何本ものコードが伸びていて、スタッフの前に置かれている装置につながっていた。
あれはおそらく、というか確実にティアの<フェアリーアーマー>のコアだろう。
無数の傷は戦闘の際に出来た戦いの爪痕。そして、あの赤黒い物は……。
逃げても仕方ないことだが、私はとっさにそのことを考えるの事から目をそらした。
すると当然、視界に映っている光景が何なのかが鮮明に理解できた。
リーフィーは一瞬。ためらったようなそぶりを見せながらも、それにふれる。
しかし、これといった変化は特になく、すぐさまリーフィーはスタッフと場所を交換した。
「お疲れ」
結果は聞かなくてもいいのか、こちらに戻ってきたリーフィーに沙羅先輩はそう声をかけた。
「ありがとうございます。えっと…………」
「鳴神沙羅だ」
「あ、はい。すいません」
「気にするな。初めて会ったんだから、まだ名前を覚えてなくて当然だろ?」
そう言って沙羅先輩はこちらを見た。
その意味ありげな視線によって、ある一つのエピソードを思い出したが、それは思い出したくなかった記憶のうちのひとつなので、ふたをしておくことにした。
「えっと、はじめまして」
と、沙羅先輩とのやり取りは終了したのか、リーフィーが今度は私のほうを向いてそう言った。
「こちらこそはじめまして、桐原梨香です」
さきほどの沙羅先輩にならって、自分の名を名乗る。
「あ、はい。わかりました。お姉ちゃんからいろいろきいてました」
少し痛々しい笑顔を浮かべながら、リーフィーは言った。
「そうなんだ」
私はその言葉に対しどう答えていいのかわからずに、そうつぶやいてしまった。
と、そのとき、一人のスタッフがリーフィーのもとに彼女を呼びにやってきた。
そして二人は、コントロールパネルのところへと再び行ってしまった。
正直に言って、私は助かったと感じていた。
リーフィーはさっき、あえて過去形を使用した。それが私の胸にある種の痛みを生じさせた。それから逃れることが出来、安堵している自分。
それに、なんとなくだが嫌気がさした。
暫くして、こちらに戻ってきたリーフィーは、どこかすがすがしい顔をしてこう言った。
「これからもよろしくお願いします。先輩」
と。
「すいません、先輩。お時間をいただいてしまって」
リーフィーは、自分の手元の紅茶を傾けながら言った。
ここは、寮の屋上。テラスのようになっているその中のテーブルに、リーフィーと私は向かい合うようにして座っている。
「うんうん、別に大丈夫だよ。それで、何の用?」
「私、さっき適性があるって言われてからこう思ったんです」
リーフィーは、一つ大きい深呼吸をしてから、切り出した。
「今私にできること。それはもう戻ってこない過去を振り返り、いつまでも現実と向き合わないことじゃない。きちんと現実を理解し、今何をなすべきか。それを考えて行動していくことだと思ったんです」
リーフィーはその後、紅茶を少し口にすくんだあとに、「とはいっても、それができるかどうかはまた別問題なんですけどね」を、笑って言った。
「そう。……それで、今はなにをしようと考えているの?」
つい、私はそう言ってしまった。
するとリーフィーは、にこっと、さきほどよりも明るい笑みを浮かべて、こういった。
「今はまだ、修理が終わってないんでまだですけど、使えるようになったら、私と一緒に戦っていろいろ教えてくれませんか?」
その心強く、しかし、脆いその声に私は深く頷いた。




