イリペス06
戦いに身を投じたのは偶然だった。
目の前で友達とよく行くカフェのマスターが襲われていたら誰だって助けるだろ?
それが私をイーリトスにさせた原因。
イーリトスになったことへ、不満や後悔はない。
でも、あの時マスターを襲ったのが彼女だったなんて…………。
「えっと、みんな怪我はない? 立てる?」
地面に倒れている私たちイーリトスの三人。
そしてそんな私たちに心配そうな表情を浮かべながら手を差し伸べる敵であるはずのエルナト。
この構図になるのは何度目だろうか? 私たちがイーリトスになってもうかれこれ二週間ほど経つがいまだに勝てる気がしない。
「あ、はい。大丈夫です」
そう言いながら私は起き上がる、傷つき痛む体を。他の二人はまだ地面に倒れたままだった。
「起き上がれるのはルービスさんだけかしら? まあいいわ。みんな回復してあげる。<セラピア>」
私たちの身体から痛みが引いていく。そして、痛みと安らぎのどちらの元凶でもあるエルナトは笑顔でこちらを見ていた。
「よかった。みんなちゃんと生きているようね」
私たちが全員立ち上がったのを見て彼女はそういった。
「じゃあ、私はこれから夕飯の買い出しに行くから、みんなも気をつけてね?」
そうしてエルナトはあきれ顔でそばにいたスピカを伴って何処家へと消えて言った。
「また勝てなかったね…………」
彼女たちが去ってからしばらくして、あきなが言った。
いつも元気に満ち溢れていてこっちまで元気にしてくれるような、そんな彼女が元気なさげに言った。
それもそのはず。毎日のようにハマルかスピカが私たちのことを襲ってくるのだ。
そして、そのいずれもエルナトが戦闘を中断させてくれたからこそ、私たちは生きているのだ。簡単に言うと、そのすべての戦闘に負けている。
かろうじて、後一歩届かずにではない。
なすすべなく、完膚無きままに倒されているのだ。
「そうでありますね。このままではいずれ……」
望月さんがぽつりと言う。
そう、今はエルナトがいつも中断させているからこと私たちに大きな怪我はない。
だが、今後もエルナトがそういった行動をとってくれるとは限らないのではないか?
もしそうなった場合、私たちはどうなるのだろうか?
そんな不安が頭をよぎる。
「ともかく、今日はもう遅いし明日あいか先輩に相談してみよ?」
私の言葉に他の二人が頷きその場は解散となった。
翌日の昼休み、私たち三人はあいか先輩に昨日のことについて話しアドバイスを求めた。
「で、私に相談に来たというわけか」
「はい。どうしてもアステルに勝てなくて……」
あきなが下を向いて言う。
「あいか先輩、できれば私たちを特訓してくれませんか?」
「この二週間で動きはだいぶましになってきた。近接戦闘ならそこそこ戦えるみたいだしな」
「とはいっても三人がかりで一人相手にようやくちょっと持ちこたえる程度、二人以上であっけなく負けますけどね」
「それでだ。前から気になっていたのだがお前たちはどうして魔法を使わないんだ?」
その言葉に私たちは一斉に疑問符を浮かべた。
「まったく……。いや、これは説明しなかった私が悪いのか? まあいい、ともかく今日の放課後に魔法について教えよう。いつっも通りGalaxia.に来てくれ」
そういってあいか先輩は教室の中に戻っていった。
放課後。
「いらっしゃい、あかねちゃん、あきなちゃん、それにおうなちゃん」
いつも通りGalaxia.にいく。そして、哀歌先輩に魔法を教えてもらう。
そんなはずだったのだが、
「こんにちは、あかねさん、あきなさん、おうなさん」
予想していなかった人物がそこにいた。
「あ、こんにちはみどり先輩」
学校の先輩で、あいか先輩の親友な彼女は一人カウンターに座っていた。
彼女は六連みどり。私たちのクラスのあおいちゃんのお姉さんだ。
姉妹なのに名字が違うのは、本当は彼女たちは姉妹ではなくて同じ孤児院で暮らしているだけで何の血縁関係もないかららしい。だけどあおいちゃんはみどり先輩のことを本当のお姉さんのように慕っているし、またみどり先輩もあおいちゃんを本当の妹のように接している。
それはそれでまた、家族の形態のひとつなんだろう。彼女たちが姉妹というのなら、彼女たちはまぎれもない姉妹なのだ。
「奇遇ですね、こんなところで会うなんて」
とりあえず、私は彼女の近くに座り話しかける。他の二人も私の隣に座った。
「あら、失礼ね。この店をあいかさんに教えたのは私なのよ?」
「そういうことだ」
と、後ろから唐突に声をかけられた。
「あ、あいか先輩! 脅かさないでくださいよ!」
あきなが抗議の声をあげる。
「御神楽殿、奇襲攻撃は戦術の基本でありますよ?」
「望月さん! ここは戦場じゃないんだよ!」
「あきなちゃん、あまり大きな声を出さないでくれるかな? 他のお客さんの迷惑になるから」
「ここのお客って私たちと閑古鳥くらいしか見いたことないんだけど!」
「う……。言ってくれるね、あきなちゃん。うちの店には常連客がほかに五人もいるんだから」
「銀河殿、五人“しか”に訂正を要求するであります」
「絶対にしないからね。それに今は田中さんがいるんだから静かにして」
びしっと、マスターが店の一角を指さす。果たしてそこには、古き良き昭和の頑固親父のような老齢の男性がゆっくりとコーヒーを傾けていた。
彼は、コーヒーカップをゆっくりと受け皿の上に置く。
店内が重い空気で満たされていく。
そして彼は言った。
「馬鹿騒ぎ出来るのも今のうちだけだ。ならば、あとあと後悔しないためにも、楽しんでおくんだな」
と。そうして彼はおもむろにテーブルの上に野口英世の描かれた紙幣を置いて立ち去った。
一瞬にして空気が弛緩するのが判る。
「ふぅ、今日は田中さんだから良かったものの、他のお客さんの迷惑につながるような行動は控えてくれよね?」
暫く五人で談笑していると、ふとみどり先輩が言った。
「あ、私は帰らせてもらうわね。そろそろスーパーのタイムセールが始まる時間だから」
そういって彼女はテーブルの上に五百円硬貨を置いた。
「はい、百七十円のお釣り。じゃ、みどりちゃん、気を付けて帰ってね」
店のドアをくぐる前にみどり先輩はあいか先輩のほうを向き、ウインクをした。そして、あいか先輩はあいか先輩でそれに頷く。
「みなさん、さようなら。今日は楽しかったわ」
そして彼女は店の外へと旅立った。
「さてと、これでここには私たちだけになった」
数分後、私たちは店の奥のスペースにいた。
「では、魔法について説明する。本当は私が目の前でやれてたいいんだが今はそれができないから私の言った通りにやれ」
「「「はい!」」」
「やる気があるのは分かった。ではまず、変身から」
「「「メタンフィエシス!」」」
声をそろえて私たちは変身のキーワードを叫ぶ。
「熱情の赤き光、ルービス!」
「友情の橙の光、トーパス!」
「幸福の黄の光、シートス!」
みんながそれどれの口上を言って、私たちは変身を完了する。
「よし。そうしたら各々のプレアーストーンを前に突き出せ」
プレアーストーンは変身前後ともに指輪のようになって私たちにくっついている。
だから私たちは一斉に右手を前に突き出した。
「そうしたらイメージするんだ。自分の武器を」
頭の中で自分の武器を想像する。一瞬にして細部まで鮮明なものが浮かび上がった。
「イメージできたか? だったらそれを掴んでみろ。何もない空中からでも、お前たちならきっとつかめるから」
言われた通りに、それを掴む。掴んだ場所は何もない空間。当然、何もつかめるはずはない。
なのに、私の手には確かな手ごたえがあった。
「……つかめた」
私は、私が掴んだそれを見る。一本の杖がそこにはあった。
あきなの手の中には、一本の剣が。
おうなの手の中には、盾のようなものがが。
それぞれ握られていた。
「これが、魔法?」
「いや、それはお前たちが魔法を使う時の触媒にもなる武器だ。それがなくても使えるのは使えるがあった方が便利だろう」
あいか先輩はそういった。
「じゃあ、今度は魔法の発動について教えてください!」
あきながあいか先輩に頼む。
「すまないな。私が教えられるのはここまでだ。いや、私でなくともここまでしか無理なのだがな」
申し訳なさそうに彼女は言った。
「どうしてでありますか?」
「お前たちは最初にどうやって変身した?」
「えっと、呪文を唱えて……」
「では、その呪文はどこで覚えた?」
「どこでって、頭の中に浮かんできて……って、もしかして魔法もそうなんですか?」
あいか参拝は頷いた。
~次回予告~
あいか先輩に魔法の使い方を習おうとした私たちだったが、習得は難航。
魔法はやっぱりそう簡単には使えなかった。
そんなとき、私たちの前にまたハマルが現れて……って、え!?
うそでしょ? どうして…………?
次回、Chapter07.「白羊」
みんなの願い、いつかきっと、あの虹の向こうへ……




