第1話 ドラゴン逆転生
東京郊外の、とある閑静な住宅街にひっそりと佇む、3階建ての小さなビル。
オフィスの窓から朝日が差し込み……爽やかな春の一日が始まる……といいたい所だが、俺は重い目をこすりながら机の下からむくりと起き上がって、一心不乱にキーボードを叩き始める。コンビニで買いこんだおにぎりを頬張り、ひたすら作業。そして……ようやく出来上がったシナリオを社内チャットに貼り付けて、力尽きたように机の下へ倒れ込んだ。
そんな生活を、いったい何年続けてきただろうか。
ここはファンタジー世界を舞台としたオンラインRPG「ドラゴンサーバント」の開発スタジオ。学生時代の仲間たちと立ち上げた、この小さなスタジオで生まれたゲームは、今や世界的な人気タイトルに発展する。俺は制作チームのリーダーとして、このゲームの世界観をゼロから作り上げた。
東山リュウジ、28才。――俺の名前は、世間的には天才プランナーと称されているようだ。しかし実際は、ひたすらシナリオを書いて、イベントを設計し、テストして公開する、その繰り返しだ。最高の体験をユーザーに届ける、という一点だけを胸に刻んでそんな日々をただ積み重ねただけだ。
「ドラゴンサーバント」は重厚な世界観が熱い支持を受けている。ドラゴンの血を分けた、7人の召使い「サーバント」によって、世界は滅亡に向かう……その佳境となる「破滅シナリオ」を書き上げ、公開した所だった。
そのあと、世界は滅亡の危機を乗り越え、そして復興する――その物語、「再生シナリオ」も既にリュウジの頭の中にはできあがっている。それは、長年構想していた壮大な叙事詩――ユーザーに深い感動を与え、唯一無二、伝説のゲームとなると確信していた。
ひたすらこの世界と向き合う創作の日々。それを支えてくれるユーザーと、スタッフたちに囲まれて充実していたが――それはある日、一瞬で崩れ去った。
◇◇◇◇
1階はグッズなどを展示する待合スペース、その奥が管理部門のオフィス。待合スペースの上は吹き抜けになっていて、壁際には階段が設置されている。そして2階は俺たち制作部、3階は開発とサウンドチームのオフィスとなっていた。
「リュウジさん!」
その日、一仕事終えてぼんやりしていた俺の所に、管理部門の女の子が顔面蒼白で駆け込んできた。
「どうしたんだ?」
「吹き抜けの天井が……大変な事に……」
その尋常じゃない様子に、俺は椅子から跳び上がるように立ち上がり、吹き抜けの天井へ視線を向けた。
――吹き抜けのスペース、その天井近くに、黒い影がじわりと浮かび上がっていた。影の奥から、地の底から這い上がるような、低く重い獣の咆哮が漏れ聞こえてくる。
「……な……なんなの……あれ……」
彼女は呆然と、じわじわと広がっていく漆黒の影を見つめていた。
唸り声はじわじわと大きくなり、やがて影の中から、黒いウロコに覆われた巨大な物体がその姿を現した。長い首、精悍な顔立ち、そして大きな翼をばさりと広げたその存在は――紛れもなく、巨大なドラゴンだった。
「……う……うそ……」
2階の開発メンバーたちも俺の周りへと集まり、誰もが言葉を失っていた。
オブリビオン。
その姿は、リュウジが作り上げた「ドラゴンサーバント」世界のラスボス――全ての始まりと終わりを告げる、忘却のドラゴン――
「……逆転生か……!?」
思わず、その言葉が口をついて出た。主人公が死んで異世界に転生するのではなく、異世界の魔物が逆に、現代というさらなる異世界に転生して来ている!
導入したばかりの、破滅シナリオでキーとなるシステムだが……それが現実に? 俺は夢を見ているのか?
グオオオオオオオッ……!
オブリビオンが地鳴りのような雄叫びを解き放ちながら、その長い首をゆっくりと真下へ向けていく。喉の奥で何かが燃えるようにぎらりと光り、巨大な顎がゆっくりと、しかし確実に開かれていった。
「まずい……!」
次の瞬間――轟音とともに、ドラゴンの口から灼熱の炎が奔流となって放たれた。壁を、床を、空気ごと焼き尽くすような猛火が、瞬く間にオフィスを飲み込んでいく。
「きゃああああ!」
「うおおおおっ!」
悲鳴がオフィス中に響き渡り、黒煙が視界を瞬時に塞いでいった。一階はすでに火の海と化しており、もはや降りることなど不可能だ。俺は肺が裂けるような大声でフロア全員に向かって叫んだ。
「1階へ降りるのは無理だ! 順番に窓から飛び降りろ!」
大声でスタッフに指示を出す。
人生のすべてをかけて築き上げてきた「ドラゴンサーバント」と、このスタジオの仲間たち。
こんな所で失ってたまるか!
「リュウジ! どこに行くんだ! 早く来い!」
声の主は浅利ヨシアキ。学生時代からの盟友で、このゲームのメインデザイナーだ。
「3階を見てくる!」
スタッフ全員が避難するのを見届けた後、階段を駆け上がる。3階のフロアに辿り着くと、そこで立ち尽くしている男がいた。矢野ケンジ――彼も学生時代からの仲間、エンジニアチームのリーダーだ。
呆然と固まっているケンジの両肩を掴み、俺は怒鳴るように叫ぶ。
「もう下には行けない! 屋上だ! みんなを連れて屋上に行け!」
「リュウジ!」
フロアの全員が屋上へ向かう。そこから避難はしごで降りられるはずだ。
その時だった。ごうごうと渦巻く煙の奥から、耳に飛び込んでくる声があった。
吉田ユリの悲鳴――彼女も学生時代からスタジオを支えてくれた、サウンドチームのリーダーだ。忙しさのあまり、お互い深く話すコトはなかったが、俺は彼女を特別な存在だと思い始めていた。
サウンドチームの席は一番奥、防音壁に囲まれた部屋の中。逃げ遅れてる可能性が高い! 俺はもくもくと立ち昇る煙をかき分け、必死に奥へ向かおうとする。
「助けて!」
混乱の叫び声のなかに、ユリの声がはっきりと聞こえる。俺は混乱の中、周りのスタッフに屋上へ逃げるよう叫びながら、さらに煙の奥へと突き進んでいった。
「ユリ! どこだ!」
しかし、3階もすぐに猛烈な勢いの炎に包まれ、飲み込まれていった。
その瞬間――視界が白くなり――その後の記憶はない。
新作開始!
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