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まほつい

 プロローグ「真夜中、廃墟の片隅で」


「お疲れ様。それにしてもさ、めったにお目にかかれない程良質な『魔力結晶』だね。もともとの持ち主は一体どれほどまでに君のことを想っていたのやら……」

 深夜二時。よほどの場所でない限り、均しく静寂が支配しているであろう時間帯。

人口二十万人程の地方都市の一角にある廃ビル。本来ならば決して人の影があるはずのない場所。

 そんな条件のもとに成り立っている空間であるにもかかわらず、その場所には何者かの声が響いた。

 第二次性徴期前の子供のような声だ。だが、その声からは決して幼さは感じられない。どこか落ち着きのあるそのしゃべり方が、その原因なのかもしれない。

「……さあ? 彼が私に特別な感情を抱いていたというのなら、それはとてもありがたいことだわ。だって『魔力結晶』いえ、魔力というものは人間の感情から精製されるものでしょう? ということは、私に対しての感情が強ければ強いほど良質な『魔力結晶』が手に入るってことなんだから」

 さきほどの声に返答する者がいる。

 どこかの学校の制服に身を包んだ少女が、もともとは買い物客がちょっとした休憩をとるためのものだったであろう細長いベンチに一人で腰をかけていた。否、彼女の目の前には彼女の顔よりもやや小さいくらいの何かが漂っている。

「まったく、君ももう少し恋愛というものに興味を持ってみたらどうだい? より効率的に対象の心における君が占める割合を高めるためには、どういう風にアプローチしたらいいか、それを研究するにはもってこいの方法だと思うんだけど」

 どうやら子供のような声はその浮遊物から発せられているようである。

「遠慮しておくわ。たぶんどれほど好きになろうとも、あちらが私に好意を向けた途端に喰らうことになるだろうから。それに、それまでの時間を対象と恋人の別々に作るとなるとそれぞれに割く時間が減るから効率が落ちそうだしね。さてと」

 浮かんでいる生物の薦めを断った少女は立ち上がり、割れてガラスのなくなった窓へ近づく。

「急に立ち上ってどうするつもりだい?」

 そう言いながらも、飛んでいるその生物は少女の肩の上に着地する。

「決まってるでしょ? その辺にいる不良に話しかければ、こっちに対して何らかの感情は抱くでしょう。流石にここまで高品質なものは作れなくても、それなりのものは手に入るだろうし?」

 そう言って少女は窓枠を蹴り、闇の中へと消えていった。

 あとに残ったのは、他の場所と何ら変わりない静寂だけ。

第一章「自称異世界からの訪問者」


 九月一日。

 全国的にみても今日が始業式という学校は多いほうの部類だろう。うちの学校も例外でなく、今日から学校が再開する。

 そんな日の朝、影山頼杖の目覚めは最悪の一言に尽きた。

 まず身体が痛い。リビングのソファーで横になって寝ていたせいでどこか寝違えたのかもしれない。

 次に五月蝿い。リビングには当然のようにテレビが設置されているので誰かがみているのかもしれない。

 最後に揺れている。

 これの原因にはまったくの心当たりがなかったので、まだ開きたくないと抵抗する瞼を強引に開く。

「よしきー、あさだぞー。はやくおきろー」

 すると、今年で晴れて大学生となった姉の影山実花が頼杖の身体を強く揺さぶっていた。

 身長は百六十センチほどで、良くも悪くもスレンダーな体つき。小中高と剣道にいそしんでいたその肉体は程よく引き締まっている。最近あまり運動はしていないとはいえ日々のトレーニングは欠かさず行っているためかいまだに高いパラメーターを維持している。

「ちょ、姉さん、やめ……」

 激しい揺れの中、軽い脳震盪になりながらも頼杖はなんとか声を絞り出す。

それに反応し、実花は頼杖をゆすっているその手を離した。支えを失い頼杖の上半身は、一切の抵抗もなく揺らされていたときのエネルギーを保持したまま重力という力の加速度を得てソファーの縁に叩きつけられる。

 後頭部に走る痛みに耐えながら、頼杖は実花を睨みつけた。

「何なんだよ、姉さん。こんな早くに起こさなくても………」

 時計を見ると、七時四十五分を示していた。ここ数日はだいたい十時ごろに起きていたので、普段と比べ比較的早い時間帯だ。

 しかし睨みつけられている当の本人は、笑顔で微笑んでいるだけだ。流石に高校時代は全国大会に出場するだけの力を持っていただけのことはある。あれだけ激しく、そして長く振っていたのにもかかわらず汗一つ掻いてすらいない。

「ねぇよしき。今日が何日だかちゃんと理解してるよね?」

 そんな実花は頼杖をゆすっていた時よりも若干きつい、そして楽しんでいるような、そんな声でそう言ってきた。

一瞬なにを聞かれているのかわからなかった。そんなの聞かれるまでもないことだ。

「当たり前だ。今日は九月一日に決まってるだろ。……って、あれ? なんか引っ掛かるんだけどなんだろ? って、今日から学校じゃねえか」

 が、すぐに実花が言おうとしていることがなにかを悟った。

 頼杖は大慌てで自分の部屋に戻る。用意は昨日のうちにしてあったので、あとは制服に着替えるだけだ。

 まずはスラックスを穿く。次にワイシャツを。うちの学校の制服はオーバーシャツのスタイルをとっているのでシャツは中に入れない。そしてネクタイを結ぶ。

 この間およそ二分。

時間がないために、家から学校までの一キロ半を全力疾走しなければならないので、朝食はあきらめた方がいいだろう。空腹を耐える方が、下手に食事をして走ったがゆえに交感神経を働かせ吐き出すよりはだいぶましである。

 自分をそう納得させて、机の上に無造作に置かれている通学用の鞄を掴む。学校に大抵の学習用具を置いてきているので中身は当然のように空に等しい。

階段を二段飛ばしで駆け下り、頼杖が再びリビングに戻ると、そこには優雅にコーヒーをすする実花と、その正面に座る頼杖の着ている制服と同色の制服に身を包んでいる少女がいた。

「私も最近剣道やってないしな。今度久々にお邪魔していい? 今の自分の実力を試したいから」

「もちろんいいですよ。あの実花さんが相手してくれれば、きっといい刺激になりますし」

「そう? なら次の土曜にでも」

「はい、よろしくお願いします」

 そんな会話が耳に入ってくるがそこは気にせず、頼杖はリビングを通り抜けようとした。

 だがさすがに頼んでもいないのにわざわざ迎えに来た少女を無視するわけにもいかず、ちらっと目を向けると、あちらもこちらに気付いたようだ。

「あ、やっと出てきた」

そう言うなり、その少女はソファーから立ち上がり、こちらに近づいてくる。

 こいつの名前は金沢紗希。うちの近所……というか隣の家にすんでいる世間一般的に言うならば幼馴染という関係の少女だ。腰まで届くほど長いポニーテールが特徴で、遠目から見てもそのポニーテールだけで彼女と識別できてしまうほどのトレードマークとなっている。

 実花同様剣道で鍛え上げられたその身体は、やはり何か関係があるのかは定かではないがこちらもきれいにスレンダーだった。

「おはよっ」

「ああ」

 軽く挨拶をかわし、二人はそのまま並んで玄関に向かう。

「ほらほら、二人とも。早く行かないと学校に間に合わなくなるからさっさと行く。始業式の時間が遅い風花はもうとっくに行ったんだから」

 九月末までの夏休みを満喫している実花のせかすような声を無視しながら、二人並んで家を出た。

 ちらっと腕時計を見ると時刻は八時五分。ホームルームまではあと十五分ほど。この距離なら信号に引っ掛かったとしても、かろうじて間に合うかもしれない。

 そんな希望を胸に抱き、全力疾走する影が二つほどそこにはあった。


結局学校には遅刻した。

 校門まで残り数十メートルといったところ。無情にも定刻通りに鐘が鳴り響く。

チャイムが鳴り、とたんに重くなった足を引くずりながら校門をくぐるなり、疲労感と空腹感に襲われた頼杖は地面に倒れる。

「まったく、頼杖が途中でへばらなければ遅刻なんてしないで済んだのに」

 地面にへばっている頼杖とは対照的に、紗希は額に多少の汗は滲んでいるものの息は乱れていない。

「しゃーねーだろ。こっちは何も食ってないんだから」

 そう反論はしてみるも、朝のあんな時間まで寝ていた自分が悪い。いつもならば、紗希が起こしてくれるというのに、である。

「というか、なんで今日に限って起こしにこねぇんだよ!」

 完全にやつあたりだ。それに、毎日起こしてもらう事が当たり前になっている時点で、相当危険な気もしないでもないが、ともかく頼杖はそうやって自己正当化を図ろうとした。

 しかし、現実というものは、そう簡単にいかないのが常である。

「え? わたしなら頼杖が起きる三十分前くらいからもう家にいたけど?」

 そう言われてしまっては、頼杖に反論の余地はなくなった。元からなかったと言えばそれまでなのだが……。 

「えっと影山君と三組の金沢さんですね」

 と、不意に上からそんな声が聞こえてきた。

 流石にいつまでも倒れているわけにもいかず身体を起こしながら声のした方を向くとそこにはよく見知った顔があった。

 島田



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