第一章「地下深くからの憎しみ」第2話「熱のはじまり」
朝の光は、やけに白かった。
仮設事務所の前で、ゆたかは缶コーヒーを開けた。
一口飲んだ瞬間、顔をしかめる。
「……まず」
「いつもと同じだろ」
まさきが書類から目を離さずに言う。
「いや、なんか……味しないっすよ」
言ってから、少しだけ気持ち悪くなった。
舌の上に残る、妙なざらつき。
ふと、昨日の夜のことを思い出す。
——コン……コン……
思い出した瞬間、背中が冷えた。
「寝れました?」
ゆたかの問いに、まさきは短く答える。
「浅いな。夢見た」
「どんな?」
少し間があった。
「……掘ってた」
「え?」
「暗いとこで、ずっと掘ってる夢だ。手で」
ゆたかは何も言えなかった。
自分も、似たような夢を見ていたからだ。
——土の中で、誰かがこちらを見ている夢。
その時だった。
「すみませーん!」
振り返ると、村の女性が息を切らして走ってくる。
エプロン姿のまま、顔が真っ青だった。
「小学校で……子どもが……!」
校舎の中は、異様な空気に包まれていた。
保健室の前に、人だかりができている。
泣き声。小さなざわめき。
ゆたかとまさきは、人をかき分けて中に入った。
ベッドの上で、男の子が横になっている。
額に手を当てた瞬間、ゆたかは息を呑んだ。
「……熱、やばいっすよこれ」
異常な熱さだった。
まるで、内側から焼かれているような。
子どもは目を閉じたまま、何かを呟いている。
「……した……」
「え?」
ゆたかが耳を近づける。
「……したに……いる……」
ぞくり、とした。
「誰がいるんだ?」
まさきが低く問いかける。
子どもの目が、ゆっくりと開いた。
だが、焦点が合っていない。
そして——
「……おこってる……」
その声は、子どものものではなかった。
低く、かすれた、別の誰かの声。
ゆたかは思わず後ずさる。
その瞬間、子どもの手がゆたかの腕を掴んだ。
異様な力だった。
「——あけるな」
はっきりとした言葉。
次の瞬間、子どもは力を失ったように眠り込む。
保健室に、重い沈黙が落ちた。
外に出たとき、空の色が変わっていることに気づいた。
朝の白さが消え、どんよりと濁っている。
「……偶然じゃないな」
まさきが言う。
「完全に“来てる”やつだ」
ゆたかは腕を見る。
さっき掴まれた場所に、うっすらと赤い跡が残っていた。
——いや。
違う。
赤いのではない。
黒い。
まるで、内側から染み出したような色。
そのとき、無線が鳴った。
「こちら現場!聞こえるか!?」
ノイズ混じりの声。
「作業員が倒れた!意識が——」
そこで、途切れる。
ザザッ……という音の後、
かすかに聞こえた。
コン……コン……
ゆたかとまさきは、顔を見合わせた。
誰もいないはずの現場から。
昨日と同じ音。
だが今度は、はっきりしている。
——掘っている。
何かが。
内側から。
ゆたかは、ゆっくりと呟いた。
「……これ、掘ったらダメなやつっすよ」
まさきは即答した。
「もう掘ってる」
沈黙。
風が止まる。
遠くで、カラスが一羽だけ鳴いた。
その声が、やけに長く響いた。




