第一章「地下深くからの憎しみ」 第5話「村がざわめく夜」
夕暮れを過ぎ、奈良の村は深い闇に沈みつつあった。
工事現場では、昨日倒れた作業員たちの回復が遅れている。
病院に運ばれた者の体温は異常で、意識が戻るのに時間がかかる。
医師も原因不明と首をかしげるばかりだった。
ゆたかとまさきは、現場に残った人たちを確認していた。
「……どう考えても、これはただの熱中症じゃない」ゆたかが言う。
まさきは無言で頷き、地面の湿った土をじっと見つめる。
コン……コン……
音が再び響く。
昨日よりも規則的で、どこか計算されたリズムを持つ。
「地下で、何かが掘り返そうとしている…」まさきが低く呟く。
ゆたかは息を吐き、工事現場の端へ視線を走らせた。
空気がわずかに揺れるように見える。
——霧でも風でもない、確実に何かの存在だ。
その時、遠くの村の家から叫び声が響いた。
「うわああっ!」
二人は振り返る。
家の窓から飛び出してきた村人が、足を震わせ、手を地面に突いてうずくまっている。
「どうした!?」ゆたかが駆け寄る。
村人は声も出せず、ただ地面を指差す。
指の先——小道の向こう、土の下から、微かに黒い霧のようなものが立ち上っている。
「……見えるのか?」まさきが驚く。
村人はうなずいた。
「土の下から…怒ってる……助けてくれ…」
その瞬間、遠くで子どもたちの泣き声が重なる。
一人、また一人と、何かに怯えたように家の中から走り出してくる。
「やっぱり、これは村全体に広がってる」ゆたかは低く言った。
コン……コン……
音が近づく。
それは、地下からだけでなく、地面全体を伝わっているようだ。
まるで、村全体が怨念で満たされ、小さな生き物のように脈打っている。
「このままじゃ…誰も無事じゃない」まさきが言う。
ゆたかは頷き、呪符を取り出す。
「でも、完全には止められない……」
その時、村の古い神社の方向から、かすかに太鼓のような音が聞こえてきた。
しかし、誰も叩いていない。
風でもない、雨でもない——
あの地下の存在が、村の表層まで力を伸ばしている証拠だった。
ゆたかは地面に視線を落とす。
土の隙間から、黒い影がじわじわと動いている。
「……奴ら、待ってるんだ」
まさきが低く囁く。
「俺たちが掘り返すのを」
夜が更けるにつれ、村の闇は濃くなる。
空に星はなく、月も見えない。
ただ、村全体を覆うように、黒い気配だけが漂っている。
ゆたかは唇を噛み、地面を見つめる。
——これが、ただの怨霊ではないことを、二人とも感じていた。
コン……コン……
音は、止まらない。
地下深くで、何かが待っている。
そして、目覚めようとしている。




