アイ采05
五月十七日午前四時三六分。第一会議室にて、第三次<ヒトガタ>討伐作戦について防衛軍幹部会議開始。
同日午前五時十四分。同終了。
同日午前五時三〇分。第三次<ヒトガタ>討伐作戦参加者に、同作戦の概要の伝達、及び召集される。
同日午前六時二一分。召集対象の集合を確認。
同日午前六時三〇分。第三次<ヒトガタ>討伐作戦会議開始。
同日午前八時三二分。同終了。
同日午前八時四〇分。各員の<フェアリーアーマー>最終調整開始。
同日午前九時五六分。同終了。
同日午前十時三分。
格納庫に併設された談話室に、私、ティア、アーラ、沙羅先輩の四人が集まっている。さらに、今ここにはいないが間もなくアリサ先輩とサーシャ先輩が来るので、それで現生徒会のメンバーが全員そろうことになる。
「でもさー、せっかくその<ヒトガタ>だっけ? それの討伐作戦だってゆうのになんで私たちはそっちには参加できないの!」
ティアが不服そうに言った。
今回、私たち生徒会メンバーに命じられたミッション内容は至ってシンプルかつ、重大な役割を担うものだ。
同一エリア内に存在する<エンシェントエネミー>の討伐と言う、普段から行っている訓練などに<ヒトガタ>との遭遇と言う多少のリスクが付随しただけの任務だ。
「仕方ないことだろ? アタシたちは一応まだ学生なわけだし。防衛軍もここで将来有望な生徒たちを失いたくはないんだろう」
沙羅先輩が言った。
それは一般的に考えてみても、至極まっとうな判断だろう。
死亡するリスクが高い<ヒトガタ>の討伐に参加させるとなると、それで負債することになるリスクよりも経験値が得られる可能性の方が低い。確かに生存した場合に得られる経験値や情報などは他の普通の<エンシェントエネミー>との戦闘時のそれよりは確実に高いのだが。
しかし、もう一度言うが死亡の危険性も普段よりも格段に膨れ上がるのである。
そのためこんなところで大量の生徒を失っていては、ある一定の期間だけが防衛軍に加入する生徒数が減少し、防備に隙ができてしまう。
それを防ぐために、今回はこのような措置が取られたのであろう。
しかし、それをわかってはいても折角の機会なのだ。心のどこかではそれと戦ってみたいといった感情が生まれてくるのもまた事実。
「でもさー、なんか先生たちも二度とこんな戦いを起こらせないようにしよう。とか言ってるしさー。ほんとに私たちが<ヒトガタ>と戦うことのできる最後のチャンスかもしれないんだよ? それなのにさ、なんでいつでも戦えるような<エンシェントエネミー>としか戦闘を許してくれないの?」
ティアがそれに反論する。
「ほう、ティアは普段行っている訓練すらきちんとこなすことができていないのに、そんな我が侭ばかり通そうとするのか」
しかし、それも沙羅先輩によって返された。
「そんなことないですよ。だいたい、この間の訓練のときだって先輩も見てたじゃないですか? いくら一学年の訓練内容だとはいえ、それでも五月の内に学年末最終目標まであと少しと言うところまでいったじゃないですか! それなのにどうしてこなしきれてないっていうんですかっ!?」
ティアの反論は次第にヒートアップしていく。しかし、沙羅先輩は至って冷静に、
「でも、その後行った個人訓練の成績では梨香とアーラよりもだいぶ話されていたじゃないか? たしかに、お前のマナウィダンではたしかに相性が悪かったかもしれない。それでも、制限時間ぎりぎりと言うのは実力不足を感じさせると思うけどな? そこのところは、自分ではどう思ってるんだ?」
ティアはしばらく唸っていたが、やがて考えることを放棄したようだった。
「はい、おっしゃるとおりですが何か?」
むしろ開き直ってしまった。
沙羅先輩はその様子に呆れ、なにかを言おうとしたようだったが、放送で最終確認のために呼び出しがあったので、結局何も言わずに休憩室を出て行った。
「で、結局そこまでしてティアは<ヒトガタ>と戦いたい理由はなに?」
沙羅先輩がいなくなって数分後。さきほどの会話の応酬を私と同じように傍観していた、というより、またよくわからないタイトルの分厚い本を読んでいたアーラがそうティアに言った。
ティアはしばらくなにかを迷っていたようだったが、結局はそれを話すことを決めたようだ。
「えっと、なんで私が<ヒトガタ>と戦いたいか? で、いいんだよね?」
アーラが頷く。それを確認し、再度ティアが話し始める。
「じゃあ、話す前に一つだけ確認するけど、前に私の家族について話したことってあったけ?」
今度は、アーラの首は横に動いた。
「わかった」
そう言って、ティアは一度深呼吸をした。
顔を上げ、自身の言葉を紡ぐ。
「私って四人家族なんだ。私と、二つ下の妹とあとは今年で八歳になる双子の弟とで四人。両親は私が今の弟ぐらいのときに離婚してね。私たちの親権はお母さんが持つことになったの。お母さんは、女手一つで私たちを育ててくれて。だからとっても辛かったと思うんだ。でも、決して弱音なんか一度も言わなかった。それだけ、立派なお母さんだった」
そう言ってティアは、いったん言葉を区切った。
話しているうちに、幼いころの思い出が胸にこみあげてきているのだろう。
ティアは目を閉じて少し俯いている。その頬を、一滴のしずくが流れ、再び彼女は話し始めた。
「でもね、そんなときそれは突然訪れたの。一昨年のちょうど今頃のある日の午後。普段通りに学校から帰ってきたら玄関先でお母さんが倒れていたの。そのまま病院に搬送してもらたんだけど、そのときにはすでに……。原因は、過労による心筋梗塞だってさ。いまどきなかなかこんな死に方はしないじゃん。それで、私たちのためにお母さんがどれほど無理してたかがわかって…………。でも、わかった時には、もう遅くて…………」
最後のほうは嗚咽に変っていた。
やはり、大切な人を失った悲しみはいつまでも心に残っているのだろう。しかも、ティアの場合時期的には適正訓練の後。あの各種手続きで忙しくなる時期だ。
自分が母の死の原因の一端だと思うと、尚更それが心に重くのしかかっているのかもしれない。
私たちも、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、とても声をかけることはできなかった。
「ごめんね。なんか見苦しいところを見せちゃって」
ひとしきり泣いてすっきりしたのか、ティアは笑顔でそう言った。
しかし、その眼は紅くなっており、涙が流れたあとが顔の両脇にうっすらと残っている。
なにか言った方がいいのだろうか? そう思い声をかけようとした、そのとき。
私の後ろにあるドアが開く音がした。
私があわてて振り返ると、ガラス張りの自動ドアがちょうど開ききり、アリサ先輩とサーシャ先輩が入ってくるところだった。
「お話は終わった? なんかここに来たらティアさんが泣いているからなかなか入りにくくって」
アリサ先輩はそう言うと踵返して部屋から出て行こうとした。
「あれ、先輩達はもう少しここでゆっくりしていかないんですか?」
たしか調整が終わってからここに移動するまでの時間に合ったときには生徒会メンバー全員を集めて談話室で最終確認をしようと言うことになっていたはずなのだが……。
「そのはずだったんだけど、時間が、ね?」
そう言われたので時間を確認する。そこには十時十七分と表示されている。
「そう言えば、五分前には出撃準備を完了させないといけないんでしたよね。わかりました。私たちもすぐ行きます」
そう言って私たち三人は先輩方二人のあとに続いて談話室を出て行った。
移動の際に、結局聞くことのできなかったなんでそこまで<ヒトガタ>との戦いにこだわるのかときいてみた。
するとティアはこう答えた。
「今年の適性試験でリーフィーが合格したんだけどさ、それだったら私も負けていられないじゃん」
「リーフィーって妹ちゃんだっけ?」
「うん。今は弟二人と一緒に第六階層にすんでいる叔父さんのところに居候させてもらってる。みんないい人だけどでもやっぱり、少しでも多く養育費としてお金を渡せるようにしないとね?」
「確かに今回の<ヒトガタ>の討伐に貢献した人には四十万アルカディアドル(現在の日本年に換算すると1アルカディアドル≒九十円ほどである)が支払われるみたいだけどさ、なにもそこまで危険を冒さなくてもいいんじゃない?」
「ううん、いいの。だって、お姉ちゃんだもん。お母さんの代わりに家族の生計を立てるのもその役割のひとつでしょ?」
そういったティアは笑顔だった。それも、さっきの無理やり作ったような見せかけの笑顔じゃなく、本当に心の奥の強さを反映させたような……。
「よし、全員そろっているな。それじゃあアタシたち防衛学園生徒会も与えられた<エンシェントエネミー>討伐作戦の開始と行きますか」
十時三十七分。ゲートを全員出たのを確認し沙羅先輩が言った。
「このまま六人で行動してもいいんだが、それよりは前回、訓練の翌日に出撃した時と同じように分けたほうが効率は上がると思うんだが、何か意見はあるか?」
誰の添えに言い返すことはなかった。
「となると、よし。梨香、ティア、アーラ。ついてこい」
そういって沙羅先輩はトライアングルブースターの出力を上げた。
「まったくもー、沙羅さんはいつもそうやって無理やり作戦を開始するんだから」
ティアが不満そうに言ったその一言に、この場にいた他の四人全員が同意を示すサインを行った。
「The High Priestess」
前回同様、<ヒトガタ>が周囲にいるか否かを確認するためのリミテッドスキルを発動する。
しかし、前回の二度目と同様に<ヒトガタ>の姿はできなかった。
「少なくとも、半径五キロ圏内にはいないようですね。ただ、ここから南東に二キロ進んだところにMTE-15系統の群れがいます。内訳はaが七体にbが四体ですが、付近にはLTE-13が一体います」
そう私が言うと、沙羅先輩は急に苦虫を噛み潰したような顔をした。
「よりにも寄って、LTE-13かよ。あの死神だろ。アタシ、あいつだけは苦手なんだよ」
沙羅先輩が言っていることはなにも亡霊みたいなものが怖いとかそんなわけではないはずだ。
LTE-13は、ローブをかぶった人のような外見をしていて、フードのところに紅く煌めくものが浮かんでいるといった形の<エンシェントエネミー>だ。
たしかに、沙羅先輩の『絨毯雷撃』等の技でいとも簡単に消し去ることも可能だが、それ以外の技でとなると、これを倒すことの難易度は上昇する。
LTE-13は自身の周囲に接触することが不可能な結界を張っている。これは外界からの攻撃を完全に遮断するとともに、内側からのもまた然りといった特徴を持っている。
このため、外からは一切攻撃することはできない。そして、LTE-13の基本的な攻撃というのが、鎌のような形をした装備を使った物理攻撃と、中距離からのスキルだ。
発動してくるのは大抵の場合、拘束や減速といった感じのスキル。
ただ、これらの攻撃のときは、あちらの結界も一時的に消失するのでこのすきに総攻撃を仕掛けるのがこの<エンシェントエネミー>との基本的な戦い方である。 こちらの行動を妨害してじわじわと襲ってくるといういやらしい戦い方を好む<エンシェントエネミー>であり、その外見と相まって死神という俗称で畏怖の対象と化していて、遭遇したら決してひとりでは戦わずに防衛軍か学園に連絡を入れたあと、大人数での盗伐が行われるのが通例となっている。
とは言ったものの、沙羅先輩の場合は高火力なリミテッドスキルに任せて強引に打ち破るといったことも可能だ。ただし、自身の<フェアリーアーマー>は盛大に破損するは、範囲攻撃だから味方にも損害は出るは、ついでに貴重な死神のコアが回収不能になるほど壊れているはと、なにかと不利益にしかならないので謹慎処分を受けたあとによほどのことがない限り『絨毯雷撃』の発動禁止を言い渡されたはず。
ただし、前回の訓練のときには平気で使っていたのだが……。
「まあ、いるってのなら仕方ない。防衛軍の方々が<ヒトガタ>に専念できるようにさっさと終わらせるぞ」
沙羅先輩のその一言にわらしたちは「お―」と、妙に気合の入っているのと、適当にやっているのがはっきりとわかるそれで気を引き締めた。
「目標を捕捉しました」
アーラが事務的にそう告げる。
ここはさきほどの地点から南東におよそ一キロ半ほどの場所。
私たちがここまで来る間に目標はこちらに向かって移動しており、予想していたところよりも手前で遭遇していた。
今は、廃墟の裏に隠れて敵の観察をしている。あちらは、私たちに気付いている気配はなく、ただ何事もなくこちらに接近してきている。
「それにしても、付近にMTE-15はいないようだな。それでも、警戒しとくに越したことはないか。よし、下手に合流されるよりは、ここで一気にかたを付けるぞ」
沙羅先輩はそう言って、LTE-13の前に躍り出た。
『いいか、アタシが囮になって、こいつにスキルを発動させるから、アーラはそのすきに高できを。梨香とティアは周囲に敵がいないか確認を』
搭載されている回線にそんな沙羅先輩の通信が入った。
「わかりました」
アーラがそんなことを言った。やはり、この律義に返答を返すところは見習った方がいいのかもしれない。
「じゃあ、私たちは付近の捜索をしよっか?」
そう言ってティアのほうを向くと、ただでさえ<ヒトガタ>と戦闘できない上に、さらに大物の<エンシェントエネミー>とも戦えないことがよほどショックなのか、若干無くれたティアがそこにはいた。
私は通信回線をプライベート回線に切り替え、ティアに話しかける。
「ティアがさ、家族のために戦っているってのはよくわかったけど何も死神にこだわらなくたってさ、MTE-15aとbを合計八匹討伐すれば死神一体とほとんど同じくらいの金額が支給されるじゃん。そっちじゃ、ダメなの?」
「…………」
答えはしばらく帰ってこなかった。
「そうだよね。地道にコツコツと積み重ねていった方が、一気に積むことよりも計画的でより多くの成果が得られるもんね。よっし、それじゃあお仕事と行きますか!」
さきほどの沈んでいた表情とは打って変わり、平常運転を開始したティアがそこにはいた。
沙羅先輩に言われた通り、MTE-15の捜索を開始する。ソルト、わずか二分ほどで、あの特徴的なリングを確認することができた。
「こちら、桐原梨香。MTE-15a,bと遭遇しました。これより戦闘を開始します」
沙羅先輩と、本部に双連絡する。
すぐさま、本部から「了解」との返答がきた。
「まずは、先制攻撃と行きますか」
ティアはそう言って一匹だけ本隊をはぐれているMTE-15aに狙いを定めて距離を詰める。
「アクエリア・ソードダンス」
ティアの手中に自身の固有強化外装である十字剣フラガラッハが出現する。ティアはそれを右手でつかむと、敵の懐に潜り込む。
刹那。
中央に浮かぶ球が一瞬にして砕け散り、辺りに重音が鳴り響く。
だが、それはここからだけ響いたわけではなかった。
『りか、ティアきこえてる? こっちは片付いたから今からそっちに向かう』
アーラからの通信だった。
「うん。こっちはやっと一体倒したところ。早く来てくれるとありがたいんだけどね Temperance」
こちらに気付き、接近してきたMTE-15bの一体をかろうじて拘束する。
「うん。私は今から戦闘に戻るから。じゃあ」
そう言って、普段は浮かんでいる体を地面に接触させているMTE-15bのほうにむきなおる。
「the Chariot」
とりあえずは、いつもどおりに複数の敵との戦闘を行ったときに戦うように行動する。
吹き飛ばされたMTE-15bはこちらに向かっていた変異前の種で考えられているモノに衝突し、再び地面に落ちる。
「それじゃあ、まとめて消えてもらいましょうか。 The Hermit!」
転がっている三体の足元が黒い影で覆われ、それらがゆっくりとその中に沈んでゆく。一度捕らえられたら最後。術の使用者が解除する目で発生し続けるそれは軽度のブラックホールと化す。対象をまとめて消し去るにはもってこいのこのリミテッドスキルの欠点は地面に接触していないと使えないことというものだ。
なぜかというと、このリミテッドスキルは対象となったものの影を変質させて発動するものであり、接触していないと引きずりこむことができないからである。
「ソアリング・シュートっ」
と、そのとき。聞きなれたアーラの声が辺りに響き敵のうち一体に命中する。
後ろを振り返ると、上空に浮かんでいるアーラと目があった。
「あと三体だ。気を抜くんじゃねえぞ」
沙羅先輩はそう言って、自身の<フェアリーアーマー>紫電から、電撃を放出させる。
その攻撃がヒットした敵は見事なことにさきほど私が発動した『The Hermit』のうえに落下した。
当然ずぶずぶと沈んでゆくそれはもがけばもがくほどより深く沈んでゆく。
「よっしゃあ。上手くきまるとは思わなかったがまあ、よかったよかった」
沙羅先輩は変なところで喜んでいる。というか、狙ってないのにあんなことを起こせる実力は単純にせん歴の差だけとはい言い難く、早く同じぐらいまで行けるようになりたいという感情が浮かんできた。
残り二体のうち一体は、再度発射されたアーラの一撃で討伐された。
もう一体はというと、流石に自身の再起を恐れたのか逃走しようとしたところを、ティアによってコアを砕かれた。
「それにしても、とくに危ないところも無かったし、この場で他のところに敵がいるかどうか確認しようよ」
ティアのその提案を拒否する者は誰一人としていなかった。
「じゃあ、始めるよ。 The High Priestess」
浮かび上がったのは、一つの場所。
そこは、どこかの建物の上だろうか? 妙に見晴らしが良かった。
行動を見られているそいつはなおも移動を続け、建物の端であろうところまでやってくる。
その視界には、四つの影。それはどこかで見たことのあるような気がして…………
それが何なのか、そこがどこなのか、そしてそいつが何なのかがわかった瞬間。私はとっさに叫んでいた。
「ティア、後ろっ!!」
しかし、もう少し早く言うべきだったのである。
なぜなら、
「え?」
背後にそびえる廃ビルの屋上から飛び降りてきた<ヒトガタ>の攻撃でティアの<フェアリーアーマー>の胸部、操縦者が乗っている場所を<ヒトガタ>が手にしていた禍々しい槍が貫いたからだ。
どさりと、音を立てて倒れるティアの<フェアリーアーマー>。
そちらに興味を失ったのか、視線をこちらに向ける<ヒトガタ>。その顔らしきところには、赤く灯った光のみがあった。
「こちら鳴神沙羅。<ヒトガタ>と遭遇しました。負傷者は一名。ただちにこちらに来てください。場所は…………」
沙羅先輩はどこか慣れた手つきで連絡をしている。
そう。ティアはまだ『負傷者』なのだ。だからまだ助かる可能性もある。ならば一刻も早く治療したほうがいい。
ならば私は、この<ヒトガタ>の意識をこちらに集中させて、衛生救護科が到着し治療に洗面できるように少しだけ引き離した方がいい。
「The Loversっ!」
そう思い、気休めにしかならないかもしれないが、<ヒトガタ>の意識をこちらへと向けさせる。
少しは効いたのか、<ヒトガタ>は攻撃対象を私に決めたようだ。
私は、トライアングルブースターを使用し、上空へと飛翔する。
『おい梨香、なにをやっているっ!? 防衛軍がすぐに来……』
沙羅先輩からの通信が入った。
しかし羽田氏は、それに対し何も応答せずに回線を切断した。
「さてと、ティアがまだ死んでいないことを祈るけど、ここは敵討ちって言葉を使わせてもらおうかな」
そう言って、<ヒトガタ>を見る。
ゆっくりと近づいてくるそれは、上空に浮かんでいる私にどうやって攻撃しようか、というよりは、どんな攻撃で殺ろうかと考えているように見えた。
「とりあえずは、私から行かせてもらうよ。 The Hermitっ!」
さきほど活躍してくれた黒い影が再び出現する。しかし、<ヒトガタ>はこれを上空へ移動することで回避した。
「 」
声にならない音を発しながら<ヒトガタ>が槍を投擲する。
あわててそれを真横によけると、すぐ近くまで<ヒトガタ>は迫ってきていた。
「くっ、The Emperorっ!」
<ヒトガタ>はいつの間に用意したのか、新たな槍をこちらへと突き出す。
今度はそれを回避せずに防御する。
「Temperance」
そこから、反撃に転じる。
私の放ったリミテッドスキルによって、一時的に<ヒトガタ>の動きが止まった。
「Justiceっ!」
召喚された剣をにぎり、<ヒトガタ>に斬りかかる。
思っていた以上に、その外殻はかたくなく、二、三回攻撃しただけで<ヒトガタ>の腕を斬り落とすことに、成功した。
しかし、そこまでで私のリミテッドスキルに対して耐性を得たのか、徐々にだが激しく動くことのできない<ヒトガタ>が動き出す。
「っ!」
急いで後方へと回避行動をとる。
その判断は正解だったようで、一瞬にして拘束は破れられ<ヒトガタ>は自由の身となった。
「これは流石に、通信切ったのはまずかったかな?」
回線を断ってしまったために、増援を呼ぶことができず、かといって回線をつなぐには若干のラグが生じる。
そのために、結局私は一人での戦闘を余儀なくされてしまった。
前方の<ヒトガタ>がこちらへと向かってくる。
しかし、さきほどまで右手に持っていた槍は、右腕を欠損したことにより、左に持ち替えられている。
「速さはそこまででもないし、私でも十分に対応できる」
そう口に出し、自身を励ます。
実際に体のバランスが崩れたのだろうか? 先ほどよりも<ヒトガタ>の移動速度は遅くなっている。
この距離なら、ギリギリのところで『Justice』の射程外だ。だったらまずは『Temperance』で動きを止めてからにしよう。
そう思って私はリミテッドスキルを発動しようとした。
しかし、
「がはっ!」
体内から大量の空気が吐き出され、地面に向かって高速で落下する。
地面と激しく衝突し、モニターに装甲の耐久値が減少したことを伝える警告文が表示されてなお、少しの間なにが起こったのかを理解することはできなかった。
「いったい、なにが?」
そうは言ったものの、なにが起こったかは冷静になればすぐにわかった。
「あれで、まだ全力じゃなかった、ってこと?」
そんなことは、考えたくもなかった。それじゃあ、時間稼ぎも何もなく、ただ単に私がやられて終わるだけの結果になるかもしれない。
そう思ったときに私の頭の中には、ある一つのことが浮かんだ。
「お母さんたちには決して使うなって言われてるけど、この状況なら仕方がないよね」
そう自分に言い聞かせて、それを発動する。
「The Devil!」
<フェアリーアーマー>から、黒い何かが吹き出る。
前に一度だけこれを発動したことがある。そのときも、この黒い何かが私を包みこんでゆく。
そうすることで、一切の感情が安らかになり、状況を客観的にとらえることができるような気がする。
これならば、よりこの<ヒトガタ>を引きつけておくことができる時間が長くなるかもしれない。なにも、この敵を私が倒さないといけないというきまりはない。よってここは私が重傷を負わない程度に戦っていればいい。
「Death」
そう思ったはずなのに、私は無意識のうちにその単語を発していた。
私の目の前に現れたのは『Justice』を発動した時に現れる剣と似たデザインの剣。しかし、その色は対局の漆黒である。
それを無意識のうちに掴み取る。
不思議と手に馴染むこれでなら、下手すると勝てるかもしれない。
何故そう思ったのかは私にもわからない。
しかし、気がついたときには私は<ヒトガタ>をそれで切りつけていた。
何回も。何回も。
あちらの最高速度を上回る反応速度で、一撃一撃をかわしながら、こちらは攻撃を必ず叩き込む。
まず初めに吹き飛んだのが左足。次いで、右足。
動けなくなった<ヒトガタに>私はさらに攻撃を加える。
気がついたときには、目の前には動かなくなった<ヒトガタ>の残骸が転がっていた。
コアは剥き出しになっており、それを包んでいる装甲は原形がどうだったのかを思い出すことができないほど壊れている。
とりあえずはそのコアを回収しようと、それに近づいたときに私の前には一機の<フェアリーアーマー>が姿を現した。
「梨香、こんなところにいたのか」
それは沙羅先輩の操る紫電だった。
「まったく、勝手に飛び出していきやがって。こっちがどれほど苦労したと思っているんだ。回線まで切断しやがるし……」
そうぼやいている先輩だったが、ふと自分の足元に転がっている物が何なのかにここで気付いたようだった。
「これは、梨香が?」
私はうなずいた。
「そうか……」
沙羅先輩は、そのコアを拾い上げた。それを、自身の目線の高さまで持ってきて、光に透けさせて見ている。
オレンジ色の光が沙羅先輩の顔にかかる。
「…………梨香、本当によくやったな。こっちは…………」
沙羅先輩がなにを言っているのか、私はすぐに理解した。




