第一章「地下深くからの憎しみ」第1話「奈良の静かな村」
主人公が各地を回って怪奇現象と戦うストーリー
夜の空気は、やけに重かった。
奈良県の山間部。
高速道路の延伸工事予定地——そのすぐ脇にある小さな村。
ゆたかは軽く舌打ちしながら、軽トラの窓を少しだけ開けた。
「……なんか、空気おかしくないですか?」
助手席のまさきは、前を見たまま短く答える。
「湿度だろ。山だしな」
「いや、それだけじゃないっすよこれ」
ゆたかは腕をさすった。
鳥肌が、じわじわと広がっていく。
——こういう感覚は、外れたことがない。
車はゆっくりと村の中へ入っていく。
街灯は少なく、家々の灯りもまばらだ。
だが、異様なのはそこではなかった。
静かすぎる。
虫の声がしない。
風の音もしない。
まるで、何かに“押さえつけられている”ような静寂。
「……なあ、まさき」
「なんだ」
「こういう場所って、大体ロクなこと起きないっすよね」
まさきはわずかに口角を上げた。
「今までの統計上はな」
軽トラは、仮設事務所の前で止まった。
降りた瞬間、ゆたかは足を止める。
——匂い。
かすかに、土の匂いに混じっている。
鉄のような、嫌な匂い。
「……掘ってますね、もう」
「ああ。試掘は始まってるらしい」
現場の奥、まだ整地されていない土の山が暗闇に浮かんでいる。
重機の影が、月明かりにぼんやりと伸びていた。
そのときだった。
コン……
ゆたかの耳が、ぴくりと動く。
「今、聞こえました?」
「何がだ」
「……いや」
気のせいかと思った。
だが、確かに聞こえた。
何かを叩くような、乾いた音。
コン……コン……
今度は、はっきりと。
ゆたかはゆっくりと振り返る。
音は——
地面の下からだった。
「……まさき」
「聞こえた」
短く答えたまさきの目が、すでに鋭くなっている。
二人は無言で、音のする方へ歩き出した。
足元の土は、まだ柔らかい。
踏みしめるたびに、わずかに沈む。
コン……
音が、止まった。
その瞬間。
ふっと、風が吹いた。
いや、違う。
空気が、動いた。
ゆたかの背中を、冷たい何かが撫でた。
反射的に振り返る。
——誰もいない。
だが、確かに「何か」が通った。
「……帰るか?」
まさきが低く言う。
ゆたかは少しだけ笑った。
「いや、もう遅いでしょこれ」
その言葉の直後。
事務所の方から、誰かの声が響いた。
「おーい!来てたのか!」
現場監督らしき男が、懐中電灯を振っている。
光がこちらを照らした瞬間、
ゆたかは無意識に目を細めた。
——その一瞬だけ。
監督の背後、土の山の陰に
“誰か”が立っていた気がした。
黒い影。
背の低い、男のような——
次の瞬間には、もういない。
「……どうした?」
まさきが訝しげに見る。
ゆたかは首を振った。
「いや……なんでもないっす」
だが、胸の奥がざわついている。
あれは見間違いじゃない。
それに——
さっきの音。
あの位置。
土の山。
——あそこは確か、
「……まさき」
「なんだ」
「明日、あの辺掘る予定っすよね」
「ああ、そう聞いてる」
ゆたかはもう一度、暗闇を見る。
何もない。
何も、見えない。
だが、確信だけが残る。
あの下に、何かがいる。
そしてそれは——
まだ、出てきていないだけだ。
第1話として書いてみました




