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Real World~本当の僕ら~  作者: 新橋うみ
松原龍介編
6/24

Log.5 ダンジョン→記憶だけが取り残された廃墟(上)

「えいっ」


 リリィの杖から放たれた一筋の光線が、目の前に居た雑魚モンスターを包み込む。

 やがて、光はモンスターと共に、消えていった。

「お。やるじゃないか」

 リリィは、こちらを見て、えへへ、と微笑んだ。

 ぴろん、と電子音。リリィのすぐ左側の空間に、ウィンドウが表示された。

 そこには、『経験値:200 取得ゴールド:100 PC:リリィはレベル十五に上がった!』と書かれていた。

「やった!」とリリィは、ウサギのようにぴょんととび跳ねた。そして、傍にいた俺に向かってピースサインを作った。

「私、段々と戦闘に慣れてきた感じがする!」

 子供みたいにはしゃぐリリィに、俺は自然と頬が緩んだ。

「そりゃ良かったよ。

 リリィのレベルも、かなり上がってきたしな」

「うん。リュウくんのおかげだよ。ありがとう」

 にこりと微笑むリリィに、俺は照れ笑いしながら頭を掻いた。

「いやいや。俺はただ、基本を教えてやっただけだって」

「それでも、リュウくんが居なかったら、私は今頃、最初のタウンで未だに迷ってたかもしれないよ?」なんて言い、両手に抱えた杖を揺らしながら笑うリリィ。

 俺は「なんだよそれ」と吹きだしながら、顔を上げた。

 遥か上空に広がる夜空には、満遍なく散りばめられた大小様々な星たちがいて、それらは俺たちに優しく微笑みかけているように見えた。


 ※

 

 もはやこのダンジョンには、残骸しか残されていなかった。

 以前この地に建っていた形跡であろう大きな建物の土台や骨組み、またはその一部の壁など、だ。

 それらはもうすっかり古びていて、ちょんと触れただけでも崩れてしまいそうだ。

 唯一残っている壁には、何かの傷やら銃痕やら、飛び散った血の跡やらが伺える。


 砂が一面に覆う地面には、ガラスの破片が多く散乱している。その中に、剣の切れ端や錆びれた銃、銀の鎧の残骸などが落ちているのも、見えた。

 それらは、天から降り注ぐ小さな光を反射して、ちかり、ちかりと輝く。淡く、優しく。

 その光景はまるで、地面にも星が誕生したかのようだ。


 俺は、視界全てが「夜空」に包まれたかのようなこのダンジョンが、お気に入りだった。

 一般では、レベルが低いモンスターしか出てこないから『初心者レベル上げ用のダンジョン』として有名だ。

 でも、未だに俺は、ここに足を踏み入れては上下の「夜空」を眺めている。

 ここに来れば、少し寂しいけれども、とても落ち着いた気分に浸ることが出来るから。



「素敵な場所だね、ここ」

 リリィは、そんな地面の星屑たちを優しいまなざしで見つめながら、言った。

「俺のお気に入りダンジョンの一つなんだよ」

「へぇー……」

 リリィはしゃがみ込み、地面で輝く星を一つ手に取り立ち上がった。

 掌に乗せられたそれは、ただのガラスに変化した。それでもそれを大切そうに両手で包み込みながら、リリィは俺の方を見た。

「このゲームには、他にもこんなような場所があるの?」

「そうだなぁ……」俺は少し考えながら言った。「廃墟はここだけだけど、あとは砂漠とか海辺とか山ん中とか。ああ、あと、前行った高原とか。

 それと、ダンジョンのネーミングもなんか不思議な感じなんだよな。

 例えばここなら、『記憶だけが取り残された廃墟』、て名前だろ? 長ったらしいけど、そういうのもなんか面白いよな」

「うん、そうだね」


 ちかり、ちかり。

 地面と夜空に散らばる星屑たちが、リリィの華奢な身体を、淡い光に包みこんでいた。

「アサちゃんは、このダンジョン、知ってるのかな?」

「……さぁ? どうだろうな。

 ま、でも結構有名なとこだし、知ってるんじゃないか?」

「そっかぁ」ふふふ、とリリィは笑った。「いつか三人で、ここ、お散歩したいね」

 なんて言うリリィに、俺は、ははは、と苦笑を洩らすしかなかった。アサが一緒となると、結構賑やかなことになりそうだ。 

 そこでふと、脳裏に以前から抱えていた疑問が浮かんできた。

「そういやリリィと――藤川と亀田って、昔からの友達、みたいなもんなのか?

 二人が初めて会うのを『ここ』で見たけど、初対面にしちゃ、すごく仲良さそうに見えたから」

「ああ、うん。そうだよ」

 リリィが、はにかんだ。

「えとね、中学三年生の時に同じクラスになって、そこでお友達になったの。

 高校に上がってからはまだ一回も同じクラスになってないから、あまり会えてないけど。

 でも時々、私の方から麻子ちゃんに会いに行って、勉強教えてもらってるんだ。

 麻子ちゃん理系だから、私の苦手な数学、すごく丁寧に教えてくれるんだぁ」

「あぁ、あいつ、理系だっけか」

 頭を掻きながら、そういや今の亀田のクラスがどこなのかとか、詳しく知らないことに気付いた。


 一年の時、亀田と同じクラスになり、同じ委員会の仕事を担当したことがあった。

 それ以降、亀田との接点は、あまりない。

 まぁ、接点といってもあっちはほぼ黙りこくってるから、会話なんてほとんど成立していないのだけど。


「ねえねえ。

 リュウくんとアサちゃんの二人は、結構前から『ワールド』とかで仲良かったの? いつからパーティ組んでた?」

 リリィが首を傾げながら、楽しそうに問いかけてきた。

 俺は、うーん、と唸った。そういや、なんであいつとパーティ組むようになったんだっけ? 一年前の記憶を、一生懸命探る。

 そして、その答えを手繰り寄せた時に俺は、ああ、と手を叩いた。

「そうだ、委員会の当番で一緒だった時だ。

 『ワールド』の話で盛り上がって。あの時、俺と亀田が同じ時期に始めたんだなぁってなことを、喋ってた気がする。

 そしたら、亀田が言ってきたんだよ、『それなら一緒にパーティ組まない?』って。そっからだ」

「へぇ。それじゃあ、パーティ組むきっかけは、私とリュウくんとほぼおんなじなんだね!」

 そう言って、リリィはにっこりと笑った。

 ――そうなるのか?

 と思いながら、俺も躊躇いがちに笑った。

 

 ※


 ――二か月前。

 まだ桜が散る前の、クラスメイトたちに初々しさが残っていた日の、下校時間。

 バスケ部が急遽休みになって、浮かれていた俺と洋平。それで、学校で隠れて『ワールド』をやってみよう、なんて無謀な計画を打ち出してそれを教室の片隅で実行していた。

 学校の規則によって、校内で『ワールド』をプレイすることは断じて禁止されていた。けれど、大抵の人間は、禁止されるとやりたくなる衝動に駆られるもんだ。

 最初は嫌だった俺も、いつの間にか乗る気になっていた。

 誰も居なくなった教室内の片隅で、持ってきたノートパソコンを机の引き出しに隠し、肩から毛布なんかかけたりして「いかにも不貞寝してます」といった感じを装う。

 そして一時間ほどプレイした後、顔を上げた時に。


 目の前に、藤川がいた。


 その時、俺は藤川のことを「ただの同じクラスの女子」との認識しかなかったから、正直とても焦った。

 じっと、こちらを見つめてくる藤川。

 先生にチクられると思った洋平が「俺は関係ない」といった仕草で、そそくさと教室を出ていったのを覚えている。

 そして、一人残されたことに内心焦りまくって、適当な言い訳をずらずらと述べた俺。

 藤川は、にこりとして、言った。


「私ね、一か月くらい前に、『ワールド』始めたんだ。

 良かったから、基本的なこと、教えてくれない? そうしたら、先生に言わないから」


 俺はもう、こくりと頷くしかなかった。

 胸の内で、心臓がばくばくと跳ね上がるのを感じながら。


 桜色の頬を緩ませながら、あどけない少女のように笑う藤川の笑顔が、とても眩しく見えたからだった。


 ※


 俺が物思いに耽っている間、リリィはこちらに背を向け、夜空を見上げながら一歩一歩ゆっくりと踏み出していた。

 その細い背中を見つめながら、俺は思った。


 あの時、学校でゲームをやったことがばれたのが、藤川で良かった。

 でなければ、こんなふうに、二人でパーティ組むなんてことは、なかったのだから。


 目の前のリリィはふと足を止め、くるりと俺へ向き直った。

 髪がさらりと、綺麗な扇形を描いて舞い上がる。

 それはとても、グラフィックの偽物だと思えないくらい魅惑的で、俺の視線を釘付けにする。


「リュウくんは、えと……一年前にこのゲームを始めたんだよね?」

「え? うん……まぁ、そうだけど」

 そっか、と呟いた後に、リリィは夜空を見上げながら、「ねぇ」と問いかけてきた。


「どんな気持ちだった? 最初にプレイした時って」


「……へ?」

 最初にプレイした時――?

 変な質問してくるな、なんて思いながら、俺は一呼吸置いて思考を巡らせる。

 脳の記憶の奥で眠っていた、一年前の初々しい気持ちを、呼び起こす。

 

 専用ヘッドホンを手にした時の実感。パソコンを前に座る時のワクワク感。これから自分は、違う世界へ旅立つんだという冒険心――。


 気付けば、口元から笑みがこぼれていた。

「そりゃあ……すっげぇ嬉しかったぜ。

 なんせ、ファンタジーな世界で、自分が好きな職業になりきれて、自分の思い通りに動けて、好きなように冒険できて。

 しかもこうやって、ここに立っている感覚も、匂いも分かる。まさに最先端の技術って感じで、はしゃぎすぎてた気がする。

 ガキの頃、スマホを手にした時より飛び上がってたなぁ。あ、ちなみに、今もそのスマホ使ってたりするんだけど。手持ち型のやつ。

 今じゃ腕時計型が主流だっていうのに。時代遅れだよなぁ」

「へぇ」と、リリィは口に手をあてながら、くすくすと笑った。

「なんか、リュウくん、可愛い」

「なっ」

 思わぬ言葉に、俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。

 それに気付いたリリィも、頬をピンク色に染めながら笑った。

「赤くなるのも丁寧に反映されるんだね、このゲーム」

「おま……からかってるのかよっ!」

 それでもなお、くすくすと笑い続けるリリィ。俺は背を向け、夜空を見上げた。

 そこで輝く星達の光で、この顔の熱を隠してしまいたかった。

「そ……そういうリリィはどうなんだよ。お前、始めたばっかだろ?

 初めてログインした時って、ほら、やっぱ嬉しいもんだろ」

 少しぶっきらぼうな感じで、俺は問いかけた。

 けれど、すぐには返事が返ってこなかった。


 あれ、と思い、リリィの方へ視線をやった。

 リリィは、地面に散らばる小さな光を見つめていた。

 その表情は、さきほどまでの緩やかな感じではなく、あの、少し悲しみを湛えたような、繊細な陶器のようになっていた。

 どきん、と心臓が跳ねた。


「……感動した」


 目を静かに閉じながら、リリィは優しく言葉を発した。

「ゲームの世界なのにね、感触やら匂いを感じられるってことに、なんかすごく、感動した。

 感動しすぎて、しばらく動けなかったぐらい。

 信じられなかったの。こんなふうに、普通に感触として伝わってくることが。

 最初は、こんな生々しく伝わるもんだと思ってなかったから、すごく、びっくりしちゃって。

 でも、確かに感じるんだよね。痛みも、かゆみも、触れる感じも。

 それでね、私、思ったの。

 ――こういう表現は、おかしいと思うけど」


 一呼吸置いてから、リリィは、俺を優しい眼差しで捕えた。


「"生きてるんだな"って、思った」


 リリィの発した最後の一言に呼応するように、視界の上や下から、ちかちかと星達がリズムを取る。

 それらは相変わらず優しげな光を放っていて、俺たちをそっと包み込む。

 俺は、リリィの放ったたった一言に、完全に意表を突かれていた。


 『生きてるんだな』、か――。

 その言葉を噛みしめるように、俺は目を閉じた。



 ここは、ゲームだ。単なるゲーム。プログラム上の架空の世界。

 「0」と「1」の数式から成り立つ、現実に限りなく近いようで、それでも偽物の世界。

 だから、ここにいるプレイヤーの俺たちも、体感することは出来るけれど、それはコンピュータ上の仕組みでしかない。

 機械の中の出来事であって、「現実」じゃ、リアルじゃない。


「……なるほど、な」

 思わず、頷いた。

 『生きている』、か。

 そんなふうに考えてみたことなんて、一度もなかった。俺は目を開けて、もう一度星空を見る。

 星は、ここに存在する命の鼓動を伝えるかのように、力強く輝いているように見えた。

 ふ、と俺が思わず笑うと、横からリリィがくすりと笑う声が聞こえてきた。


「ごめん。変なこと言ったね、私」

「……いいや、そんなこと」


 言いながら、俺はあの台詞を呼び起こしていた。


 "何故、このゲームをプレイしているのか"


 ――そうか。

 きっと、リリィにとっては。

 

 この世界を、現実とは「別のもの」じゃなくて、もうひとつの「リアル」だと、思っているのかもしれない。


 だから、その体感できるこの『世界』を、リリィは本物のようだと考えている。

 本当に、大切にしているんだな、と思った。

 それはなんだか、とてもリリィらしい発想だ。

 俺はつい、笑ってしまった。


 ――だったら、リアルの方は、どう思っているんだろう?


 ふと、頭の中に一つの疑問が湧きあがった。

 つい、リリィの方を凝視していまう。リリィは、嬉しそうに頬をほころばせながら、「ん?」とこちらを見ていた。

 俺は少し戸惑ったものの、言葉にして問いかけようとした時だった。


「――あ。そっこのお二人さぁん」


 声が、飛んできた。


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