第一章「地下深くからの憎しみ」 第18話「喰らう力」
村から少し離れた山中——
人の気配はなく、風の音だけが響く場所。
ゆたかとまさきは、そこで立っていた。
「……ここでやるのか」
ゆたかが周囲を見渡す。
地面は固く、空気は冷たい。
まさきは腕を組み、静かに言う。
「さっきの老人…また来るはずだ」
その瞬間——
「もういるぞ」
背後から声。
振り返ると、あの預言者が木にもたれかかっていた。
気配すら感じなかった。
ゆたかが舌打ちする。
「……いつの間に」
老人は飴を噛みながら言う。
「遅い。感知も甘い」
まさきが小さく息を吐く。
「……やっぱり只者じゃない」
老人はゆたかの前に歩み寄る。
「始めるぞ」
「何をだよ」
一瞬の沈黙。
そして——
「“喰らう”練習だ」
空気が張り詰める。
ゆたかは眉をひそめる。
「……具体的にどうすんだ」
老人は地面を指差す。
「そこに立て」
言われるまま、ゆたかが立つ。
次の瞬間——
ゾワッ
地面の下から、黒い気配が滲み出てくる。
「なっ…!?」
小さな霧。
だが、確実に“怨念”を持っている。
まさきが構える。
「これ…さっきの現場の残りか」
老人は頷く。
「弱い欠片だ。だが、お前には十分だ」
ゆたかは身構える。
「……祓えばいいんだな?」
その瞬間——
老人の拳が、ゆたかの腹にめり込んだ。
「ぐっ…!!」
地面に膝をつく。
「違う」
冷たい声。
「祓うな」
ゆたかが顔を上げる。
「……は?」
老人はゆたかの胸を指で突く。
「“受け入れろ”」
黒い霧が、ゆたかの足元から這い上がる。
冷たい。
重い。
気持ち悪い。
まるで、誰かの怒りや恨みが直接触れてくるような感覚。
「……こんなの、無理だろ」
思わず後ずさる。
だが——
老人の声が飛ぶ。
「逃げるな」
一言。
それだけで、足が止まる。
「それが敵の力だ」
「それを拒絶する限り、お前は一生勝てない」
ゆたかは歯を食いしばる。
霧が足から腰へ、胸へと這い上がる。
頭の中に、声が流れ込む。
——苦しい
——許さない
——裏切られた
「……っ……!」
膝が震える。
「それが“怨念”だ」
老人の声は冷静だった。
「そして神鬼丸は、それを喰って強くなる」
まさきが見守る中、ゆたかは拳を握る。
「……じゃあ俺は…」
「それを、取り込む」
老人が即答する。
「だがな——」
一歩近づく。
「飲まれたら終わりだ」
空気が凍る。
ゆたかの呼吸が乱れる。
霧はすでに胸まで侵食している。
視界が歪む。
「……くそっ……!」
その時——
一瞬、母の顔が浮かんだ。
優しい声。
そして——
「負けるな」
ゆたかの目が開く。
「……飲まれるかよ」
拳を握る。
霧が体の中で暴れる。
だが——
ほんの一瞬だけ、
霧の動きが止まった。
老人の目が細くなる。
「……今のだ」
だが次の瞬間——
霧が暴走する。
「がああああ!!」
ゆたかが倒れる。
全身が震え、意識が飛びかける。
まさきが駆け寄る。
「ゆたか!」
老人は手を上げて制止する。
「まだだ」
数秒——
やがて、霧はふっと消えた。
ゆたかは荒い息を吐きながら、地面に倒れ込む。
「……死ぬかと思った…」
老人は鼻で笑う。
「今のは“入口”だ」
ゆたかは苦笑する。
「……マジかよ」
空を見上げる。
黒い雲の向こうに、わずかな光。
「……でも」
拳を握る。
「やるしかないな」
まさきも静かに頷く。
「次は、もっと深くいくぞ」
遠く、村の方角にはまだ黒い霧。
——だが今は違う。
対抗するための“力の方向”が見え始めていた。




