イリペス01
灰色の空。
三人の人影。
それらは、空中で激しくぶつかり合っている。
それを下から見上げる、一人の少女。
彼女はそれを、ただただ茫然と見つめている……。
四月九日、火曜日。
高校生活初日のその日、私――紅葉路あかねの日常は大きな転機を迎えた。
いや、日常だけじゃない。非日常も含めた、全ての生活が一新した。
「これにて本日の授業は終了となる。全員、気をつけて帰るように。いいか? 高校生活初日だからといって、調子のってあちこち遊びまわるなよ? くれぐれも十一時以降に駅前にいたりするなよ? いいか、絶対だぞ?」
今年からこの学校の教員に採用されたらしい三十代前半ぐらいの体育教師、武井義信のそんな注意事項の後、私たちは高校生活初の放課後を迎えた。
「あかね、一緒に帰ろ?」
自分の机に座り、帰宅の準備をしていると、突如背後から声をかけられた。
振り向く。そこにあるのは、いつも見てきたなじみの顔。この何もかもが新しいクラスの中で唯一過去の私を知る者。といえば、少しかっこいいかもしれないが、ようするに中学校時代以前からのクラスメイトだ。
「おっけー、あきな。準備が終わったら私から声をかけに行くところだったよ」
彼女の名前は、御神楽あきな。幼稚園時代からの親友で、家もお隣同士といういわば幼馴染と言える存在。
スポーツ全般が得意で、中学時代はよくあちこちの部活に助人として駆り出されていた。
そのため、名のある有名な高校からぜひうちにとの声がかかっていたそうだ。しかし、そのすべてを蹴ってあえてここ、私立高峰学園に進学した人物だ。
しかも、高峰高校からは特に声がかかっていたわけではないのに、である。
何回か理由を聞いてみたけれど、いずれもあいまいな答えしか返ってこなかった。
「それにしてもさ、あの武井とか言う先生、高校時代に駅前でなんかあったのかな?」
唐突にあきながそう言う。
話題は、先程の先生の発言のようだった。
普通に注意するだけならまだしも、あそこまで強く言うということはあそこで何かに巻き込まれたと考えてもおかしくはない。
「まあ、やっぱりそうなんじゃない? じゃなかったらあんなに厳重に注意しないと思うし……」
なにがあったのかは、私たちにはわからない。
それが直接的に私たちにも振りかかるようなたぐいのトラブルなのか。
それとも、全く意味のないただ教師としての立場から言うものなのか。
それは分からないけど、だけどまあ、頭のどこかで意識をしておくことは悪いことじゃない。
そういう気がした。
帰り道。
高峰学園は今まで通っていた中学校と家の延長線上にある。
そのため、帰り道はおのずと幼馴染のあきなと一緒に帰ることになる。
徒歩およそ三十分といった下校時間だ。私が高峰学園を選んだ理由の一つにこの通学距離があげられる。
もしかしたらあきなも同じ理由で高峰学園に通ったのかなと思って訊いたこともあったけど、そのときもうまくはぐらかされてしまった。
もしそうだとしても、別に隠すような理由じゃないと思うんだけどな……。
「あかねはさ、部活どこに入るか決めた?」
そんな帰り道は当然おしゃべりをしながら帰ることになる。二人並んで、一言も話さず、ただ黙々と歩き続けるってむしろそっちのほうがおかしいだろうしね。
雲ひとつない青空ものと、私たちはおしゃべりに興じた。
「うーんと、ね。明後日確か新勧じゃなかったけ?」
「そう言えば、そうだった!」
「でしょ。だからさ、私はそれみてから決めようかなって」
そうは言ったものの、今の時点ではあまり部活に入るつもりはなかった。もっとも、パンフレットには部活の名前しか書いていなかったので、実際に発表を見てみると気が変わるかもしれないのだが。
「あきなはどうなの?」
なんとなくそう切り返してみる。私には訊いてきたあきなが答えないのに不公平を若干ながら感じたのだが、それ以上に、あのあきながどこか部活に入るのかが気になって仕方なかった。
「ん? 私なら特に部活に入るつもりはないよ。また中学校のころと同じように助っ人専門かな? また入部届と退部届をたくさん書かないといけないのかぁ……」
そうは言ったものの、あきなはとても楽しそうにしている。
「楽しそうだね」
「あったり前じゃん! なんのために助っ人なんかやってると思うのさ!」
「確か、それぞれのスポーツにはそれぞれのスポーツなりにいいところがあるから、一つのスポーツたけじゃなくていろいろ楽しむことでそれぞれのスポーツの面白さをより多角的に味わうため、っだけ?」
「せいかーい! さっすがあかね、よくわかってるじゃん!」
「だてに十六年も一緒にいないからね」
「でもさ、それってあたしたちが物心つく前のことも含んでるからさ正確なものじゃないよね?」
「そんなことは、どうだっていいと思うけど」
「だよねー!」
そんなたわいもない会話をしながら歩いていると、唐突にあきなはあわて始めた。
「どうしたの?」
「いや、さ。ちょっと学校に忘れ物しただけだよ。先帰ってて!」
そう言って、もと来た道へと走り去っていくあきな。あれでも、中学時代は陸上長距離で県内記録を樹立している。その脚は、当然早い。
あっという間にあきなの背中は、薄暗い灰色の空の中に見えなくなった。
「まあ、一人で帰るか。雨でも降られたら困るし。それに、どうせそのうち追い付かれるんだろうからね」
あきなと別れてから私は、人気のない大通りを歩いていた。
中学校時代も毎日のように登下校していた道、見慣れた風景のはずなのに、なぜかどこかに違和感がある。
誰もいない、賑やかなはずのデパートの脇を通った時に、私はその違和感の正体に気がついた。
「あれ? ここって、こんなに閑散としていたっけ?」
今日は入学式ということもあり、午前中のみで放課となった。いくら親たちは懇談会とかいうものに出席していて、午後三時くらいまでは帰ってこないとはいっても、それは限られた一部の家庭だけ。
いくら平日とは言え、お昼時のこの時間に、ここまで人がいないのは不自然すぎる。
周りを見ても、人一人さえ歩いていない。当然、車なんてものはもってのほか。
まるで、この一体だけが意図的に封鎖されているかのようにだれもいない。実際は、私がこうして入ってこれているのだからそんなはずはないのに、である。
私は少し怖くなった。
自分がどこか普通じゃない空間にいるのだろうということは、なんとなく理解している。
その証拠に、学校を出たときは、雲ひとつ漂っていなかった空は、今は灰色に染め上げられている。
それでも、もしかしたらこれは夢なんじゃないかという、そういう希望を胸にし、自分のほっぺをつねってみる。
「…………いたい」
あまり強くつねったわけではないのだが、それでも確かな痛みが私を襲った。
夢じゃない。
一刻も早く私は、こんな場所から立ち去りたくなった。先程までよりも早く歩いた。いや、いつしか私は走っていた。
どのくらいたったのだろうか? あるいても五分とかからないはずの場所まで来ているはずである。それなのに、どうしても自宅周辺の風景とは出会えない。
それどころか、
「あれ、おっかしーな? たった一回左に曲がって後はひたすら一直線に走っただけのはずなのにどうしてまたここに来るのかな?
私の脇には、先程のデパートが見える。というか、先程疑問に気がついた正面玄関の前に、私はまた戻ってきていた。
どうやったら、家に帰れるのだろうか? 私にはそれが判らずに、ただなんとなくそれを見上げた。
だからだろうか? 曇ってもいないのに灰色に塗られた空の中に、空を跳んでいる三つの人影に気がついたのは。
「なんだろう、あれ?」
私はそれをもっとよく見たくて、デパートの屋上へと行こうとした。しかし、自動ドアが開かない。ガラスも、防弾かどうかは分からないが、当然女子高生一人が到底破壊できるもののはずがない。当然、私はその建物の中には入れない。
そう言えば、さっきの大通の信号も、光を発していなかったような気がする。もしかしたら、今この一帯には電気が流れていないのかもしれない。
それならば、この自動ドアが全く動かないもの納得がいく。電気が通っていないのならば、電気で動いているこの手の装置は作動しないはずである。
しかし、普通ならこう言った場所には、緊急用の自家発電装置があるはずなのではないのか? それなのに、ドアがあかないということは一体どういうことなのか?
そういった疑問がわいてきたが、それはこの際置いておくことにする。そして私は、他にどこか高い場所がないかと思い、辺りを見渡した。
はたして、私の目にはデパートに併設された立駐車場が目に入った。
「あれだ!」
そう言うなり、私はスロープを駆け上がった。
螺旋状を描き、上へとつながるそれを駆け上がりながら、私はさきほど思った疑問について考えてみた。
いや、それ以外にも気になる点はある。
まず、学校を出て、暫くの間空には雲ひとつ浮かんではいなかった。それなのに、今の空は灰色一色。このわずかな時間で、ここまで一気に雲が集まるだろうか?
それに電気は通っていなくとも、こういった建物には、どう考えても非常用の電源はあるはずである。 たしかに、そういったものは店内のライフラインの確保に優先されるのだろうが、なにかあった時には逃げられなくなるため、入口のドアがあかないということは考えられるのだろうか?
最後に、どうして、こんな不自然なまでに人がいないのか? やはり、どう考えてもここに人がいないのはおかしいとしか思えない。さっきドア越しに店内の様子が見えたのだが、そこにも人影はなかった。
私以外にいまここにいるのはおそらく、あの三人だけだ。
誰なんだろう?
そう思ったと同時に、私はスロープを上りきった。
いつもならば、それなりに車が止まっているはずの屋上にも、当然足りとも今はなにも停まってはいなかった。私は駐車場のフェンス越しに三人を見る。
どうやら、その三人は二人対一人の構図で戦っているようである。
ひらひらとした藍色のコスチュームに身を包んだ十代くらいの少女と、黒を基調とした服装の、これまた十代の少女二人だ。黒の二人は、服装のデザインが似ているが、髪の色がダークグリーンとダークブルーに分かれているので、ここからでもどっちがどっちなのか見分けがつく。
そんな三人の戦いの様子は、やはり数の問題だろうか? 黒い二人のほうが有利な展開であった。
一方的な暴力にはなっていないにせよ、どちらか片方に集中してしまうとおのずともう一方がおろそかになり、そちらからの攻撃を受けている。
彼女たちの戦いはそのまま数分間続いた。否、数分しか続かなかった。
藍色の少女は剣のようなものを持ってはいたが、黒の片割れの攻撃によって下へと弾き飛ばされてしまった。一方黒い二人はというと、こちらはなにも装備してはいなかった。
そしてお互いになんの武器も持たない状態の戦闘。そうなれば必然的に最初から素手で戦っていた二人のほうに分がある。
結果、
「<悲しき乙女たちの輝き(プレアデス)>」
数多くの小さな光の塊が藍色の少女に降り注ぐ。次々とぶつかるそれによってかなりのダメージを負ったのだろう。
吹き飛ばされ、私の今いる駐車場へと落ちてくる。
コンクリートに強く打ち付けられた彼女は、一瞬まばゆい光に包まれたかと思うと、それが飛散し、次の瞬間には私と同じ制服に身を包んだ少女が横たわっていた。
私たち一年生が赤いリボンを付けているのに対し、その生徒は青いリボンを付けている。
私は、それで彼女が二年生なのだということを悟った。
なぜ彼女のリボンの色がわかったのか?
「あ、ごめんなさい。私たちの戦いに巻き込んでしまったようね。怪我はない?」
彼女のもとへ駆け寄ったからである。そして、そういった行動をとると当然、残りの二人に見つかることになる。
私も何かされるのか? 一瞬そう思ったのだが、予想に反してかけられた言葉がこれである。
そう言いながらも、その少女たちは私に、私の後ろに倒れている少女の方に歩みよってくる。
私はとっさに、彼女たちの前に立ちふさがった。腕を大きく広げて……。
「どうして……、どうしてこんなことをするんですか?」
私の中で、なにかふつふつとした感情が生まれた。
この二人が一体何者なのか。なにをしているのか。何のために戦っているのか。
私にはそのすべてがわからない。
でも、私の胸の中には二人が決していい人ではないと、そう思える確固たるものがあった。
それは、あの日。銀行強盗に遭って母を失ったときとどういうわけか重なったからである。
何もあのときの状況と一致するものはない。でも、自然とこの二人があのときの犯人と、いや、それ以上に悪い人なんじゃないかと思えて仕方なかった。
私には、特別な力なんて何もない。今地面に倒れている少女や、目の前にいる二人のように戦える力なんて、あいにくと持ち合わせてはいなかった。
それでも、そんな私でも大切な何かを守りたい。
いや、守ってみせる。
倒れている彼女も、私たちが暮らすこの町も、そして、目の前の二人も。
何もかもを、救ってみせる。
もしそれができるのであれば、そのための力が欲しい。
そう願った…………。
そうするとどうだろうか?
頭の中にある言葉が浮かび上がった。
「メタンフィエシス」
刹那、まばゆい光が私を包みこむ。燃えるような、赤い光だ。
(ああ、お母さんはいつもこんなふうに思っていたんだ……)
体感時間にして、およそ一秒。いや、それよりももっと短かったかもしれない。その時間の中で、私の服装は先程までとはまるっきり別のものになっていた。
倒されている少女が来ていたのと、同じデザインの服に。ただし、彼女の藍色に対してこちらは赤だった。
「熱情の赤き光、ルービス!」
~次回予告~
目の前で繰り広げられていた戦闘によって傷付いた少女を守ろうと祈った結果、よくわからないけどルービスと名乗る戦士に変身してしまった私、紅葉路あかねはそのままエルナト・スピカと名乗る二人と戦うことに……。
状況がまだうまく理解できないし、二人はとても強いけど、私は必ずあの少女を守って見せる!
それにしてもこれ、本当にどうなっちゃってるの?
次回、Chapter02.「初陣」
みんなの願い、いつかきっと、あの虹の向こうへ……




