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Real World~本当の僕ら~  作者: 新橋うみ
松原龍介編
22/24

Log.21 ダンジョン→天空に浮かぶ孤高の高原 再び(上)

 決戦は、今度の日曜日の夜ということになった。


 『良いぜ。その勝負、受けてやるよ。

  久しぶりに他の奴と戦うってのも面白いし、『ワールド』の方が派手に暴れられるからな。

  あ、チートは使わないでやるよ。それで勝ったとしても味気ねぇし、松原クンにとっても不利だろ?

  場所はそっちが指定していい。当日までに連絡くれりゃ、構わねぇよ。

  そのかわり――』


 あの日から日曜日まで、数日ほど猶予があった。

 その間、俺はずっと、学校が終われば部活をさぼって『ワールド』に潜りこみ、レベル上げする日々が続いた。

 何度も何度もモンスターをなぎ倒し、どんどん経験値を稼ぎ、ついでにお金も稼いで防御強化アイテムを入手していきながら。

 ただ、どうしようもなく不安で仕方が無かった。


 『松原クンがもし勝ったら、もう色々押しつけるのは止めてやるよ。一切、お前に関わることは止める。

  ただし、もし、俺が勝ったら――

  『ワールド』でも、同じように働いてもらおうかなぁ』


 そう言って笑う先輩の声が、今も俺の耳元にこびりついて離れない。


 あの日、家に帰るとさっそく、先輩の『ワールド』アドレスがスマホに送られてきた。

 早速知り合いリストに登録し、その詳細を見た。


 名前は、ジュン。レベル、八十二。銃使い。


 その時俺のレベルは六十ほどで、二十もの開きがあるのに焦った。

 レベル差は、攻撃力――相手に与える痛みの強さを表わすおおよその数値の差。

 プレイヤー同士の対決になると、攻撃力と防御力――相手から受ける痛みの強さを和らげる数値と、あとは職業が要になってくる。

 相手が銃使い……となると。

 対決するとき、相手と接近戦に持ち込まない限り、こちらに勝利はないだろう。こちらは剣だから遠距離は苦手だけど、相手は接近戦が苦手になってくる。

 だが、銃使いは機敏な動きが出来ることが特徴だ。その素早さでこちらの攻撃を軽々とかわされる可能性もあるし、おまけに至近距離で銃を食らうと、結構ダメージがでかい。

 それでも、なんとか接近戦にさえ持ち込め、相手の動きを一瞬でも封じることが出来れば。

 俺が一気に攻撃を仕掛けることも可能だろう。


 とはいうものの。

 レベル差などの色んな要素を睨めば、こちらの方が少し分が悪いのは目に見えている。 

 それに。

 

 俺が先輩と戦うことで、一体何の徳になるっていうんだ?

 

 俺が勝てば、先輩は俺との関わりを一切断つと言っていた。それはいいとして。

 でも藤川は? あいつはどうなる?

 勝てば、あいつが元に戻るわけじゃないだろう? それにこういう戦いは、藤川に知られたらとても辛いことじゃないのか。藤川は何よりも、人のことを心配してくるから。

 

 それに、俺が先輩に勝てるという保証は、正直言って、どこにもない。

 むしろ、負ける可能性の方が大きいのだから。


 そんなような負の思考だけが頭の中を連鎖して、その度に胃をきりきりと締め付ける。

 あの時、勢いだけで相手に勝負を申し込んでしまった俺を責める。

 何故もっと、冷静になれなかったんだ、と。


 でも。

 もう、俺は先輩と戦うことを決めたんだ。後戻りは、出来ない。

 やるしかない。やるしかないんだ。

 藤川のことは――勝ってから考えればいい。

 手を強く握りしめながら、俺はいつしかそう思い込むようにした。



 これは、俺自身に決着をつけるための、戦いだ。


 

 ※


 ダンジョン→天空に浮かぶ孤高の高原


 対戦の五分前。

 俺は愛用の剣の柄を右手でしっかりと握りしめながら、地面を強く踏みしめた。

 すると柔らかな風がこの高原を駆け抜けた。その風に身を置くように、目を閉じる。遠くで、巨大樹の葉っぱたちがざわりと唸る音が聞こえたような気がした。

 どくどくと高鳴る心臓をなんとか落ち着かせようと、もう一度だけ深呼吸をする。自然に満ちた匂いが、俺の肺を満たしていく。

「本当に、勝負するんだね」

 近くで、静かな声が聞こえてきた。

 俺は地面を睨みつけながら、こくんと頷く。

「もう、決めたんだ。やるって。

 例え感情任せだったんだとしても、自分からそう申し込んだのだから」

「――そう」

 聞こえる声は、とても小さくて、悲しげな音色だった。

 もう一度、ぐ、と剣の柄を握り締める。

 汗がじわりと滲んでいるのが分かった。


 レベルは、とにかく上げられるだけ上げた。

 それでも、七十一。

 相手とはまだ、十レベル以上の差が開いてしまっている。

 インする前に相手の情報を最終確認した。レベルは変わらず八十一。余裕で勝てると踏んでいるのか知らないが、レベル上げはしていないようだ。

 とにかく。やれるだけのことはやった筈だ。

 あとは、どれだけ、接近戦に持ち込めるか。

 どれだけ、相手に踏み込めるか。それだけだ。


「まぁ……リュウが既に気持ち固めてるんなら、良いの。

 本当は戦うの恐くて仕方なくて逃げ出したいんだ、なんて言い出したら、リュウを追いだしてあたしが代わりに戦ってあげようと思ったんだけど」

「そりゃ、残念だったな」

 先ほどよりも少しだけ上向いた声に、俺は少しだけ頬を緩ませながらアサを見た。

 アサは、真剣な表情で、こちらを見ていた。

「無理、しないで。

 あたしは……リュウを見守ることぐらいしか、出来ないけれど」

「ああ。サンキュ。それだけでも、十分心強いよ」

 俺は、気付けばその頭を、ぽんぽんと軽く叩いていた。

 アサは「ちょっ……」と身を強張らせたが、その後に顔を真っ赤に染めて、地面へ伏せた。

 と、その時だった。 


 ※


「よう。お待たせ松原クン」

 ふいに掛かった声で、俺とアサは同時にそちらを見遣った。

 数人の男性プレイヤーの中に、先輩が――プレイヤー・ジュンが、先頭に立っていた。俺は息を呑んだ。

 すらりと高い身長。そして、どこかの黒い魚を隙間なく巻きつけているんじゃないかと思えるほどに、身体全体が漆黒の鱗で覆われている。髪の茶色だけが、妙に浮いている。

 そして肩には、見る者を圧迫させるような、黒光りする大きな銃が担がれているのが見えた。

 ジュンの口元が、にやり、と曲がる。


「あれ。何々、女の子も一緒なの。もしかしてあの時、松原クンの近くにいた子?

 へー、めっちゃ可愛いじゃん」


 ジュンの周りにいる三人の男たちも、にひひと笑う。体育館裏で、野村先輩の周りにいた先輩たちなんだろう。

 俺は咄嗟に一歩踏み出し、身を強張らせたアサを背後に隠した。そして数歩先にいるジュンと、真正面から対峙する。

 相手は見下すようにこちらを睨みつけてくる。その鋭くて底冷えするような視線が、俺を容赦なく突き刺してくる。


 それは、リアルと全く同じ目。


 途端、胸倉を掴まれた気分になった。頭がくらくらしてくる。

 記憶の中に居る先輩の視線に、そして今、目の前にいるジュンの視線に、呑み込まれそうになる。

 俺はなんとか両足で踏ん張り、剣の柄をもう一度きつく握りしめた。

 駄目だ。ここで負けたら、駄目じゃないか。

 勝負はこれからだっていうのに。

 頭の中で必死に自分を叱責させた。

 そして、俺は言った。


「なんで先輩は、あんなチートみたいなこと、しているんですか」


 少しだけ声が裏返った。

 しばらく間を置いてから、ジュンの周りから笑い声がどっと湧いてきた。


「なんで、だってよ」「何その単純な質問っ」「う、うけるっ」


 それは俺の鼓膜を容赦なく揺るがせ、途端に顔がかぁと熱くなるのが分かった。下唇をきつく噛んだ。

 しばらくしてからジュンは、『お前馬鹿なんじゃないの』と言いたそうに、ふっと鼻で笑った。


「んなもん、決まってるだろぉ? 面白れぇからだよ」


「だとしてもっ」俺は叫んでいた。「人に危害を加えるようなこと、止めて下さいっ!」

「……は?」

 笑い声が、ぴたりとやんだ。

 今度は、痛いほどの重い沈黙が、この場を支配し始めた。

 自分の、ごくりと鐔を呑む音が体内で大きく響く。どくどくと心臓が唸る。さわり、と草たちが身を震わせる音が、耳元を掠める。

 ジュンは相変わらず、こちらを堂々と睨みつけている。

 その目に、先ほどよりも深い闇を湛えながら。

 また、俺はその闇に捕らわれそうになる。深い深い井戸の底を覗いている気分で、落ちてしまいそうになった。慌てて全身に力を込める。

 そして、ジュンは、その肩に担いでいる大きな銃の口を、こちらにゆっくりと向けてきた。


「――甘ちゃんだねぇやっぱり。キミはさぁ」


 瞬間、その双眸に一筋の鋭い光が走ったのが見えた。

 同時に、ぞわ、と俺の全身に戦慄が走る。

 俺は背後に向かって「下がれ、アサっ!」と叫んだ。

 咄嗟に剣を構え、身を屈めた。足に力を込める。


「んじゃあ、無駄口叩いてないで、とっとと始めようか。松原クン?」


 それが、開戦の合図となった。



 どどどどっと連続して鳴り響く銃声。俺は反射的に左側へ飛んだ。さっきまで立っていた地面から砂埃が上がる。

 手にした剣を前に突き出しながら俺は黒い標的目掛けて走った。銃は未だに乱射されている。その口をゆっくりとこちらへ向けながら。左側へ迂回しつつ距離を詰めた。とにかく走った。叫んだ。

 標的まであと数歩。銃声が止んだ。途端、目の前にひゅんと飛んでくる黒い物体。避けきれず腹に直撃する。後ろ手に飛んだ。相手の銃だった。

 なんとか転びそうになるのを堪えて相手を見た。その手には既に細長い銃。銃口が俺に向けられる。しゃがみながらすぐ右側へ飛んだ。銃声。左足に激痛が走る。音を上げそうになった。歯を食いしばる。

 跪きながら剣を地面に沿って薙いだ。軽く舞い上がる砂埃。切っ先から飛んだ砂が相手にかかる。一瞬だがひるむ。その隙を狙って飛び付いた。両手で剣を振り上げた。

 瞬間、相手の足が動くのが見えた。横に振られたそれが俺のわき腹に食い込んだ。今度は真横へ吹っ飛んだ。強烈な砂埃が鼻を刺激して咽せた。

 俺は地面で腹を抱えてもがいた。息が苦しい。なんとか頭の中で自分のHPを確認する。三分の一ぐらいになっていた。またお腹に激痛が走る。拳を地面に叩きつけた。

 くそっ。くそっ……!


「なんで松原クンさ、そんな本気になるわけ?」


 頭上から声が降ってきた。

 同時に、頭を思いっきり踏みつけられた。

 ぐっ、と声が漏れた。

 左頬が、徐々に地面にめり込んでいく。


「そうやって本気になっちゃって、恥ずかしいと思わない?」


 ぐりぐりと足を動かしながら、じわじわと力を込めてくる。

 抵抗しようと両手を地面に着いた時、銃声が鼓膜を揺さぶった。左腕に強い衝撃が走った。叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 そして、ジュンは、言った。


「だってさ。ここ、ただの『ゲームの世界』だろ?

 お遊びの世界じゃん? リアルと違うじゃん?」


 ――お遊びの、世界。

 ここが……『ワールド』が……ただの……ゲームの世界?

 

「だから、女の子と遊ぶときだって、わざわざ『ゲームの世界』にしてあげたんだぜ?

 『ここ』で感じられるのは、所詮ただの偽の感覚なんだし。

 それなら女の子だって被害にあってもすぐ忘れられるってもんだし、俺たちだってこうした偽の感覚で我慢してあげてるんだからさぁ。

 これ、普通なら、感謝してほしいぐらいなんだけど」

 

 そう言い放つ先輩の声は。

 とても愉快そうに、くくく、と笑っていた。



 あぁ、そうだ。

 『ここ』は――『ワールド』は、只のゲームだ。

 体感出来るってだけの、オンラインゲームだ。

 その体感も、所詮は疑似的なもんなんだろう。

 そんなことは、分かっている。

 分かっているんだ。

 でも。



 俺はもう一度叫んだ。両手に力を込めて今度こそ起き上がる。頭の上にある足が振り払われた。ジュンは後ろへよろめく。

 ガラ空きになったその足を両手で掴んだ。そして力を込めて前へ押す。背中から倒れようとする相手の胸元へ飛びかかる。俺の身体が相手の身体に直撃。共に後ろ手に倒れる。

 下敷きになった相手。その顔を悔しそうに曲げるのが見えた。両手で剣の柄を持つ。迷いもなく俺が剣を振り上げた瞬間――


 銃声と共に、剣が手から吹き飛んだ。


 それはくるりと一回転して数メートル後ろの地面に突き刺さった。

 ハッとして前を見た。そこにはあのジュンの周りにいた奴らが俺に銃口を向けていた。

 そいつの口元が歪む。咄嗟に動けなくなった。


 次に気付いた時、鳴り響く銃声の後、身体の数か所から激痛が走るのを感じながら、俺は仰向けに倒れていた。


「ふぃー、あっぶねあっぶね」

 身体を巡る痛みに耐えながらなんとか目を開く。

 ジュンが首に手をあてながら、ゆっくりと立ち上がっていた。

「よ、ダスト、サンキュー」

 そしてジュンは、さっき俺を撃ってきた相手に手を挙げる。

 そいつも応じるように手を挙げた。

「……な、んで……」

 抗議しようとしたが掠れた声しかでなかった。

 ジュンはこちらに振りかえり、「あれ、駄目だったぁ?」と言った。

「別に、『一対一』ってわけじゃないっしょ?」


 俺が、ぐっ、と両こぶしを握り締めた時だった。


「卑怯よっ!」


 凛とした声が耳をつんざいた。

 ――まさか。急いで声の方を見た。

 五メートル先に、標的をジュンに定めて矢を構えるアサの姿があった。


「馬鹿っ! やめろアサ!」

 身体を急いで起こそうとした。けれど全身に強烈な電撃が走ったような鋭い感覚に襲われ、またもや地面に倒れた。金縛りにあったように動けなくなる。地面を睨みつけた。頼む、動け……っ!

 歯を食いしばりながらなんとか上半身を起こした時、短い悲鳴が聞こえてきた。俺は息を呑んでアサの方へ視線を戻した。


 アサは、背後から男に両手を掴まれていた。

 ふんどし一丁の男。

 ジュンの仲間だった。


「ちょっ……いや……離してぇっ!」

 頭一つ分背が高い男の腕の中で、アサは必死にもがいている。

 俺はもう一度叫ぼうとしたが、身体の痛みがそれを制した。

「やっべ。この子マジで俺のタイプかもしれねぇ」なんて、男は言っている。アサの顔が引き攣るのが見えた。ひゅぅ、とジュンが軽く口笛を鳴らしたのが聞こえた。

「じゃあさ、松原クンがせっかく連れてきてくれた子だし。この勝負終わったら、一緒に遊んじゃう?」

「なっ……!」


 俺がジュンへ顔を向けた時。

 カチャリ、と。

 額に、銃口を押しつけられた。


「だからさ、甘いんだってば。松原クン」

 その、口元をにったりと歪ませながら、ジュンは言う。

 嫌に鋭い悪寒が、背筋を駆け抜けた。

 引き攣る口元を必死に動かしながら、俺は言った。


「でも、アサは、アサは関係な――!」

 するとまた、アサの悲鳴が聞こえた。ハッとしてそちらを見た。


 アサは、男の腕の中で、ぐったりと抱えられていた。


 俺の頭の中で、煮え切ったものが一気に爆発した。


「アサに――アサに何をしたぁ!」


 腹の底から声を出した。

 目の前の敵を睨みつける。

 そいつは、笑った。


「いやだなぁ。ちょいと意識凍結させてもらっただけだよ。

 だいじょーぶ。データちょいといじったら、すぐに目ぇ覚ますって」

「データ!?」

「ああ、そう。

 感覚を司るデータを、ちょいとね」


 ――――まさか。

 アサを見た。いつの間にか男二人に囲まれている。力が抜けたように動かない。

 途端、あの日、壊れてしまった藤川の虚ろな目がフラッシュバックした。

 やめろ。

 やめろ、やめろ、やめろ…………!


「うああぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 また叫び、額に当てられた銃を手でどかし、相手に飛びかかり、相手の胸倉に手を当てた瞬間、その両手を掴まれ、瞬間前が見えなくなって、身体が倒れるのを感じて、腹にまた強烈な痛みが走って、大きな音が響いて、次に認識出来た時に俺は、地面に大の字に、伸びていた。

 腹には、ジュンの足が、見えた。

 

「お前さ。悪あがきもいい加減にしろよ。格好悪いって」


 上を、見上げた。

 太陽の陽をバックに、さらに深い闇に染まった、その身体。     

 その口元が、ゆっくりと、開く。


「せっかくだからさ、教えてやるよ松原クン。


 この『世界』なら、自分は強くなれる、とか思っちゃってんでしょ。

 でもなぁ。

 リアルでも弱い奴は、結局この『お遊びの世界』でも、弱いままなんだよ」


 視界が、薄れていく。

 頭の中で自分のHPをもう一度確認する。

 もう、一ミリぐらいしか、残っていなかった。

 全身が悲鳴を上げている。

 もう、動けない……。

 やっぱり、俺は……。


 

「この『偽の世界』で、“偽の自分”に勝手に酔いしれて、勝手な自己妄想抱いて、結局は逃げてるだけだって、いい加減気づけってーの」



 ――『偽の世界』。本物じゃない、世界。偽物の、世界。

 リアルじゃない、逃亡の世界――――



 ……本当に、そうなのか?

 そう、自分に問いかけた時。

 声がした。

 違う。

 声が、蘇ってきた。



『"生きている"んだなって、思った』



 ――嗚呼。

 そう、なんだよな――

 お前は、お前はずっと――――


 そして。

 俺は、気付けば、


「――――違うっ!」


 と、空に向かって吠えた。


「偽物、でも、逃げているわけでも、ないっ!

 確かに、ここは、コンピュータ上の、プログラムで作られた、架空の世界だ。

 でも、だけど、そこに居るプレイヤーは正真正銘の、生身の人間のはずだっ!

 感覚だって偽物だけど、でもちゃんと確かに伝わってる! リアルと同じように認識出来る!

 俺だって、ここにいる俺だって、そんなプレイヤーの一人だ! 偽の自分なんかじゃない!

 それは、藤川も、亀田も、先輩だってっ!

 だから、そんな人たちが集まるこの世界は偽物じゃないし、ここに居る俺も偽なんかじゃない!



 ここも立派な、リアルの一つだ!」  



 そこまで叫んだ時に。

 俺は、気付いた。


 ――そうか。そうなんだよ。

 ここも、ちゃんとしたリアルの一つだ。

 それをずっと前から、藤川が教えてくれていたというのに。

 ようやくその認識を、自分の手でしっかりと掴むことが出来ている。


 だから、あの時、廃墟で相手にきちんと断れたのも、藤川が「格好良い」って言ってくれたのも。

 


 全部、“自分自身”なんだ。



 

 その時、だった。


 

 地面から、光が天に向かって大きく放たれた。

 俺の視界が、一瞬にして白く塗りつぶされる。


「なっ! 何だ、これ!」先輩が短く叫びだす。「おい、てめぇら逃げろ! 体力削られてるぞっ!」


 足音が、遠ざかっていくのを聞きながら、俺はやっぱり動けずに、目を閉じた。

 ――暖かいな、と思った。

 その光の粒子の海に呑まれながら、身体が徐々に楽になっていくのを感じた。痛みが、潮が引くように無くなっていく。

 ようやく上半身を起こすことが出来た。目を細めながら、ゆっくりと辺りを見渡す。地面には光の線が描かれているのに気付いた。その線に沿うように、光がまっすぐ天に伸びている。

 それは何メートル先にも続いていた。ああ、これは、巨大な魔法陣だなと理解できた。左に視線をやると、地面にへたりこんで、俺と同じように暖かい光に呑まれているプレイヤーを見つけた。アサだった。驚いたように目を見開いているのが見える。


 一体、誰が――?


 やがて光が薄れ、地面に展開された魔法陣が小さくなっていく。

 あたりは次第に高原の姿を取り戻していく。

 そこで俺が、視線を前方に遣った時。


 一つの人影が、見えた。

 

 その人物は、大きな杖を両手で持ちながら、天に向かって掲げていた。

 杖の先端には、ボウリング玉ほどの大きな水晶玉が見える。まるで、廃墟のダンジョンに散らばっていた星たちを凝縮させたような、透き通った水晶玉。

 それを、両端についた大きな羽が、ゆったりと包み込んでいる。


 とても、綺麗だった。いや、神秘的だった。


 その人物は、ゆっくりと杖を下していく。

 長い髪が、さらり、と揺れるのが、見えた。

 嗚呼。


 その、人物は――


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