第一章「地下深くからの憎しみ」 第23話「仕組まれた覚醒」
静寂。
黒い霧が、ゆたかの周囲で静かに流れている。
暴れない。
乱れない。
完全ではないが——
確実に制御されている。
まさきは地面に倒れたまま、その様子を見ていた。
「……やっと……そこまで来たか……」
ゆたかは前を向く。
目の前には、本体。
そして、その背後に立つ神鬼丸。
「……終わらせる」
低く、確かな声。
踏み込む。
——速い
以前とは比べ物にならない。
本体の腕を避け、
懐に入り、
蹴りを叩き込む。
ドンッ!!
衝撃。
本体の体が大きく歪む。
「……効いてる」
ゆたかは続けて踏み込む。
黒い霧をまとった拳。
「これで——!」
叩き込む。
霧が弾け、本体の一部が崩れる。
まさきが叫ぶ。
「いける!そのまま——!」
だがその瞬間。
神鬼丸が、ゆっくりと手を上げた。
「……良い」
空気が止まる。
「実に良い」
ゆたかの動きが、一瞬だけ鈍る。
「……何だ?」
神鬼丸は、笑っていた。
「気づかぬか?」
低く、楽しむような声。
「お前の力」
一歩前に出る。
「それは——」
ゆたかの体の中の霧が、わずかに揺れる。
「我と同じだ」
——沈黙。
まさきの目が見開かれる。
「……は?」
ゆたかの呼吸が止まる。
「……何言って——」
その瞬間。
体の中の霧が、逆流した。
「がっ……!?」
胸を押さえる。
さっきまで制御していたはずの霧が、
急に“意思”を持ったように暴れ出す。
神鬼丸が笑う。
「当然だ」
「それは“我の糧”だ」
ゆたかの目が揺れる。
「……まさか……」
神鬼丸はゆっくり頷く。
「お前は今、我の力を取り込んだ」
一歩、また一歩近づく。
「ならば——」
指を軽く動かす。
その瞬間——
ゆたかの体が、勝手に動いた。
「なっ……!?」
腕が上がる。
意志とは無関係に。
「……操られてる!?」まさきが叫ぶ。
神鬼丸の声が響く。
「まだ未熟な器だ」
「ならば、支配するのは容易い」
ゆたかの呼吸が荒くなる。
体の中の霧が、完全に“敵”に変わる。
「……くそっ……!」
必死に抑えようとする。
だが——
動きが止まらない。
一歩、また一歩。
ゆたかの体が、まさきの方へ向く。
「……やめろ……」
震える声。
「……やめろ……!」
だが止まらない。
拳が振り上がる。
まさきは動けない。
「……来いよ」
静かな声。
覚悟の目。
その瞬間——
ゆたかの中で、何かが弾けた。
「……違う!!」
叫び。
黒い霧が一気に噴き出す。
体が止まる。
だが——
完全には止まらない。
神鬼丸が低く言う。
「無駄だ」
「お前はもう、“こちら側”だ」
ゆたかの目が揺れる。
——守る力のはずだった
——だがこれは
「……違う……」
声が震える。
「……俺は……」
その時——
胸の奥に、微かな光。
母の声。
まさきの言葉。
そして——
預言者の言葉。
——喰らえ
ゆたかの目が、変わる。
「……そうかよ」
低く呟く。
「なら——」
ゆっくりと顔を上げる。
「全部、喰う」
神鬼丸の目が、初めてわずかに鋭くなる。
「……ほう?」
ゆたかは歯を食いしばる。
体の中の霧——
神鬼丸の力——
それすらも、対象にする。
「……支配されるなら」
拳を握る。
「その支配ごと、取り込む」
空気が震える。
黒い霧が、内側でぶつかり合う。
——これは賭け
成功すれば制御を超える
失敗すれば完全に乗っ取られる
まさきが叫ぶ。
「やめろ!それは——!」
だが、ゆたかは止まらない。
「……行くぞ」
その瞬間——
ゆたかの体の中で、
“力と力のぶつかり合い”が始まった。
神鬼丸が笑う。
「面白い……」
だがその目は——
初めて、わずかに警戒していた。




