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Real World~本当の僕ら~  作者: 新橋うみ
亀田麻子編
9/24

Log.8 『自分だけは偉いんだぞ』みたいなオーラ

 それからは、二回ほど席替えをした。

 入れ替わるギルドメンバーと一緒に馬鹿騒ぎをしたり、時には腕相撲なんかしたりして。

 あたしは、これでもかと腹を抱えて笑い転げた。

 それこそ、一週間分の笑いを吐き出すくらいに。


 けれど、こういう楽しい時間というのは、気付けばすぐに経ってしまうというのが、すごく虚しい。

 ふと気付いてリアルの時刻を見れば、三時間が経とうとしていた。その後、ギルドリーダーが「お開きにしましょう」と叫びだす。

 最後にテーブルで一緒になったメンバーに、軽くお別れの挨拶をする。また会おうね、なんてお決まりの台詞を言いつつ。


 そしてあたしがタウンを出ようと、カフェの出入り口にあるワープ装置に向かおうとした時だった。

 あのカシスオレンジ女――クル☆ミンが、背後から抱きついてきた。

 あたしは驚いて、「離せー」なんて抗議したけど、クル☆ミンはきゃあきゃあはしゃいで、離さなかった。

 ついにアルコールでおかしくなったのかコイツ、と思ったら、つい吹きだしてしまった。

 彼女とは、あたしがこのギルドに入った時、一番初めに知り合った子で、よく一緒にお喋りしていた。同じ年ということもあって、すごく親近感もある。

 ねぇ今度一緒に依頼やろうよー、と言ってきたので、あたしは、仕方ないなぁそこまで言うなら付き合ってやるよー、なんて笑いながら言い返した。

 よっしゃぁ、と喜ぶクル☆ミンに、馬鹿みたい、と私はまたお腹を抱えた。

 そしてタウンから転送する際に、こちらに向かって大きく手をふるクル☆ミンに向かって、あたしも大きく手を振り返した。


 ――彼女が、リアルでも近くに居てくれたらいいのに。


 別れ際に、あたしの脳裏に何度も巡ってしまう、この思い。その度に、頭を強く振る。そんなの、ありえない。

 それでも、あたしはやっぱり、思ってしまう。


 リアルでも、こんな楽しい時間があればいいのに。

 

 ※


 きーんこーん、と今日一日の授業の終わりを告げる鐘が、教室中に響き渡る。

 日直の合図で、恒例儀式のようにクラスメイト全員が起立。適当に礼をしながら、どたどたと座る。

 途端、むわっとした熱気が私の体中にまとわりついてきた。あたしは急いで机に置いてあるハンドタオルを取って、眼鏡を机の上に置き顔の汗を拭った。

 睨みつけるように窓の外を見やれば、そこには鬱陶しいぐらいの鮮やかな蒼が広がっている。


 最近の学校は、最近気温がぐんぐん上がっていって、息苦しい。

 しかも、この教室の場合、三分の二ぐらいが筋肉の盛った男子が占拠しているから、余計にむさ苦しい。

 理系だから男子が多いのは仕方ないとしても、体育会系男子ばかりのクラスに当たったというのは、本当についてないと思う。

 ざわつき始めた教室に散らばる筋肉男たちを見渡しながら、あたしはため息をついた。


 まぁとりあえず、担任が姿を現す前に課題となっている問題集を少しでもこなしておこう。

 電子パッドを仕舞い、掌サイズのノートパソコンを鞄の奥から取り出す。

 眼鏡を掛け直し、さっそくノーパソの電源を入れ、問題集のソフトを立ち上げた。

 えっと。今日の課題は二十八番だっけ、と思い出しながら、あたしは画面に表示された数字の羅列から、「28」と書かれたボタンをクリックした。


 と、その時だった。

 教壇方面から、ばん、と大きな音が聞こえてきた。


「さぁてさて、皆さーん! お知らせです!

 もう御存知かもしれませんが、もうすぐ、大事な大事なイベントがあります!

 さて。それは一体、なんなのでしょーか!」


 一人の男子が、喜々とした様子で教壇に立っている。

 半袖からのぞく、強靭な筋肉を誇る黒い腕が、みきっと盛り上がった。


 うわ。キモチワルイ。


 あたしはすぐにそいつから目を逸らし、再度、はぁと盛大にため息をついた。

 別の男子が、教室の後ろから「はい!」と大きな声を上げて立ち上がり、教壇に立つ男子へびしっと指差しながら言った。


「それは……『夏の球技大会』です!」

「そのとーり!」


 ばしん、と背後にある白い電子黒板を叩きながら、教壇の男子が吠えた。


「この夏の球技大会! 俺たちのクラスは、なんとしてもトップを目指さなきゃならない!

 何故なら! この大会で稼げるポイント数は、絶大だからである!」

 ざわり、と教室の半分くらいが、その熱気に動かされた。それらはほぼ、例の体育会系の男子であるわけだけど。


 あたしの学校では、何故かイベントの成績ごとに、クラス単位でポイントが付加される制度がある。

 その累計でクラスごとに争い、三学期の終わり頃、朝会で学年三位までが表彰される。

 入賞したクラスには、図書券みたいなささやかな景品もある。


 ――まぁ、どうだって良いんだけど。面倒臭いし。

 あたしはとにかく、手元にあるノーパソに表示されている、数学の問題を解き始めた。

 けれど、いくら問題に集中しようとしても、教卓の男子が放つ低くて地の通った声が、あたしの脳内に殴りこむようにして入ってくる。


「いいか! 俺たちのクラスは、なんとしてでも! 理系ナンバーワン、いや、学年ナンバーワンを目指さなければならない!

 分かったか、諸君! 特にヤル気のなさそうな女子!

 お前らも俺らと同じチームメイトなのだから、全力で大会に打ち込むように!」


 背後から、十人程度の女子たちが一斉に、「えー」と面倒くさそうな声を上げるのが聞こえた。

 続いて、ばしん、と教壇を叩くようなでかい音が教室に響く。どすんと重い響きが、お腹にまで伝わってくる。

 ……あぁ、マジで耳栓が欲しい。


「『えー』、じゃない! これは俺たちクラスの命運がかかっているんだぞ! 嫌でも全力投球してもらう!

 というわけだから! 今から、球技大会でどの球技をするか決めたいと思う!

 まずは男子諸君、前に集まれ! 誰がどの競技に適任か、協議するぞ!」


 どたどたと床を行進しながら前へと移動していく複数の足が、床を振動させていく。椅子や足の裏が、小刻みに震える。

 あぁ、お願いだから、静かにしてよっ!

 つい、キーボードを打ちこむ手に力が入りすぎてしまい、全く違う答えが画面に入力されてしまった。

 ちっ、と思わず舌打ちする。

 急いでクリアキーで消し、正しい答えを打ち込んだ。


「……嫌だよね。

 うちの理系クラスだけ、こんなに体育会系男子が集まっちゃってさぁ」

「ホント。こういう行事の時だけ、めっちゃ張り切りだすんだもん。むさくるしいし、なんか嫌ぁ」

「だよねぇ。ウチ、こういう行事好きじゃないんだけどなぁ」

「私もー。暑いしだるいしやってらんないー」


 背後から、複数の女子生徒が、ひそひそと話合うのが聞こえてきた。

 その言葉、直接あいつらに言ってやってよ。

 そう思いながら、あたしは目の前の問題に、意識を傾ける。


 答えを入力すると、ぴこん、と正解を告げる音が鳴った。間をおかずに、次の問題が表示されていく。

 あたしはその作業を、機械のように淡々とこなす。余計なことは、なるべく考えないように。


「ねぇ、亀田さん。

 そう思わない?」


 ふいに、女子の一人に問いかけられた。

 ぴくりと、手を止めた。


「ああいうの、男子だけで盛り上がってほしいって感じだよねぇ」

 あたしは振り向かず、画面左上にちょこんと表示されている数字を見た。

 「15」から「14」、そして「13」と、刻々と減っていく。問題を解く制限時間だった。

 それを睨みつけながら、あたしは言った。


「――どうでもいい」


 だよねー、と別の女子から声が上がった。

「どーでもいいよねぇ。

 あーあ、マジやってらんないって感じ」

「ホントホント。やる気なんて全然出てこないってーの」

 数字が「8」になった。女子たちの黄色い笑い声が、耳をつんざく。

 胃の辺りが、段々とむかむかしてくるのを感じた。


「ねぇねぇ、こうなったらいっそさ、うちら女子だけで適当にチーム組んで、適当に球技大会終わらせない?」

「あ、それいいかもー」

「ついでだからさ、うちらのクラスの女子だけで結束しちゃおうよ」

「うわ、何ソレいいねぇ」


 数字が「3」に変わり、赤く変色する。時間がないよ。そう知らせている。


「ねー、亀田さんも一緒にどうよ?」

「あ、それ良いんじゃないー?」

 あははは。背後で、勝手に盛り上がる女子たち。

 あたしは、目の前の問題を睨みつける。


 この問題の答えは、もう分かっている。でも、打ち込まなかった。

 違う――打ち込めなかった。

 胃のむかむかが手の先にまで伝播して、ガタガタと大きく震えてきたからだった。

 一文字に結んだ口の中で、舌を思いっきり噛んだ。


 お願いだから。

 あたしに、関わらないで。



「ねぇ亀田さん。ちょっとぉ、聞こえてた――」

 女子の誰かが、そう発言した瞬間。

 あたしは、大きな音を立てて立ち上がった。

 ガタリ、と爽快なほど大きな音が教室中に響き渡る。

 教壇付近で協議していた男子たちが、一斉にこちらを見たのが分かった。

 あたしは、作業していたノーパソを閉じ、黙々と鞄に仕舞う。足で適当に、椅子を机の中に戻す。

「あの……、亀田、さん?」

 最初に意気揚々と騒ぎ立てていた筋肉男子が弱々しく声を掛けてきた。あたしはキッと睨みつけた。ひっ、と短く悲鳴を上げて、そいつは身を縮めた。

 そいつを横目に流しながら、教室のドアまで真っ直ぐに歩き、その取っ手に手を掛けた時だった。


「ちょっと待てよ」


 ぐいっと、思いっきり肩を掴まれた。

 あたしは、左手にある鞄の取っ手を強く握りしめながら、振り返った。

 鬼の形相でこちらを見る、金髪の女子が居た。


「あんた、どこ行く気」


 真っ直ぐに、あたしを睨みつけながら凛とした声で言い放つ女子。

 その声は、一気に静かになった教室に鋭く響く。

 その声の感じからして、一番始めにあたしに話しかけてきた女子だな、と思った。

 あたしは、窓の外を軽く睨みつけながら言った。


「どこだって良いじゃん」

「はぁ?」ぐっ、とその手が肩に強く食い込んでくる。「良くねぇんだよ。テメぇ、人がせっかく誘ってやってんのに。あっさりシカトしやがって」

「ちょっとぉ、やめなよ香奈ぁ」

 近くにいた女子が、わざとらしいような甘い声を出した。

 あたしは、香奈と呼ばれた目の前の女子の制服を、睨みつけた。


 「香奈」の名前があるクラスメイトは――確か、伊藤香奈だったか。

 このクラスの女子の中で、ボス的な存在だったように思う。

「……じゃあ、あたし、興味ないから。放ってもらって良いよ」

 棒読みでそう言って、肩に掴まれている手をどけようとした。

 そしたら今度は、その払おうとした右手首を、ぐっと掴まれた。

 先ほどよりも強い力だったので、思わず顔をしかめた。


「一体、何様きどってるつもり?」


 鼻と口の先から、どす黒い声が飛んでくる。

 それはあたしの鼓膜を、激しく揺さぶる。


「テメぇさ、四月の時からそうだよな。

 なんか、『自分だけは偉いんだぞ』みたいなオーラ放ってて、あたしらのこと全然引きつけないっていうか。

 一人で行動して格好良いとか、痛いこと思っちゃってるわけぇ?

 はっ、傑作だわ。


 あんたのさ、そういうとこ、見ててすっげぇムカついてたんだけど」


 教壇付近にいた男子の一人が、「あの……」と声を掛けた。

 瞬間、伊藤香奈が「うっさい!!」と叫ぶ。声を掛けたそいつは竦み上がって、身を更に縮こませる。

 そいつを横目に見ながら、あたしはつい、鼻で笑ってしまった。


「――そういう風に見えた?」

「……テメぇ」


 ぎりぎりと音が聞こえそうなほどに、相手の手があたしの手に食い込んでくる。

 痛みで引きつりそうになる顔をなんとか保ちながら、あたしは足で踏ん張った。

 こちらも負けじと、眼鏡のレンズを通してそいつの顔を睨みつけたが、場違いなぐらい陽気な陽の光を背後に受けている伊藤香奈の顔は、全体が大きな影に隠れていた。

 そのデコボコな形だけが、浮き彫りにされている。

 そして、その黒く塗りつぶれながら不気味に光る唇が、動いた。



「そんなに、一人になりてぇのかよ。

 だったら、一生一人でいればいいよ」



 真っ黒な凹凸がそう言葉を発した瞬間。

 心の底から、真っ赤に燃えたぎる何かが、ぶわ、と湧きあがった。

 あたしは、思いっきりそいつの手を振りほどいた。ばちん、と鋭く響く音。黒く塗りつぶされた顔を、これでもかと睨みつけた。

 相手が突っ掛かってくる前に、あたしは鞄を抱え、ドアを思いっきり開け放って教室を飛び出した。

 後ろ手に思いっきり締めたドアの、ピシャリ、と鳴る音はとても清々しかった。


 背後から、「うぜぇんだよテメぇ」と投げ捨てるような声が聞こえてくる。

 もちろん聞かなかったふりをして、あたしは廊下を歩きだす。

 ばくばくと唸る心臓を抱え込みながら。


 ※


 いつも、こうだった。


 中学二年の時、友達だと思っていた子たちから、軽いイジメを受けた時から。


 それ以来、あたしは人と安易に繋がることを避けた。避け続けた。

 ただ、例外が一人、いたけれど。

 でも、結局はその例外だと思っていた子にも、見放されてしまった。

 それ以降も、あたしはずっと、人を避け続けた。すると逆に、一人の方が居心地が良いと感じるようになっていた。

 自然に、周りに誰も近づかせないオーラを発するようになっていた。やがて、周りの生徒たちが嫌に思えて、仕方なくなった。


 辛かったのは、最初だけだ。

 今じゃ、別にどうでもいい出来事として処理できる。


 『ワールド』に、出会ってから。


 そこでは、あたしは自由に振る舞うことが出来るから。

 ネット上の、プレイヤー名だけしか知らない仲間とだけ通じあって楽しく過ごすことで、リアルのことなんか、忘れることが出来るから。


 

 それが、あたしの唯一の救いだと、思っている。



 両手で鞄を抱え、あたしは一人、階段を上って図書館へと向かった。

 陽がてっぺんから差し込む廊下を渡り、突き当りにある図書館の扉に手をかけた時に、

「馬鹿みたい」

 と、呟きが漏れた。

 それは誰に対してなのか、自分でもよく分からなかった。


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