第一章「地下深くからの憎しみ」 第25話「終わらせる者」
黒い霧が、渦を巻く。
その中心に——
本体。
そして神鬼丸。
ゆたかは静かに立っていた。
呼吸は整っている。
視線はブレない。
「……来い」
低く、確かな声。
神鬼丸が笑う。
「よかろう」
その瞬間——
全てが動いた。
本体が襲いかかる。
だがゆたかは動じない。
踏み込み。
最小限の動きで避ける。
「見える」
蹴りを叩き込む。
ドンッ!!
本体が大きく揺れる。
まさきが息を呑む。
「……完全に読み切ってる」
まさきも最後の力を振り絞る。
呪符を展開し、霧を削る。
「今だ、ゆたか!」
ゆたかは頷く。
「……いくぞ」
黒い霧が、ゆたかの周囲に集まる。
だがそれは暴れない。
従っている。
「……全部」
拳を握る。
「終わらせる」
踏み込む。
一瞬で距離を詰める。
本体が腕を振る。
だが——
遅い。
ゆたかは懐に入り込む。
そして——
霧ごと掴む。
「……これで終わりだ」
その瞬間。
ゆたかの中で、力が爆発する。
取り込んだ怨念。
神鬼丸の力。
すべてを——
一つにまとめる。
「喰らえ」
低く呟く。
そして——
「消えろ」
拳を叩き込む。
ドォンッ!!
衝撃が地面を割る。
空気が弾け、霧が吹き飛ぶ。
本体が崩れる。
「……馬鹿な……」
神鬼丸の声。
初めての、動揺。
ゆたかはさらに踏み込む。
「まだだ」
黒い霧を掴む。
逃がさない。
「お前の本質ごと——」
歯を食いしばる。
「ここで終わらせる!!」
その瞬間——
ゆたかの中の力が、完全に収束する。
暴走ではない。
制御された、最大出力。
「……全部、返す」
拳が光る。
黒と白が混ざるような、異質な力。
そして——
最後の一撃。
ドォォォォンッ!!
光と闇が弾ける。
音が消える。
一瞬、完全な静寂。
やがて——
風が吹く。
黒い霧は、消えていた。
空は、明るい。
初めて、本当の朝が来ていた。
ゆたかは、その場に立っている。
拳を下ろす。
目の前には、何もない。
神鬼丸の気配も、
怨霊の気配も。
完全に——
消えていた。
まさきがゆっくりと起き上がる。
「……終わったのか……?」
ゆたかは静かに頷く。
「……ああ」
短い言葉。
だが、重い。
まさきは苦笑する。
「……マジでやるとはな」
ゆたかは空を見上げる。
光が、眩しい。
「……でも」
小さく呟く。
「まだ終わりじゃない」
まさきが目を細める。
「……ああ、だろうな」
二人は分かっている。
——あれは“全部”じゃない
——本質は、まだどこかにある
だが今は——
目の前の命を守れた。
それでいい。
遠くで、救急車の音が聞こえる。
村に、日常が戻り始めていた。
ゆたかは歩き出す。
「……次だ」
その背中には、もう迷いはなかった。




