第一章「地下深くからの憎しみ」 第17話「預言者」
夜が明けた——
はずだった。
だが村は、朝の光を拒絶しているかのように暗かった。
ゆたかとまさきは、村外れの道路脇に座り込んでいた。
工事車両も止まり、現場は完全に機能を失っている。
「……負けたな」
ゆたかの声は低く、重い。
まさきは何も言わない。
ただ、血の滲んだ手を見つめていた。
「……あんなの、どうやって勝つんだよ」
ゆたかは地面を拳で叩く。
悔しさが、言葉にならない。
その時——
ドドドドド……
遠くから、低く重いエンジン音が響いてきた。
まさきが顔を上げる。
「……バイク?」
音はどんどん近づいてくる。
やがて、黒い大型バイクが二人の前で止まった。
エンジンが止まり、静寂が戻る。
乗っていたのは——
強面の老人。
白髪混じり、鋭い目つき。
だがその目には、ただの人間ではない“深さ”があった。
老人はゆっくりとバイクから降りる。
そして一言。
「……遅かったな」
ゆたかが眉をひそめる。
「誰だ、あんた」
老人はゆたかをじっと見つめる。
「土の中を掘り起こした時点で、結果は決まっていた」
まさきが警戒する。
「……何を知ってる」
老人はポケットから飴玉を取り出し、口に放り込む。
甘い匂いが、場違いなほどに漂う。
「お前たちが相手にしているのは、“怨霊”じゃない」
ゆたかの目が細くなる。
「……神鬼丸か」
老人はわずかに笑う。
「その名を知っているなら、話は早い」
一歩近づく。
空気が変わる。
圧力ではない——だが、確実に“強い”存在。
まさきが小さく呟く。
「……この人、ヤバい」
老人は二人の前に立つ。
「お前たちは、まだ“入口”に立っただけだ」
ゆたかが睨む。
「……じゃあどうすればいい」
老人は少しだけ空を見上げる。
「神鬼丸はな、“感情”を喰う」
「……感情?」
「怒り、恐怖、絶望……特に“恨み”だ」
まさきが息を呑む。
「……だから村全体を巻き込んでるのか」
老人は頷く。
「そして、あの場所は最悪だ」
指を現場の方向へ向ける。
「恨みを抱えて死んだ人間が埋まっている場所に、工事で刺激が入った」
ゆたかの拳が握られる。
「……全部、繋がってる」
老人はさらに言う。
「しかも神鬼丸は、その怨念を“餌”にしている」
一瞬の沈黙。
ゆたかが低く言う。
「……じゃあ、どうやって倒す」
老人は、ゆっくりと笑った。
「簡単だ」
そして——
「“喰われる前に、喰え”」
ゆたかとまさきの表情が固まる。
「……は?」
老人は続ける。
「お前には、その力がある」
指を、ゆたかに向ける。
「陰陽の力……それは“祓う”だけじゃない」
一歩踏み込む。
「取り込む力だ」
ゆたかの心臓が大きく跳ねる。
「……そんなこと、できるわけ——」
その瞬間——
老人の拳が、ゆたかの顔の前で止まる。
一切の無駄がない動き。
「甘い」
空気が震えた。
「今のままじゃ、次は死ぬ」
まさきが間に入る。
「……あんた、何者だ」
老人は軽く肩をすくめる。
「ただの通りすがりのジジイだ」
そしてバイクにまたがる。
「だが一つだけ教えてやる」
エンジンが唸る。
「神鬼丸は——まだ本気じゃない」
ゆたかの顔が凍る。
「……なんだと」
老人は振り返らないまま言う。
「生き残りたければ、強くなれ」
そして——
「次に会う時は、“戦える状態”で来い」
バイクは轟音とともに走り去った。
静寂が戻る。
ゆたかはしばらく動かなかった。
やがて——
拳を握る。
「……やるしかないな」
まさきも頷く。
「ああ……このままじゃ終われない」
遠く、村の上空には、まだ黒い霧が漂っている。
——だが、今は違う。
“勝つための道”が、初めて示された。




