第一章「地下深くからの憎しみ」 第16話「敗北」
夜明け前——
空が白み始めているのに、
この場所だけは闇に支配されていた。
ゆたかとまさきの前に立つのは、
完全に目覚めた“それ”。
——怨霊の本体
——そして黒幕の力を宿した存在
空気が重い。
呼吸するだけで、肺が軋む。
まさきが刀を構える。
「……来るぞ」
その瞬間——
“それ”が動いた。
目で追えない速度。
次の瞬間、
まさきの体が横に吹き飛んだ。
「がっ…!」
地面を転がり、血を吐く。
ゆたかは即座に踏み込み、蹴りを叩き込む。
——だが
当たらない。
いや、当たっているのに、効いていない。
「……は?」
一瞬の隙。
その瞬間——
腹に、衝撃。
ゆたかの体が宙に浮き、背中から地面に叩きつけられる。
肺の空気が全部抜ける。
「ぐっ…!!」
立ち上がろうとするが、体が動かない。
骨の奥まで、冷気が入り込んでいる。
“それ”がゆっくり近づいてくる。
足音はない。
だが、存在そのものが圧力となって迫る。
「……弱いな」
低い声。
それは怨霊のものではない。
——神鬼丸の声だった。
ゆたかは歯を食いしばる。
「……ふざけんな」
無理やり立ち上がる。
蹴りを放つ。
だが——
腕一本で止められる。
そのまま、首を掴まれる。
「……人は、脆い」
体が持ち上がる。
足が地面から離れる。
呼吸ができない。
視界が暗くなる。
遠くで、まさきが叫ぶ。
「ゆたか!!!」
まさきは血を流しながらも立ち上がり、呪符を投げる。
光が弾ける。
一瞬だけ、“それ”の動きが止まる。
その隙に、ゆたかは地面に落とされる。
「はぁ…はぁ……」
息が荒い。
全身が言うことを聞かない。
まさきが肩を掴む。
「無理だ…今は勝てない」
ゆたかは歯を食いしばる。
「でも、このままじゃ…」
その時——
地面が大きく揺れた。
“それ”が、ゆっくりと腕を広げる。
黒い霧が再び広がり、村の方へと流れていく。
「……恐怖は、よく育つ」
神鬼丸の声が響く。
「人の絶望は、我が糧だ」
ゆたかの拳が震える。
「……っ……!」
悔しさ、怒り、無力感。
すべてが混ざる。
だが——
まさきが低く言う。
「……撤退だ」
一瞬の沈黙。
ゆたかは目を閉じる。
そして——
「……わかった」
その判断は、正しかった。
だが同時に、最も悔しい選択でもあった。
二人はその場を離れる。
背後で——
黒い霧が、ゆっくりと村を覆っていく。
子どもたち、村人、すべてを飲み込むように。
コン……コン……
音はもう聞こえない。
代わりに響くのは——
黒幕の笑い声だけだった。




