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アイ采01

本日の訓練はここまで。各自速やかに寮に戻り食堂へ集合しろ。以上、解散」

 教官のその言葉を受け、私たち防衛遊撃専攻科の一年生七名はありがとうございましたと、いつものあいさつを終え寮へと帰ってきた。

 自室に戻り訓練着から制服に着替えると、コンコンとドアがノックされた。

 ドアに近づき、ノブを捻ると予想通りの人物がそこに居た。その人物は、いまだ訓練着のままであり、その右手にはおそらく制服が入っているであろうバックを携えている。

「りーたん! 今日の訓練どうだった?」

 許可なく人の部屋に入りおもむろに着替え始めたその少女は、ここ最近決まって言っているその一言を口にした。

「どうだったっていわれても、私とティアちゃんは同じ防専科じゃない。きかなくてもだいたいの察しはつくんじゃないの?」

 だから私は、いつもと同じく切り返した。もちろん、今までと一言一句そのままで。

「…………」

「…………」

 沈黙が訪れる。この沈黙はしばらくして、ティアが口を開くまで続くのがお決まりとなってきている。

「でもさー、私ふと思ったんだよね。なんだって私たちはあんなのと戦ってるんだろうね」

 しかし、今日のティアの言葉はいつもと少し違った。いつもなら、ここで急な話題転換をするところなのだが……。

「確かに、私もときどきそれを考えるよ。でもね、私たちが生まれてきたときにはすでにそれは普通のことであり、私たちにとってはそれは当り前のことなんじゃないかな。っさ、そんなことより、早く食堂に行かないと。みんなたぶんもう来てるよ」

上手くかえしことができないと判断を下し、私はそれとなく話題を転換させた。すると、話題の内容に対して、ティアはあわてたような顔へと表情を変化させた。

「え? あ、ちょ、ちょっと待ってよー。今すぐに着替えるからさー。頼むよりーたん!」

 はいはい、と返事をしつつ、ベッドに腰かけ、大慌てで着替える友人の姿をぼんやりとみていると、ふと、あの日のことが脳裏によぎった。

 私がここに来ることが決まった、その日のことを。

 そしてあの<声>を聞いた、あの日のことを……






 キーンコーンカーンコーン

 授業の終わりを告げる鐘が教室中になり響いた。

「はい、じゃあ今日の授業はここまで。えっと今日の日直は……梨香さんと貫次君よね。じゃあこれ配っておいてね」

 一日の学校が終り、どこか浮ついた雰囲気に包まれる教室。

そんな中、担任の先生が私の机の上にたくさんの配布物を乗せた。この量から推測するに、五、六種類はあるだろう。普段なら少し時間はかかるが配れないことも無い量だ。しかし、今の私にはこれを配っている時間はない。

「あの、先生」

 隣の席の友達にプリントを押しつけるようにして頼み、いつのまにか教室から出て行こうとしている先生に私は声をかけた。

「なんですか、梨香さん?」

 先生は足を止めてこちらを振り返り、怪訝そうな顔をして私を見ている。

「えっと、あの、今日はその、これからお母さんのところに行かないといけないので……」

「あー、そういえば今日はそんな日だったわね。わかったわ、気を付けて行ってらっしゃい」

「はい」

「ところで、行き方は分かる?」

「それは何度も行ってますから」

「それもそうね」

 そういうと先生は今度こそ教室を出て行き、私は自分の机に戻り、帰りの用意をし始めた。

 それを見ていたプリントをさらに別のクラスメイトに押しつけたであろう隣の席の友達ことリーナが声をかけてきた。

「あれ? 梨香、今日ってあの日なの? てっきり明日かと思ってた」

 椅子に座り、荷物をかばんにしまいながら、私たちは会話を始める。

「まあね。本当は明日のはずだったんだけど明日は適合試験だから、一日早まったの」

「ああ、なるほどね。そういえば、来年は私たちの番でしたね。でもなんで、中学二年に上がった時に行うのでしょうか?」

「えっと、確かそれは……、そうだ、製造に遅くとも一年半はかかるから、入学までに作るためには早めに適性を調べておく必要があるって、こないだお母さんが言ってた」

「そうですか」

「うん。あ、もう行かなきゃ。じゃあね、リーナちゃん。また明日」

「ええ、梨香。さようなら」

 立ち上り、荷物を持って私は教室を後にする。

昇降口へと向かう間に、何人かの先生とすれ違い、そのたびに怪訝そうな表情を浮かべられるが、私だと気づくなりすぐに興味を失い各々の担任する教室へと入っていく。

 校門を出て、そのまままっすぐ進むとある程度大きな駅が左側に見えてきた。

 駅構内に入り、電車を待つこと数分。銀のボディに流れるような青い線が引かれた流線型のフォルムを描く車両が静かにホームに入り停車した。

 中に乗り込むと、クーラーのほどよい冷気が身体にかかる。やや肌寒さを感じたが、それもすぐに慣れ、快適さのほう勝った。

車内の座席は大半が埋まっているようで、しばらく辺りを探してみた。すると、ちょうど右側の奥にあいている座席が一つあった。

そこに腰をおろし電車に揺られることおよそ五分。目的の駅に到着し、そこから<階層移動用車両エレベーター>に乗り換えて第五階層へ向かった。

 第五階層に向かう途中のエレベーターから町の景観を眺めていると、ふと、ここ<アルカディア>が地下都市で、人工的に作られた世界であるということを忘れそうになった。

 ここ<アルカディア>は、<エンシェントエネミー>の侵攻から逃れるために、各国が協力して西暦2018年から2043年にかけてイギリスの地下に建設した地下都市で全十五階層からなっている。最盛期にはおよそ五億人の人々がここで生活していたらしい。

 <エンシェントエネミー>による被害総額は並の災害をはるかに凌駕しており、わずか半年でオセアニア地方を地図から消滅させたほどである。その一連の被害のすえに日本、アメリカ、イギリスの三ヵ国は日英米エンシェントエネミー対策同盟を締結し、拡大する<エンシェントエネミー>の被害に歯止めをかけようとここ<アルカディア>を建造し、手の生存を図ろうとしたのである。成果のほうは順調で一時はこのまま平穏な時が訪れるのではないかと期待されていた。

しかし、2048年に<エンシェントエネミー>が<アルカディア>の中に侵入してくるようになると人々はなすすべなく殺されていき現在の人口は二億人ほどまでに減少している。

<エンシェントエネミー>というのは、誰が名付けたのかは定かでない通称のことであり、本来の呼び方はあまり使用されていない。どれくらい認知度が低いかいうと、現在四名しかいない防衛戦線の最高幹部でさえも知らないと噂されるほどだ。そのため、防衛戦線内部でも<エンシェントエネミー>で統一されているらしい。

 その<エンシェントエネミー>の正体とは何なのかも、実はまだ定かではないのであった。

どこかのSF作家は古の時代の神々のなれの果てだと言っているし、また生物学の教授は宇宙より飛来した異星体だろうと分析している。世間一般的には、大まかにこの二つが支持されている。

 閑話休題。

 そして人々は迫りくる恐怖に立ち向かうために、建造の過程で発掘された<エンシェントエネミー>であろう謎の棺の中からそのコアを取り出してそれを合金で作り上げたフレームに取り付け様々なチューニングを施した対エンシェントエネミー用防衛兵器<フェアリーアーマー>の製造に成功する。

 それを使用して、何とか第三階層までで被害を食い止め、その<エンシェントエネミー>から得たコアを使用し新たな<フェアリーアーマー>を製造した時に一つ問題が生じた。

 それは、適性を持つ少女のみが操縦できるというあまり気にならない致命的な欠点だった。

 かくして、<エンシェントエネミー>という人類の危機を一時的に回避した暁には、さらなる問題が山積みになっていたのである。この戦いで人口の半数以上が暮らしていた総合居住区や<エンシェントエネミー>を迎撃していた防衛区、政治を行っていた行政区が壊滅したこの先、いったいどうやって生活していけばいいのだろうかと。

その問題については結局、事実上崩壊したアメリカに変わり日本とイギリスを中心とした連合政府が普及作業を指揮し<アルカディア>は第一から第三階層までを放棄し、また、第四階層を進入禁止区域に設定したうえで、再建された。

 また、少女しか操縦できない問題については、一定の年齢に到達する学年に上がった時点で一斉検査することでかろうじて解決されている。

 だが、それでも人々に根強く残っている<エンシェントエネミー>に対する恐怖心は完全に払拭されたわけではなく、連合政府は日々頭を抱えているのであった。

 こんなこと、いまどき小学校の教科書にでも載っているような一般常識。

 それで、ここからがあまり知られていないこと。

 <エンシェントエネミー>というのは私たち人間でいうところの脳のような役割を果たしている器官、コアが存在している。そしてこのコアというものは一定の期間が過ぎると、自身の一部を切り離す性質を持っている。この分離した一部が成長または融合して新たな個体となるのである。

 前者の場合は、分裂元となった親と全く同じ性質を現す個体となる。

 後者の場合は、双方の親の性質を受け継ぎ全く別の新たな個体となる。

 特に後者のほうが厄介で、前者ならばかつての襲撃の際に得たデータに基づき対処することができるのだが、後者の場合は今までの経験が役に立たないことが圧倒的に多いのだ。

 しかも、誕生してからすぐにこちらへと攻めてくるわけではないので、<エンシェントエネミー>の種類は年々増加傾向にある。そしてここ最近では、その爆発的なスピードに追い付けなくなりつつあるらしい。

 もし、そのスピードに人類が追い付けなくなったとき、私たち人類にはいったいどんな未来が待っているのだろうか?

 そこまで思考を巡らせていると、チンっという機械音とともに第五階層へと到着したことを知らせる音楽がエレベーター内に流れた。

 数秒後ドアが開き、私はエレベーターを降りた。


 改札を出てホールに出るとすでに母は来ているようだった。私を探しているのか、しきりに辺りを見渡している。

「お母さんっ!」

 そう叫ぶと母は私に気付いたようでこちらへと足早に駆け寄ってきた。

「意外と早かったじゃない、梨香。私はてっきり次の車両に乗ってくるものだと」

「先生に言ったら早くかえしてくれたの」「そう。じゃあ、いこっか」

「うんっ!」

 そう言って私たちは再び改札をくぐった。

 しばらく無機質な景観が続き、開けた場所に出たと思ったら、またもとの無機質なものに変わる。

 閑散としている。

 初めてここに来たときは、そんな感想を抱いた。しかし、何度も来るうちにこれが無駄を省き最適化された空間なのだと思うようになった。今では、ここがかつて居住区で合ったことのほうが信じられないほどに、調和されているのである。

「そろそろ着くから、降りる準備をしなさい」

「わかってるって」

 間もなく駅に着き、そこで私たちは下車した。

 駅を出て、目の前を見ると大きな建物がそびえ立っている。この建物が今日の目的地であり、また、母の仕事場でもある<アルカディア防衛戦線>の訓練校<アルカディア防衛特殊訓練学院>の校舎である。

 校門に近づくと、警備員であろう人がこちらへと近寄ってきた。

「梨沙さん。今日はわりと早かったですね。いつもならもう三十分ほど後になるのに」

「担任の先生が早くかえしてくださったそうよ」

「そうですか。しかし、今日で最後ですね」

「ええ。準備はできてるのかしら?」

「もう少し時間をいただければおそらくは」

「そう。わかったわ。梨香、行くわよ」

「はーい」

 校門から敷地に入り、寮の傍を通って第二演習場までやってくると、そこにはたくさんの機械が置かれていた。

否、それら一つ一つが空中に吊るされていて、まるでそこに何かがあるように配置されていた。その姿はまるで……

「ひと?」

 無意識のうちにその単語が口からこぼれていた。

空中に吊るされたそれらは、中央部に人が入れるほどの大きさの空洞があるようだった。おそらく、そこが操縦席なのだろう。

白銀に輝くそのボディには、所々からケーブルのようなものが延びている。それらはすべて足の途に設置されている、コントロールパネルに接続されている。

「そう、これが私たち人類の最後の希望。対エンシェントエネミー用防衛兵器<フェアリーアーマー>のうちの一機。試作型第一世代のアインよ」

 母はそういって、その機械の塊を軽く叩いた。

 もちろん、そんなことをしたってまったくもって仕方のないことだ。しかし、その微動だにしない様子は私にとって、なにかこう、力の象徴のような気がした。そして、それに自分も触れてみたいと感じた。

「お母さん、これにさわってもいい?」

 我ながらなにを言っているんだろうと思う。こんなものにただの一般市民が触れるわけがないと。

 しかし母は、笑顔でこう言った。

「もちろん、はじめからそのつもりよ」

 一瞬何を言われたかわからなかった。それを頭で理解するのにたっぷり5秒はかかった。

「いいの?」

 さんざん考えたあげくに口から発せられたのはそんな一言だった。

「ええ、今回梨香をここに連れてきたのは適性があるかどうか調べるためよ」

 母はそう答えた。そこでふと、疑問に思ったことを聞いてみる。

「適性検査って確か来年受けるんじゃないの?」

「ええ、普通の娘はそうなんだけどね。なにも中学二年生じゃないといけないってわけじゃないのよ。私としてもなるべく早いうちから適性のあるなしをはっきりとさせておきたいのよ」

 母は私にそう言うと私の手を握り、<フェアリーアーマー>の所まで連れて行った。

 目の前に立ってみると、<フェアリーアーマー>は想像していたものよりの少しばかり小さかった。

 手を伸ばす。後少し。

 そのとき、

「梨沙先生、その娘コネクター着なくていいんですか?」

 おそらく学園の生徒だろう。演習場の二階部分のギャラリーから、誰か言った。誰かといっても、ここからは良く見えないが金髪の少女だけだ。

やや金属質な音声なところから考えると端末越しに話しているのかもしれない。

「わかったから、レベッカは早く訓練に行きなさい」

「その娘はどうなんですか?」

「この娘はこれから適性検査やるから」

「そういえば昨日言ってましたっけね。たしか、先生の娘さんでしたっけ?」

「そうよ。これから、あの実験を行うところ」

「わかりました。では、失礼しました」

 そう言ってレベッカは演習場から出て行ったようだ。

 その後母からウェットスーツのようなものに着替えさせられてから、私は再びそれの前に立った。

「それじゃあ、気を取り直して行ってみようか」

 母に促されてそれに触れる。

 金属特有の冷たさに一瞬驚いたが、それ以外は概ね順調に思えた。

 刹那。頭の中に何かが響く。

 ――汝何ヲ求メ、又、我ハ何ヲ成セバイイ――

「え? いまなにか聞こえた気が……」

「そう? 私には何も聞こえなかったけど」

 母はそう言った。でも、私には確かに聞こえた。なにかの声が……。

 意を決して、もう一度触れてみる。

 しかし今度は、ただただ冷たい感触が帰ってくるだけだった。

「おっかしいな? さっきは確かに聞こえたはずなんだけどな?」

「ただの空耳でしょ、きっと。それより、次のステップに行こうと思うのだけど……」

 母はそう言って、私が返答する前に私の手を掴んで<フェアリーアーマー>の後ろに回った。

 後ろから見たそれは、折りたたまれた大きな一対の羽のようなものがついていた。

 下を見れば、母がコントロールパネルを操作している。

「さあ、梨香。まずはこれにエントリーしてみて?」

 しばらくして、操作を終えたのか母がこちらを振り向き言った。

「エントリーって?」

 とっさに私はそう訊いていた。

 なんとなく単語から推測できる気もするが、やはりここは聞いておくのがベストだろう。

 母は私の思考を読みとったのかは定かではないが、きちんと説明してくれた。

「エントリーというのは、個々の<フェアリーアーマー>に、パイロットとして生体情報をインプットさせる作業のことよ。この課程を修了してないと、<フェアリーアーマー>は動かないから気をつけてね。あと、エントリーに成功したか否かはすぐにわかるから」

「具体的にどうなるの?」

「うーん……。言葉にするのが難しいけどあえて言い現わすとするならば、なんだろう? ……まあ、エントリーできたならすぐにわかると思うよ。さあ、まずはこれを受けっとって」

 そう言って渡されたのは、一錠の薬と、水筒だった。

「これをどうすればいいの?」

「飲む以外に何かある?」

 ごもっともな回答だった。

 母に促されるままにその薬を飲む。

「特に変わったところはないようだけど、これは何の薬?」

 飲む前に聞けばよかった。このときの私はそう思った。

「これはアンプルよ。正式名称はMFEE-B418っていうんだけど大抵みんなミッフィーって呼んでるわ」

「アンプルって、なんの?」

「このアンプルは<フェアリーアーマー>との親和性を高める目的で使うものよ。実験の結果によると人体に対する影響はわずかだそうだから安心して」

「うん」

「飲み終わったら、このパネルに触れて」

「わかった」

 さきほどまで母が操作していたコントロールパネルの前に立つ。

 一瞬どこに降れたらいいのかわからなかったが、右側に白い枠が手の形に描かれているので、迷わずそこに手を置いた。

 スキャンは一瞬にして完了し、私と母は場所を交換した。

「おっかしいわね。確か梨香はまだどの機体にもエントリーしてないはずだし、でもだったらなんでこの人物はすでにエントリーしていますって表示されるのか説明がつかないし……」

 母はなにかをブツブツとつぶやいている。

「どうしたの?」

「え? ああ、梨香。あなたすでに<フェアリーアーマー>にエントリーしてるみたいなんだけど、心当たりある?」

 「え? ないよ。」

とっさにそう言おうとして、ふと、あの声のことを思い出した。もしかしたら、あのとき……。

「えっとね、これが原因かもしれないんだけど、さっき……」

 その言葉を最後まで言うことはできなかった。

 なぜなら、

 ――――デンジャー、デンジャー――――

  ――――第二階層に大型エンシェントエネミーを確認――――

   ――――その数およそ五……六……十……特定完了 その数十三――――

    ――――位置情報を修正 対象は第三階層に到達した模様――――

     ――――合同政府は最終警戒態勢レッドゾーンを発令――――

      ――――住民はシェルター内部へ避難を開始してください――――

――――避難を上級訓練兵以上の防衛軍は至急第四ゲートまで――――

        ――――繰り返す……――――

 そんなアナウンスが演習場内に鳴り響いたからだ。

 母の顔が、徐々に険しくなる。

「梨香、予定が変わったわ。流石に適性試験をこのまま続行するわけにはいかない。私としてはこのまま終わらせたいんだけどこのまま続けるとすると、上の許可が必要になってるだろうし……」

 ――――位置情報を修正 対象は第四階層に侵入した模様――――

「さあ、梨香も早くシェルターの中にっ」

「うんっ」

 そう言って私は、手元の携帯端末を確認。ここから最も近いシェルターに向かおうとした。

 そのとき、

 ――汝、何処ヘ行ク。汝、今戦ワントスルナラバ、大切ナ物ヲ失ウコトトナルゾ――

 またしても、あの声が聞こえた。

 大切なものを失うって、どういうことっ!? ねえ、もっと詳しく教えてよっ!? 

 ――今此処デ、汝、戦ワントスルナラバ、マタ一ツ世界ガ終ルコトトナルダロウ。オヨソ二十年前ノアノ時ノヨウニ――

 二十年前のあの時っ!?

 確か、<エンシェントエネミー>が侵入してきたのが十九年前。もしあの時のようなことが再び起こったら……。

「じゃ、じゃあ、どうすればいいのっ!?」

 つい大声で叫んでしまったようだ。

 母が驚いてこちらを見ている。しかし私にはそれにかまっている時間などなかった。

 声はなおも言葉を紡ぐ。

 ――ナニ、簡単ナコト。汝、我ト共ニ戦エバ、ソレデヨイ――

「どういうこと? あなたって一体……」

 ――我ハ、汝ラ人類ニトッテ、共闘関係ニアル者也――

 その言葉の意味を理解したとたん、私は走り出していた。


 おそらく、無意識のうちにエントリーを済ませたであろうその声のもとへ……。


「ちょっと梨香っ、何してるのっ!? 早くシェルターに……」

 母の制止の声を振り切って、なおも走る。

 数秒でそれのもとにたどり着く。

そして、ふれる。

 刹那、まばゆい光が私を包みこむ。

 若干の浮遊感があり、瞼の外からの光が和らいだ。

 間を開けると、視線が高くなっていた。今自分が、<フェアリーアーマー>の載っていることに気がつくまでに、あまり時間を要さなかった。

「ちょっと、梨香っ!? あなた本気なのっ!?」

 下からそんな声が聞こえてきた。

目線を下にずらすと、母がこちらを見ている。

「お母さん、ごめん。後で謝るから。行ってきます」

 そう言って私は、機体を動かした。

 初めて乗った私でも、<フェアリーアーマー>はすんなりと動いた。

前に母が、操縦者の脳波パターンから、次に行うのであろう行動をあらかじめ演算してアシストする機能が搭載されていると聞かされたことがある。おそらく、それのサポートの影響が強いだろう。

「こちら、桐原梨香。出撃準備完了。これより敵殲滅に向かいます」

 第三階層に出撃するためのゲートに入り、カタパルトから射出されている最中、私は管制室に無線をつなぐ。

「了解、出撃を許可します。……っ!?」

 普段このようなことがなかったのか、一度許可が下りてから、すぐに違和感に気付いたようだ。

 しかし、気付いたところでもう遅い。

 私は上空へ飛ばされながら、背中に取り付けられている飛行補助ユニットを作動させた。

 そのまま高度をあげ、上空百五十メートルといったところで、一度制止した。

 視界のかなたに、数体の影が見える。

 私は迷わずに、そこへと向かった。

 徐々に高度を下げながら飛行していると、誰かから通信が入った。

『梨香、何をしているのっ!? 早く戻ってきなさいっ!』

 母からだった。

『あなたはまだ戦わなくていいから。そもそもまだ、防衛学院の生徒じゃない梨香が……』

 母の声は消え、ノイズ音だけが鳴り響く。どうやら、アシスト機能が自動で回線を切断したようだった。

 そんなことをしているうちに、目標が目の前に現れた。

 敵の形状をよく観察してみる。

 白く卵のような形をした本体の中央部に大きな目が一つあり、背後から直接白い天使の羽のようなものが生えている。そんなやつらが、ふわふわと上空を漂っている。

 ――前方ニ敵アリ。其ノ数六――

「そんなこと、見れば誰だってわかるってっ!」

 まずは近くにいた一体を殴り飛ばす。

あちらにとっては認識の範囲になかったのか、あっさりと命中する。

 鮮やかな赤い線を引きながら、その残骸は宙を舞った。

 それでようやく私の存在に気付いたのか、一斉に<エンシェントエネミー>はこちらを向く。

 一瞬にして上空へと跳び、そこから急降下して的集団の中央にいる一体に攻撃。

 それをバネのようにして、左側の敵を殴り飛ばす。

 遠心力を利用して、背後の敵を蹴る。

 ここまでは快調。案外<エンシェントエネミー>の殲滅って楽。

 そう感じながら、残る一帯を殴る。

「さてと、最後の一体は?」

 辺りを見渡す。しかし、何処にも敵はいない。

 ――敵後方ヨリ接近――

「了解」

 そう言って後ろを振り返ると、目の下に申し訳なさそうについていた口が、まるで人一人の見込めそうなまでに開いている、<エンシェントエネミー>がいた。

「え?」

 私はとっさに、目を瞑った。

「ホーリー・インパルス」

 そんな声とともに、まぶた越しに光が入ってきた。

 目の前には、無残なありさまになったさきほどの<エンシェントエネミー>と、一機の紅の<フェアリーアーマー>。

「危ないところだったね。けがはない?」

 <フェアリーアーマー>に乗っている少女が、話しかけてきた。

「おかげさまで。確か、レベッカさんでしたっけ?」

「あ、覚えててくれたんだ。そっちは確か、桐原さんよね?」

「はい、そうです」

「そっか。じゃ、ちょっといいかな?」

「はい?」

 そう言って、レベッカさんは、何やら通信を始めた。

「こちら、レベッカ。第三階層にて戦闘修了ミッションコンプリート。これより、祈祷します。なお、本作戦により、民間人一名を救出」

 そういうと通信を終えたのか、レベッカさんがこちらに手を振っている。

「さてと。別働隊が残りの敵も倒してくれたみたいだし、帰ろっか」

「わかりました」

「それで、なんで民間人であるはずの桐原さんが<フェアリーアーマー>に乗って、敵と戦っていたのか、じっくりときかせてもらいましょうか」

 その後、防衛訓練学園に戻った後の母の笑顔とお小言はとても忘れられない出来事となった。


 その日、私の<アルカディア防衛特殊訓練学院>への進学が確定した。


 後日、形式だけの適正訓練が執り行われた。

 前回と同じようにコネクターを装着し、それに触れる。

 ――我、汝ニ新タナル力ヲ授ケン――

 目の前の<フェアリーアーマー>の形状がやや変化する。

「どういうこと? <フェアリーアーマー>が変化していく」

「解析を、頼みましたが、原因が判明するかは不明だそうです」

 周りの大人たちが興奮気味に何かを言ってが、耳に入ってこない。

変化が終ると、再び、あの声が聞こえた。

――我再ビ、眠リニツカン。来ルベキ時ガ来タリシ時ニ、我再ビ目覚メン――

「どういうこと?」

しかし、その言葉を最後に、あの声が聞こえることはなかった。


 それからいろいろなことがあった。

 固有強化外装という、初めから<フェアリーアーマー>に備わっている武器を用いた訓練とか、採取したコアから人工的に生成された<フェアリーアーマー>の討伐訓練とか、素材となった<エンシェントエネミー>の能力を開放するリミテッドスキル発動訓練とか、ときには普段の学校を休んでまで訓練をした。

 三学年以上も離れた先輩たちの会話には全くついていけなかったけど、それでも、唯一レベッカ先輩だけは、私の立場に会わせてくれた。


 それから一年以上がたったある日、それは突然やってきた。

 その日、私はいつものように学校を終えて防衛学院に向かっていた。

 エレベーターを降りて、そこから普通の車両にのりかえるのがいつもの流れ。ここ最近は、それを一人で行っていた。

 しかし、この日は違った。

 普段とは違い、黒いいで立ちの母がホールに待っていた。

 母は、無言で私をあるところへと連れていった。

 そこには、レベッカさんの写真があり、眠るように横たわる……


「……たん、りーたんてばっ! もう、何ボーとしてるの! 早く行かないと、みんな集まってるよ」

「え? あ、うん。準備終わった?」

「とっくにっ! さ、早く行こうよ。きっとアーラたち待ってるよ」

 友人に引きずられながら、今の自分について考えてみる。

 辛いこともたくさんあったけど、この友人たちと乗り越えていこう。

 そう思う今日この頃なのでした。


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