第一章「地下深くからの憎しみ」 第9話「揺れる村人たち」
深夜、奈良の村は静まり返っているようで、実はざわめいていた。
家々の中、寝室で眠る子どもたちが、低いうめき声を漏らす。
額には不自然な汗が光り、目は虚ろだ。
ゆたかとまさきは、村の小学校に向かっていた。
保健室には、昨日よりさらに多くの子どもたちが倒れていた。
「…ただの熱じゃない。これは…何かに操られてる」まさきが低く呟く。
ゆたかも、体がぞくりとした。
廊下に置かれた机の影から、黒い霧がわずかに立ち上る。
それは子どもたちの体を包み込み、まるで生気を吸い取るかのように絡む。
ゆたかは蹴りを構え、霧を打ち破ろうとする。
しかし、霧は腕のように伸び、反撃してくる。
その瞬間、保健室の奥からかすかな笑い声が響いた。
幼い声に似ているが、どこか歪んでいる。
「…これは、黒幕の仕業か?」ゆたかは眉をひそめた。
まさきも頷く。
「地下の怨霊だけじゃない…背後に意志がある。奴の声だ」
ゆたかは呪符を取り出し、床に貼り付ける。
「逃がさない」
だが霧はすぐに形を変え、呪符を避けるように動く。
まるで、地面の奥の存在と意思疎通しているかのようだ。
廊下の壁には、かすかな文字が浮かび上がる。
古びた墨で書かれたような文字だが、読むと意味は分からない。
ただ、怨念と怒りが宿っていることはわかる。
まさきは息を呑む。
「…これ、黒幕の力が直接、村人に及んでる」
ゆたかは子どもたちを抱きかかえ、霧から遠ざける。
だが、黒い霧は追いかけるように迫り、触れると冷気が骨まで染みる。
——地下の怨霊はまだ完全には姿を現していない。
——だが、黒幕の意志が乗り移った霧は、村全体に恐怖を振りまく武器になっていた。
コン……コン……
音は、地下だけでなく、村の家々の中にも広がっている。
まるで村全体が、怨霊の呼吸に合わせて震えているかのようだ。
ゆたかは深呼吸し、まさきを見た。
「…奴ら、俺たちを挑発してる」
まさきも、唇を固く結ぶ。
「止めなきゃ、この村は完全に飲まれる」
窓の外、夜空を覆う闇の中に、黒い影が一瞬、地面の上に浮かんだ気がした。
——神鬼丸、黒幕の影。
——まだ姿は見えないが、存在だけで村を脅かす力を持っている。
ゆたかは蹴りの構えを取り直す。
「…次で、この怨念の正体を突き止める」
地下の奥、黒い霧の中で、何かが確実に目を覚ましつつあった。




