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アイ采02

「あと一体だ、気を抜くなよっ」

 遠くからかすかに、沙羅先輩の声が聞こえる。

 目に映るは、訓練用に生み出された<エンシェントエネミー>の複製個体レプリカ

複製元は、STE―07d。私が初めて戦った<エンシェントエネミー>と同一のタイプに属しているものだ。

 違いは体色とその属性だけ。

 あのときの個体は天使のような純白だったのに対し、こちらは対照的な漆黒をしている。

 それが私たちとは逆の方向へと走り去って行こうとしているのが見える。

 いくらあの災厄の化身といえど、その遺伝子に組み込まれた生存本能が危険を察知したのだろうか、逃走を図っているようだった。

 しかし、ここは学園の敷地に建設された訓練場の内部。あっという間に端までたどり着いてしまう。

 いける。そう確信したのもつかの間。その<エンシェントエネミー>は上空へと飛翔し、逃げられないと悟ったのか、こちらに向けて攻撃を仕掛けようとしてきた。

 その攻撃の軌道上には、当然のごとく私が立っている。

「りか、ちょっと射線を開けてっ」

 後方から、同年代の少女の声が聞こえる。それも、通信端末越しだけではなく、耳を済ませれば肉声も聞こえてきそうな所から。

 かろうじて右側に回避行動をとる。刹那、直前までいた位置をオレンジ色の光が通り過ぎていくのが、視界に入った。

 空気が焼け、やや焦げ臭く温かい風を横から受けながら、視線を正面に戻す。

 その先には、焼けただれ体の一部が炭化して絶命し、落下している最中の<エンシェントエネミー>のなれの果てが存在していた。

 それが地面に接触するか否かといったタイミングで、『そこまで』、という訓練終了を知らせる教官の声が通信端末越しに聞こえた。

「経過時間は?」

 背後から、<エンシェントエネミー>を討伐したその少女――アーラ・フォン・ヴォルフェンビュッテル――が、自身のトレードマークでもある後ろで一纏めにした銀髪の髪をたなびかせ、駆け足で近寄ってくる。

 その表情からはいかに感情を表に出すことが苦手な彼女と言っても、若干興奮しているのがわかる。

「……五分二十七秒六二だってっ! まあまあの出来だと思わないっ!?」

 左方向からもう一人の少女――ティア――が駆け寄ってくる。

 こちらも同じく、明らかな興奮の色が見てとれた。

「まあまあ、少し落ち着け。確かにお前たちは、入学してまだ一カ月少々しかたってなく、例年の今の時期の生徒と比較してみると、機体性能の差を考えても十分に平均を上回っているタイムだが、その程度のタイムで喜んでいられると、あとあとになって……」

 いつの間にか傍に立っていた沙羅先輩は、冷静に結果を分析している。

「でも、この訓練の一年時の最終目標タイムは確か五分二十秒以内じゃないですか! あとほんの八秒縮めればいいだけじゃないですかっ!」

 だが、少しでも堅苦しいのが苦手なティアにとってそれは苦痛でしかないのか、反論を試みている。

「その八秒が長いんだけどな。まあ、アタシも人のこと言えた義理じゃねえんだけどな。一年のときのアタシもまんま同じこと先輩に言われてたしな……」

 そう言った沙羅先輩の目はどこか遠くを見ているようだった。

 なんとなく詳細を聞くのがはばかれるような雰囲気だったが、これまたお気に召さなかったのだろうか、結局ティアが沙羅先輩に件の先輩について聞いてしまった。

「ん? ああ、そのことは忘れてくれ」

 自身のその茶色い短髪の頭を掻きながら、沙羅先輩は言葉をつなげる。

「アタシもいまだに気持ちの整理がついてねえんだよ。梨香なら、アタシの気持ちもわかるよな。梨香もあの人と……いや、これ以上は言わない方がお互いのためか……」

 そう言って沙羅先輩は、訓練場を後にした。

 そのときの沙羅先輩の背中には、普段のその強い先輩といったオーラが感じられなかった。


 訓練着から制服へと着替えて、観覧席から訓練の様子を見る。

 一年生のチームの中では、私たちの組が最後だったので、今行われているのは二年生のものだ。もっとも、シャワーを浴びてから着替えたのですでに大半の組が終了していて、この組が二年生最後の組みたいだったが。

 訓練の内容は一年生とは違い、こちらはMTE―06aとLTE―04aの討伐だった。

 これらの<エンシェントエネミー>は、LTE―04aとボスとし統制のとれた集団で生活している。

 リーダー格のLTE―04aはサソリのような体つきをしていて、その身体は銀色に輝いている。その背中には一対の翼が生えていて、それにより常に浮遊している。

 その周りにいるMTE―06aはLTE―04aが小型化し翼を失ったような姿をしている。

 いや、その逆か。確かLTE―04aはMTE―06aの成体ということが何年も昔に確認されていたはずだ。

 そうしている間にも流石先輩というべきか、無駄のない動きで次々に敵を討伐していく。初めは七匹ほどいたMTE―06aも残すところ一匹となっていた。

「……すごい」

 隣で見ていたティアが思わずといった感じでそうつぶやいた。

『そう思うだろ。一応言っておくけど、今アリサとサーシャがやってるこの訓練。本来ならば二年生の訓練じゃなくて三年の内容だからな。それをこういとも簡単に処理してくれるとこっちとしてもやる気が出るってわけだ』

 訓練場内で有事の際はすぐさま行動に移すことができるようにあらかじめ<フェアリーアーマー>を装着している沙羅先輩から通信が入る。さきほども、いつの間にか近くに来ていたのはこのせいだろう。

「そんなこと言ってると、簡単に追い抜かされちゃいますよ、先輩!」

 やけにハイテンションでティアが通信に応じている。ときどき、この二人はそりが合ってないような気がしてならない。

 一方的にティアが沙羅先輩に敵対心を抱いているというか、張り合ってるというか、まあ、そんな感じだ。

『是非そうしてもらいたいな。そうすると、防衛軍一人当たりにかかる負担が軽減されるからな。……っと、終わったみたいだな』

 沙羅先輩の言う通り、目の前ではLTE―04aの大きな肉体が崩れ落ちていくところだった。

 光沢のあったその体色は次第に風化していき、やがてそこに横たわるは、赤茶けた色に変化したただの残骸だった。

『ほう、七分四十九秒零六か。なかなかの好タイムだな。』

 沙羅先輩が、通信でタイムを教えてくれた。

今回の訓練はチームによるタイムアタック方式となっている。

 新一年生は自由にチームを組んで、上級生は昨年から組んでいるタッグもしくはチームでの訓練を行い、学年、時期、内容ごとに決められた目標タイムを切るように、各々が努力を行う。その目標タイムより5分オーバーしてしまうと翌日、本来ならば月に一度しかない訓練のない日を返上して訓練を行う。そして毎年、新一年生の内の数組がこれに引っ掛かって、貴重な休日を消滅させているらしいが、そのおかげで、次回以降の訓練では、身の丈に合ったものさえ選択すれば大抵の場合補習は免れるらしい。

「参考までに聞きますけど、この訓練の目標タイムって何秒ですか?」

 なので私は、自然な流れでその質問を口にした。

 何しろ、今日が私たち新一年生を含めての校内一斉の訓練日だ。そのため、他の学年の目標タイムを覚えているわけがなかった。だから、他学年の先輩が行っている訓練がどのくらいの時間で攻略するのが基本なのかを知りたくなって先輩に聞くことは当然のおこないなのだ。

もっとも、自分たちの学年の目標タイムも、うろ覚えなのだが。

『たしか、八分半だったと思うぞ』

 そういう沙羅先輩の声は少し弾んでいた。

「どうしてそう、嬉しそうなんですか」

 ためしに聞いてみたその質問の答えは、およそ三十分後に帰ってきた。


絨毯雷撃カーペット・サンダーブレイクっ!」

 訓練開始が告げられるとともに、沙羅先輩がそう言葉を紡ぎ出す。

 刹那。

 辺りに降り注ぐは、無数の雷。

 ここが地下都市の中だということを忘れそうになるほどの異常気象が発生した。

 あまりにも威力が強すぎたために、通信系が誤作動を起こしたのか、端末から流れ出しているのは、さきほどからずっとノイズだけとなっている。

 復旧が追い付いていないのか、雷撃が止み、その惨劇の中でただ一人悠然とたたずむ沙羅先輩が確認されても、一向に訓練終了は告げられなかった。

 結局、訓練が終了したのは復旧が完了した一時間後のことだった。それまで全校生徒はずっと、空調が死に、ドアが開かなくなった観覧席での待機を余儀なくされたのであった。






それから三十分後、私たちは校内のラウンジに集まっていた。

 メンバーは私とティアとアーラの三名。第一回の目標は切れたので、そのお祝いもかねて普段よりも豪勢な食事としていた。

 といっても、デザートの類が追加されただけと言われればそれまでなのだが。

「しっかし、最後のあーちゃんのあの一撃はすごかったよね」

 自身の食事を早々に終了させたティアがグラスに注がれた柑橘系のジュースを傾けながら訊いてくる。

「あれはリミテッドスキルを使ったから」

 端的にアーラが答える。こちらもすでに食事を終えていて、いまどき珍しい紙の本を読んでいる。

 何故、現在主流となっている端末で中枢書庫ライブラリからテキストを閲覧するといったやり方ではなくてわざわざ時代錯誤な本を持ち歩いているのかというと、本人いわく「アナログこそが正義」らしい。

 というのも、アーラがふだん読んでいる者は、<エンシェントエネミー>が現れるよりも以前の学術書や文献などが多いため、中枢書庫ライブラリにはデータとして存在していないらしい。

 もっとも、私はそんな本は初めから読む気はないので関係ないことだけど。

「あ、なるほどね。でもいいよねー、あーちゃんのリミテッドスキルは派手だから。フルバーストモードだっけ? あの広域爆撃型のあれ。私もあんなふうにドカーンと一発ぶちかましてみたいよ」

 空になったグラスをテーブルに乗せ、身を乗り出してティアは力説する。

「その代わり私のシルフィードは装甲が薄くなっているから、あんなに激しく動き回っているティアには操縦は無理だと思うよ。それに、見た目が派手だからこそ回避された時の隙も大きいからその分慎重な立ち回りが要求されるよ? 私には残念だけどティアの場合は扱いきれないと思うよ」

 しかし、アーラのほうはというと、ページをめくるスピードは緩めずに、そればかりか視線を動かそうとせずに応じている。

「ねえ、あーちゃんそれ自慢? 自分はうまく扱えるからと言って自慢してるの?」

 その対応と、回答の内容にティアは不服そうだ。もっとも、本人も本気で乗ってみたいとは思っていないようで、ティアの興味はすでに別のものへと移っていた。

 しかし、直後にアーラの発した一言によってふたたび興味が戻ったようだ。

「たったあれだけしかできていないに、うまく扱えているなんて言えない。本当にうまく扱えているのは私なんかじゃなくて、さら先輩のような人のことだと思う」

「いや、一昨年のアタシよりも今のお前たちのほうがうまく扱えていると思うぞ」

「そうはいっても、現状はさらのほうが高いレベルにいるわけですから」

「それは仕方のないことだと思うぞ。なんたって二年分のキャリアが違うからな。……っと、梨香はアタシよりも早かったっけな」

「え? りかっていったいいつから防衛学園ここに来てたの? ……というかさら先輩、いったいいつからそこにおられたのですか?」

 確かにアーラと何の違和感も抱かずに会話のラリーを続けていたのは沙羅先輩その人であった。

 沙羅先輩は自身の食事を乗せたトレイをおもむろにテーブルに乗せて、空席の内の一つに腰を下ろした。

「ついさっきからだけどな。んじゃ、いただきますっと」

 そう言って沙羅先輩は自身の食事を開始した。

 そのまましばらくは沙羅先輩の食事の音だけが聞こえるという、沈黙状態に陥った。当然のごとく、その状況を破ったのはやはりというべきか、ティアだった。

「それで先程の話の続きだけど、梨香っていつからこの学校に来てたの? それとさっき言ってたあの人って?」

「あ、やっぱりその話まだ続けるんだ」

 ティアが当然と言わんばかりに頷くのを確認したのちに、沙羅先輩のほうを見る。

 沙羅先輩は、いったん食事を止め、お前の判断に任せるといった感じに軽くうなずいた。

「えっと、あれは今からちょうど三年前くらいかな」

 だから私は、レベッカ先輩の事については言わずに、一つ目の質問だけに答えた。

「あれ? 適性検査って確か、二年生になってからじゃなかったけ?」

 いきなり話しの腰を折ったのもまた、ティアだった。まあ、その疑問を抱かなければ、それはそれであれなのだが。

 この場にいる一同が皆首を縦に振る。当然、当たり前のことであり道行く人百人に聞いても皆同じ反応をするだろう。

「ってことは、梨香は適性検査受けてないってわけか?」

「いや、沙羅先輩はとっくに知ってるでしょう」

 この先輩とは二年前からのつながりがある。なので当然知っているはずだけど。

「いや、アタシはただ、他の二人の心を代弁しただけだから」

「えっとじゃあ、簡単に説明するけど、私の場合はちょっと特殊でね。お母さんがここの先生をやってるから時期を早めに回して適性検査を行ったの」

「そうなんだ。じゃあ、初めて戦ったのはいつ?」

 悪気はないのだろう。ティアが好奇心に動かされてそう訊いてきた。一瞬、答えないという手も浮かんだが、それは即座に却下した。

「適性試験より前」

「具体的に言うと、今の二年の適性検査の前日だったよな」

「なんで覚えてるんですか」

「いや、あの人が……」

 迂闊にも、沙羅先輩はまた自身の中では禁句であろうその言葉を発してしまった。

 直後に、空気が重くなる。アーラは、訓練場での一件でなんとなくの察しはついたのか、こちらも目をやや伏せていている。

「だから、あの人って誰なのさ? もう、りーたんのケチ。教えてくれたっていいじゃない」

 唯一人ティアだけが、その場の雰囲気に気付いていないのか、はたまた、この雰囲気を壊そうとしているのかわからないは発言をしている。

 どちらかというならば、ティアの場合前者だろう。それが結果として後者に傾くこともあるけれど基本的には前者であると考えてよさそうだ。

 その証拠に、いかにも機嫌が悪いですみたいに、ジュースを飲んだ時に使ったストローを水の入ったグラスに入れてぶくぶくと息を吹き込んでいる。

「ティア、この世界には聞いてはいけないものがある」

「もう、アーラだって気になるでしょ?」

 アーラは、ティアを説得しようと試みたようだが、かえって火に油を注いでしまう結果に終わったようだ。

「あの人は、レベッカ先輩っていう人なんだが、とてもいい先輩だった」

 と、そこで唐突に沙羅先輩が口を開いた。元は自分のまいた種。自らが収集をつけるべきだと判断したのであろう。

「訓練の成績も、筆記も何もかもが良くできた先輩でさ。常に仲間のことを考え、また、大切に思って行動する先輩だったんだ。先輩が近くにいてくれるだけで、たとえそこが戦場の中心だろうとも、安心感があった。そして何よりも、選ばれたからではなく、選ばれたからこそ、自分たちが戦うんだって考えのもとに生きる、そんないい先輩だったよ」

 ティアがハッとしたような顔になった。

「なんか、すいませんでした。聞いちゃいけないことだったみたいで……」

 流石のティアでも、そのことに気付いたのだろう。

 普段の明るく活力に満ち溢れた声はどこへやら、珍しく謝ったティアの声はか弱く感じられた。

「気にすんな。昔のことだ。今更悔んだって仕方ない。それに、あの人もそれを望んじゃいないだろうしな」

 流石に今度こそ、この内容に対して訊き返す者はいなかった。

 再び静寂が辺りを包む。そこでふと、何かを思い出したのか、沙羅先輩がラウンジの壁に掛けられている古き良き時計に目をやった。

「……っと、もうこんな時間か。お前たちはさっさと教室に戻った方がいいと思うぞ。アタシのことはいいから早くしな」

 沙羅先輩にそういわれて、私たちも時計を見る。すると次の講義までの時間はあと十分も無い。五分前着席を最低限度のマナーとしてとらえている先生の授業なので、実質後五分も残っていない。

少しばかりの名残惜しさと、張りつめた空気が弛緩して行く中で、私たちはラウンジから教室へと向かった。

 ラウンジを出る直前に一度振り返ると、あちらもそれに気付いたのか、食事の手を止め軽く手を振ってから、再度食事を再開していた。


「さっきはなんかごめんね。ついあんなこと聞いちゃって」

 教室に入り、それぞれが自身の机に着席するなり、ティアが謝ってきた。

 教室までの最中に同じことをあと三回ほど言われたので、やっぱりこういうところはティアらしいなと感じていると、端末のほうに、ショートメールが届いた。

 誰からだろう? 

「はい、じゃあ午後の授業を始めたいと思います。はい、起立」

 そう思った直後に、まるでそれを読むのを妨害しようとしていたのではないかというほどのジャストタイミンで、次の授業の担当教師であるジョゼット先生が教室に入ってきた。

仕方なく端末をスリープモードにし、顔をあげると皆が立ち上るところだったので、私も立ち上がって皆に合わせて一礼し、着席した。

「それでは、本日も授業を行っていきたいと思いますが、前回は確か現在確認されている小型<エンシェントエネミー>のおもな種類とその特性について話したと思いますが、その続きから話していきたいと思います。ではまず……」

 全員が席についたのを確認するなり、ジョゼット先生は授業を開始する。

 とはいっても、今現在やっている内容は、事前訓練科といういわば付属中学校のようなところで触れた内容について、さらに詳しく教える授業なのだが、あの日以来よく先輩たちと協力して実物のそれらと戦っている私にとってはすでに知っていることでしかないので、ただ聞き流すのがここのところの定番となっていた。

 その後も授業はつつがなく過ぎていき、そのままの流れで授業は終了した。

 授業が終わるとすぐさま、開始直前に届いたメールの内容を確認する。どうやら、送り主は沙羅先輩だった。肝心の本文にはこう記されていた。

『放課後アタシの部屋に来てくれねえか? 防衛が学院ここのサーバーから映像ファイルを受け取ったんだが、認証解除システムのところにアタシと梨香の名前が書いてあっからよ』

 と。


 形式上のホームルームが終了し、沙羅先輩に「これから向かいます」と連絡を入れた数分後、私は沙羅先輩の自室の前に来ていた。

 扉をノックする。しかし、中からは何も返事がない。

 もう一度。だがやはり、結果は同じく何の応答も帰ってこなかった。

「沙羅先輩、いないんですか? もしいたら返事してくださいよ」

 再度、今度は先ほどよりも力を込めて。

 すると今回は、「うるさい。聞こえてっからそんな大きな音立てるな」と、若干のいら立ちをにじませた先輩の声が聞こえてきた。

 扉の向こう側で、バタバタとした音が聞こえる。それが止むとドアが開かれ、学園指定の制服に身を包んだ沙羅先輩がそこに立っていた。

「ったく、来るんだったらもう少し早く連絡しろっての」

 あれ、おかしいな? それならさっきメールを入れたはずだけど……。

 そう思い視線を部屋の奥に向けると、ベッドの上にイヤホンの刺さったまま放置されている旧世代のゲームハードと、脱ぎ散らかされたおそらく私服であろう衣類が目にとまった。

 それを見た瞬間、相変わらずこの人は……と、思ってしまった自分がいる。

 なんたって、この人と初めてあった二年前から今なお変わらずに、この人は暇さえあれば大音量でサウンドを聞きながらゲームをプレイするような人なのだ。たかがメールの着信音やドアのノック音如きでこちらに気付く確率など初めっから少なかったのだ。

 むしろ、なぜ気付けたのかが疑問に思うほどだった。

「沙羅先輩。連絡ならさっききちんと入れたはずですが……」

 しばらく、目線を固定していたためにあちらもこちらがどこに焦点を合わせているかを気づいたのか、「そ、そうか。なら、それでいいんだ」と、あからさまな回答をし、ドアを閉め部屋の奥へと逃げて行った。

 と思ったら、再びドア開き、そこから沙羅先輩が顔をのぞかせる。

「まあ、まずは中に入ってくれ。ろくに片付けもしてない、きたない部屋だがな。映像ファイルを再生するくらいならば、特に不都合はないだろう」

 そう言われて、ここに来た意味を思い出した。

 とりあえず、言われるままに中に入る。

いつ以来だろう、この部屋に来るのは。そんなある種の感慨深さが襲ってくる中でまず視界に入ってきたもの、それは私にとってもとても懐かしいものであった。

 胸のあたりまでこみあげてくる様々な感情を振り払うように、室内に視線をそらす。

 久しぶりにみた沙羅先輩の部屋は、そこまで散らかっている様子ではなく、むしろ整理が行きとどいている方だった。ゲームを中断して大慌てで着替えたであろう痕跡が残るそこを除いて…………。

「ん? ああ、それは気にすんな」

 あらかじめ用意しておいたのだろうか、別の部屋からすぐさま飲み物を持ってきた先輩は、部屋の中央に鎮座するベッドに腰掛け運んできたそれをコップへと注ぎながら言った。

「っと、これで梨香も来たわけだし、さっさと映像を再生しますか」

 飲み物の注がれたコップの内の片方をこちらに差し出しながら、もう片方の手で沙羅先輩はスクトップに指を走らせた。

 直後、私の端末上に一つのウインドウが開かれた。

 そこには、ファイルのロック解除に私の許可が必要だという旨の文章と、その下にイエスと、ノーの二つのボタンが記されていた。

「ああ、それか? それはこの映像フォルダのセキュリティ上必要な操作だからお願いな」

 言われずとも、大まかな察しはついていたので、迷わずにイエスを選択する。

 すると新たなウインドウが開き、そこには、ナウローディングと表示さ、その下には各端末同士の通信回線状況などが憑依されていた。

 これは、動画などのファイルを多人数で視聴際に用いるもので、主催者ホストが動画を選択、その後同時に視聴する人物の端末を子機認証して全員の参加準備が整い次第自動で再生されるという仕組みになっている。

 今回の場合は子機が私しかいなかったために、すんなりと再生が開始された。


 その映像には、自分の部屋の中で録画したのだろうか、生活感あふれる寮の室内をバックにして、画面中央に一人の少女がこちらを向いて座るという画面構成だった。

 その映像にうつっている人物を見た瞬間、私は思わず息をのんでいた。隣を見ると、沙羅先輩も同じ様子のようだった。

 それほどまでに、画面にうつったその少女が二年前にこの世を去ったレベッカ先輩だったことに驚いてしまったのだ。

 確かに、先輩がなくなってしばらくしてからいくつかの映像ファイルなら見つかっていて、その中には私や沙羅先輩に充てた映像も確かに残っていた。

 そう言えばあの時も、それを再生するためにここに来たんだったけ。

 もう一度映像を見る。

とそのとき、画面の中のレベッカ先輩が話し始めた。

『えっと、沙羅ちゃん、桐原さんお久しぶり。まずは桐原さん入学おめでとう。私からも入学祝をあげたいところだけど、それはちょっと無理そうだから、お祝いの言葉だけで我慢してね。えっと、この映像を見ているってことは、私が死んで二年ぐらいたったのかな? 沙羅ちゃんはもうベテランといった感じになってるだろうし、桐原さんは正式に入学したからこれから本格的な訓練が始まるころでしょう。辛いこともたくさんあったろうし、これからもきっとあるでしょう。なぜなら私たちは防衛戦線の一員に加わったから。たとえそれから逃げようとしてもだめ。だって私たちには、それ以外に残された道はないんだよ。でも、大丈夫。私がいつでも傍にいるから。そう思って……』

 映像はそこで終わっていた。

 ただなぜか、本当はそこで終わりなどでなく、もっと何か言いたいことがあったのかもしれないと、そう感じてしまう自分がいる。

「……なあ、梨香、ひとついいか?」

 もう一度再生など、様々なアイコンが浮かんでしばらくたったころ、唐突に沙羅先輩が言った。その声は、どこかこう、思わずつぶやいてしまったという感じがした。もちろんそれが明確な問いであることを鑑みれば明らかに違うことがわかるのだが……。

「なんですか、先輩?」

 それに対する私の返事も単調なものになってしまった。

「レベッカ先輩ってさ、いい人だったよな。自分が死んでも、それさえも、私たちの希望になるような。アタシも、あの人を目標にして今まで生きてきたけど、今、改めて己の理想の高さに気づいたよ」

 その時の沙羅先輩の顔は、いつもの、皆に好かれている良き先輩の顔だった。


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