表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Real World~本当の僕ら~  作者: 新橋うみ
亀田麻子編
12/24

Log.11 ダンジョン→海原や蒼空に呑みこまれた砂浜(上)

「――もしもし」

『もしもし? えと……アサちゃん?』

 あの……ご、ごめんね。突然連絡しちゃって。

 ねぇ、今、どこに居る?』

「どこって。入り口の街だけど」

『あ、本当? 私も今、そこのワープ装置近くに居るんだぁ。

 てことは、あの大きな掲示板の近く、とか?』

「まぁ、そうだけど」

『――ねぇ。

 今から、アサちゃんに、会っても良い?』

「…………」

『あのね、久しぶりに二人でパーティ組んで、依頼やりたいな、て、思って。

 ほら、いつもリュウくん入れて三人でやってたでしょう? だから……。

 あ、でも別にリュウくんを邪魔者扱いしてるわけじゃないんだよっ。

 三人も三人で楽しいけど、二人でやるのも良いんじゃないかなって思っただけで。

 駄目、かな。

 ……あ。もしかしてアサちゃん、今は他の人たちとパーティ組んでる時だったり?

 それなら私、邪魔だったかな。ごめんね、私、タイミングとかいっつも悪くて』

「良いよ」

『……へ?』

「パーティ、組みたいんでしょ。良いよ。

 あたし、別に今、何もしてないし。街ん中ぶらぶら歩いてただけだし」

『本当?』

「嘘ついてどーすんのよ」

『……そっか、そうだよね、うん。ありがとうアサちゃん!

 それじゃあ、私、今からそっち向かうね!』

「ならあたし、依頼登録の方ちゃっちゃと済ませてくるよ。簡単なやつでも」

『良いの? ありがとう!

 それじゃあ、お願いしまぁす』

「じゃ、切るよ」

『え? あ、うん。

 それじゃあ、また後でね!』

「うん。……じゃ」


 リリィとの『ボイスチャット』を切断するように念じると、頭の中でぶつんと何かが切れる音がした。

 あたしは大きく息を吐き出しながら、煉瓦の建物にかたどられた空を見上げた。

 それはとても狭くて、窮屈そうだった。


 あの後――学校を飛び出して真っ直ぐに家に帰ってきたあたしは、そのまま『ワールド』の世界に閉じこもった。

 何をするでもなく、ただ、この入り口の街をぶらぶら歩きながら。

 多分、三時間ぐらい。


 最初は、ギルドメンバーで馴染みの奴等でも呼び出して、一緒にパーティ組もうかと考えた。

 けれど呼び出そうとする度に、あの伊藤香奈が放った台詞が、耳元で蘇る。


『亀田ってさ。やっぱり、一人で居ることが恐いんじゃねぇの?』


 途端に、やる気が失せた。やることが、無くなる。

 でも、リアルに戻るのも嫌だから、結局ここで、あたしはぼーっと彷徨っていた。


 あたし、何やってるんだろう、本当に。

 何度も自分に問いかける。憂鬱なため息が次々と漏れる。

 でも、今は取りあえず、リリィと約束してしまったんだ。

 何か適当に、依頼登録しなければ。


 ふらふらと縺れる足に、内側から鞭を叩き込みながら、案内所へ向かって歩いていく。

 ゆっくりとその足を踏み出し、両手の掌を呆然と見つめ、靄がかかったように動きが鈍い脳みそで、思った。


 ――あたし、どうして『ワールド』なんか、プレイしてるんだっけ。


 ※

                           

 ダンジョン→海原や蒼空に呑み込まれた砂浜


「すごい、見て見てアサちゃん! 海と空の境界線、くっきりと見えるよ!」

 ダンジョンに着くや否や、リリィはその方角を指差してはしゃいだ。

 あたしは適当にその方角に視線を遣り、「そうだね」と頷いておいた。


 そこはもう、白いビーチみたいな場所だった。

 向こう側では、海の先端が砂浜を何度も洗い流しているのが見えて、遥か遠くには、リリィが喜んでいた青の境界線が、くっきりと見えた。

 海には、他のプレイヤーたちがぽつぽつと泳いでいるのが見えた。今日はなんだか人が少ない。

 そんなプレイヤーたちの頭を、真上で輝く灼熱の太陽が、ぎらぎらと照りつけていた。

 反対側へ視線を遣れば、そこにはヤシの実やら、南国の島に生えるのが相応しいと思える木々たちが、ずらりと並んでいた。

 まるで、ここから先には行かせませんよと、通せんぼしているかのように。


「うわ、すごいねこの砂。サラサラしてるよ」

 リリィはあたしの少し先でしゃがみ込んでいて、その両手を砂の中に埋めていた。

 お椀の形を作りながら持ち上げられた両手から、白い砂が、ざー、と流れていった。

 一つ一つの粒がきらきら輝いているのが、すごく眩しい。

 全ての砂が地面に落ちていくのを見届けた後に、リリィは立ち上がって、軽い足取りで海の先端へ向かって走っていった。


 本当に、子供みたいだ。

 その背中を、あたしは突っ立ちながら見送った。


 ――ホントに、羨ましいぐらいに、明るくて、素直で、優しい子だ。


 両手の拳を、ぐっ、と握りしめた。


「ねぇ、リリィ。

 あたしら、別に遊びにきたわけじゃないでしょ。

 早く『宝箱』を見つけ出して、依頼終わらせよう」


 リリィがぴたりと立ち止り、躊躇いがちにこちらへ振り返った。

 その顔は、きつく叱られた子供みたいに、悲しく歪んでいた。

 やがて、えへへ、と苦笑いしながら「ごめんね、アサちゃん」と言ってきた。

 あたしはぷいと顔を逸らし、海辺にそって砂浜を歩き出した。


 胸がぎゅっと締め付けられるような感覚は、もううんざりだった。



 ずんずんと先を行っても、辺りの気色は、何の変化も見せてくれない。

 左手には、相変わらず南国の木々たちが圧迫するように並んでいる。

 右手には、まるで全てを呑みこもうと企んでいるかのように広がる青がある。

 黙々と、あたしはその中を歩き続ける。

 リリィはずっと黙り込みながら、あたしのすぐ後ろに付いてきていた。


 ちなみに今回あたしが選んだ依頼は、『隠された宝箱を見つけ出せ』というもの。

 これなら適当に歩きまわっていれば、その内宝箱を見つけ出して、すぐに終わることが出来るだろう、と考えたのだ。

 とにかく、ちゃっちゃと終わらせてしまおう。


 一定の間隔で砂を洗っていく海の音だけが、耳元に聞こえてくる。

 ざー、ざー、とゆったりとしたテンポで鳴っている。なんとなく心地よかった。

 そんな穏やかな音に身を委ねながら、あたしは目を閉じた。


 何やってるの、あたし。

 リリィは多分……いや絶対、あたしのことを気遣って、依頼に誘ってくれたっていうのに。

 今日初めて会った時から、ずっと適当に会話に合わせているだけで、その度にリリィを困らせていた。


 最初に謝らなければならないのは、あたしの筈なのに。


 これじゃ、リアルと全く同じだった。

 相手に冷たく接してしまう、心の狭いあたし。


 なんでだろう。

 いつもなら、この『世界』に入れば気持ちが軽くなって、思う存分行動することが出来たのに。

 何コレ。どうして。

 ねぇ、なんで、なんでよ。


 途端に、悔しさが次々と心の底から湧きあがってきて、あたしの心臓をぎゅぅっと圧迫してきた。息苦しくなる。

 あたしは黙々と歩き続けながら、海に洗い流されている白い砂浜を睨みつけた。

 目から溢れだそうとする何かを必死に抑えつけ、唇を引きつらせて思った。


 どうして、この『世界』にまで、"泣く"なんてことが出来てしまうの……?


 ※


 ふと、あたしの横をリリィが駆け抜けていった。

 突然のことに驚いて、あたしは立ち止った。

 リリィはそのままあたしの目の前を走っていき、数メートル先の砂浜で、しゃがみ込む。

 やがて、くるりと振り向いた。淡色の髪が、ひらりと舞う。

 その手に、小さな星型をかたどった物を持っていて、あたしにそれを見せびらかしていた。


「見て、アサちゃん! これ、可愛いよっ!」


 無邪気に笑いながらそう言うリリィ。

 太陽の光を斜め上から浴びて、きらきらと輝いていた。


 それを見た瞬間、あたしの心の中で、何かがぷちんと弾けた。

 全身の冷え切っていた血が、途端にぐつぐつと煮え始める。


 ――何も知らない癖に。

 そんな、無邪気な顔で――

 あたしに、話しかけんな。

 精一杯、その大きな瞳を睨みつけようと、目に力を込めた時だった。


 リリィの手に掲げられていた星型の物体が、ぴくり、と動いたように見えた。

 そして次の瞬間、そいつに付いていたらしい二つの目が、カッと開かれた。

 あたしはハッと息を呑み、そして、叫んだ。


「――リリィ! 早くそれを離してっ!」

「……え?」


 きょとんとこちらを見たまま、何も気付いていないリリィ。

 あたしは駆けだした。そいつが、大きくその身体を震わせる。そこでようやくリリィが異変に気付き、手からそいつを手放した途端。


 そいつは――ヒトデは、巨大化した。


 人の二倍程の大きさになったそいつは、側にぺたりと座りこんだまま動かないリリィを、じっと睨みつけている。

 にひひ、とそいつが奇妙な笑い声を発した次の瞬間、その身体にびっちりと細かな針が生えた。身体の輪郭が分からなくなるほどに。

 逃げてリリィ。あたしは叫んだ。

 けれどリリィは、腰を抜かしてしまったかのように動かない。ただ、巨大化したヒトデを、恐怖の表情で見上げているだけだった。

 歯を食いしばりながら、更に足を速める。


 やがてそいつが、ぐらり、と身体を揺らして、リリィに向かって倒れていく。

 ――ヤバいっ!

 射程距離内に入るや否や、あたしは急ブレーキをかけ、呼び出しておいた弓矢を構えてすぐさま矢を放った。

 まっすぐに飛んだそれは、見事真ん中に的中。

 そいつは、矢の飛んだ流れと同じ方向へと倒れた。


 再びあたしは走りだし、へたり込むリリィの腕を掴んで、ぐいっと持ち上げた。

 ふらつきながらも立ち上がったリリィに向かって、あたしは叫んだ。


「馬鹿っ! 何やってるのよ!

 あんた、あのまま不意打ちされてたらどーするつもりだったわけ! 危なかったじゃんっ」

「――ご、ごめんなさ」

「それより大丈夫!? 何か、あいつに攻撃されてない!?」

「う、うん、だ、だいじょう、ぶ」


 すっかり竦み上がったリリィの瞳に、必死の形相で口を開いているあたしの姿を見つけた。

 そこでようやく、あたしは我に返った。

 気恥かしさが途端に込み上げてくる。あたしはリリィの腕から強く握りしめていた手をぱっと放し、慌てて一歩距離を取って視線を逸らした。


 と、その時、横に倒れたヒトデが、ぴくりと動くのが見えた。

 すぐに危険を察知したあたしは、とにかく、頭の中であいつのステータスを調べるように念じた。すぐにウインドウがそいつの側に表示される。

 レベルは――大したことない。あたしより五くらい下だ。さっきの攻撃で、HPも半分くらい削っている。


 とにかく、今はあいつを何とかしよう。

 あたしは、そいつに向かって再び弓矢を構え、標準を定めた。


「リリィ、あんたはとにかく、後方で待機して! 

 こんな奴、あたしがすぐに終わらせるから」

「で、でも――」

「早くっ」


 びくりと肩を震わせたリリィは、その引きつった表情のままこくりと頷き、ヒトデと反対方向へ走っていった。

 あたしは、星形のそいつを、キッと睨みつける。

 そいつもまた、あたしの方の方へ光る双眸を向けてきた。


「――さっさと死んでっ」


 そう叫び、構えていた矢を放とうとした時だった。

 ヒトデが全身を震わせたかと思ったら、何かがこちらへ目掛けて飛んできた。

 複数の鋭いものが、鋭い光を放ちながらひゅんひゅんと飛んでくる。

 咄嗟の事に対処できなかったあたしは、腕で顔を覆うことしか出来なかった。

 全身に鋭い痛みが走る。あたしは短く叫び声を上げながら、地面に倒れた。


「アサちゃんっ!」

「ぐぅ……」


 ゆっくりと上半身を起こして見ると、身体の所々に針が刺さっていた。

 舌打ちしてそいつを見た。すっかりつるつるになったヒトデ。

 にひひ、とまた笑った。その笑い声が耳にこびりつく。


 鬱陶しい。

 その、馬鹿にするような笑いが。

 あの女を――伊藤香奈を、思い出してしまうから。

 胃の中がむかむかして、途端に気持ち悪くなった。


 馬鹿にしやがって。


「――舐めんなよっ!」


 お腹の底から声を出した。心の奥に潜んでいたエネルギーが、一気に爆発した。

 あたしは立ち上がる。もう一度弓矢を構え、そいつを見た。こちらへ真っ直ぐに近づいてくる。

 矢を持つ手に力を込めた。途端に、矢が光り始める。目を閉じ、何度も何度も頭の中で、強く念じた。


 ……もっと、もっと強く!


 ヒトデがあと一メートルという所まで迫って来た気配を感じた瞬間。

 あたしは、目をカッと開いた。


「いっけぇぇぇ」


 渾身の思いを込めて、強い光を纏った矢を放った。

 矢を包み込んでいた光は、一瞬にして竜の姿へと変化する。そのまま真っ直ぐ、標的の元へと飛んでいく。

 ヒトデは、身体の真ん中を射抜かれたのと同時に、光の竜に食われた。きぃぃ、と甲高い悲鳴。そいつの姿は、一瞬にして光に埋め尽くされる。

 その光が和らいだ時には、すでに跡かたもなく、ヒトデは消え去っていた。

 後に残されたのは、今回の依頼の達成でもある、小さな宝箱。


 気付けば、あたしの全身から力が抜けていて、白い砂浜に、崩れ落ちていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ