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3. 言い訳はしない

「――」


 日記を読み終えたジャンは、言葉を失っていた。


 限界に近づいてきたのか、徐々に字が乱れていくのがあまりにも生々しかった。

 特に最後の方は、読み解くのに時間を要するほどだった。

 嫌でも父の最期は穏やかなものではなく、苦痛と苦悩を伴うものだったのを痛感してしまう。

 

 だがそれより、内容が残酷で衝撃的だった。


「父は……戦死したんじゃ?

 もしかして、このオランドという人が偽装したのか……?」


 決死の覚悟で書かれたものだ。

 内容が真っ赤な嘘ということはないだろう。


 殺害理由は、どうやらゴーティエの非情な作戦のようだ。

 だが、オランドは一線を越えてしまっている。

 軍人として、たとえどんな相手でも私刑を行うのは重罪だ。

 それが分からなかったのだろうか?

 それとも、どうしても譲れない理由が……?




 そんなことをジャンが考えていると、後ろの家の玄関の扉が開いた。


「はぁぁぁ、だるすぎだよぉ……

 何で下戸なボクが、酔っ払いの上司の相手をしないといけないのぉ?

 あぁ嫌だ嫌だ、もう帰ろっと」


 振り返ると、細身の軍人が頭を抱えて立っていた。

 彼は凄く穏やかそうな顔つきで、花が似合いそうな雰囲気がある。

 あまり軍人っぽさはないが、身なりからして佐官だろう。

 ジャンが思わずその様子を眺めていると、相手は彼の存在に気付いた。


「あれ? 君ってもしかしてぇ、ヴェベールさんの息子さん?」


「そうですが……あなたは?」


 少し戸惑い気味にジャンがそう言うと、相手は少し難しい顔をした。

 だがすぐに怪しい笑みを浮かべたかと思うと、被っていた帽子を胸に添えた。


「ボクはねぇ、君のお父さんの部下だよ。

 ――マルク・オランドっていうんだ、よろしくー」


「っ!?」


 ジャンの心臓が一瞬止まった。

 そして反射的に立ち上がり、距離を取った。



 まさか、こんなところで父の仇に出会うとは。

 しかも彼は平然と葬儀に参列し、のほほんとしている。

 そんなオランドの神経を、ジャンは信じられなかった。

 まるでかわいい小動物が猛毒を持っているような、そんな感じがする。


 できることならここで捕まえたいところだが、あいにく武器は持っていない。

 問い詰めようにも、白をきられそうな気がしてならない。

 ジャンは警戒しながらも、どうすればいいのか見当もつかなかった。



 そんなジャンの様子に対して、オランドは首を傾げていた。

 しかしジャンが手にしている日記を目にしたとき、大方の事情を察したらしい。

 オランドは大きなため息をついて、建物の影にゆっくりと腰かけた。


「あー……書かれてたんだね? ボクの罪について」


「……否定、しないんですか?」


 ジャンの声が少し上ずりかけた。

 だがオランドはそんなことを一切気にせず、彼の顔を覗き込む。


「したって意味ないでしょ?

 それにボクがやったことは、必要悪だと思っているしね。

 罪に問われても、反省する気は毛頭ないよ」


 彼はそう言いながら、ジャンを隣に座るように促した。

 さすがにそんな勇気はなく、ジャンは大きく首を横に振った。


「せっかくだし、ボクの言い分を聞く気はない?

 何なら日記に書かれていないことも教えてあげる。

 その後にボクを煮るなり焼くなりするといい。

 何ならその日記を中にいるみんなに朗読してあげてもいいよ?」


 オランドは親指で家の窓を指した。

 どうやら本当に逃げたり隠れたりする気はないようだ。

 だが犯人の言い分なんざ、どこまで信用できるのか分かったもんじゃない。

 

 でも「日記に書かれていないこと」がどうしても気になった。

 もしかしたら書いている最中には出せなかった答えに、父はたどり着いているかもしれない。

 そんな好奇心が、なぜか恐怖を上回っていた。

 ジャンは結局、オランドから人一人分離れた位置に座り込んだ。

 



 しばらく、2人に会話はなかった。

 どちらかが切り出すのをひらすら待ち続け、ただ気まずい空気の中一緒に星空を眺めていた。


 そんな中、オランドは懐から紺色の箱を取り出した。

 ジャンの前にそれが差し出されたので見てみると、「ココアシガレット」と書かれている。

 

 彼がそれを拒否すると、オランドはつまらなさそうな顔で1本だけ口に咥えた。

 場違いなことに、煙草の代わりにしているらしい。

 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、無意識にジャンは質問を投げかけていた。


「どうして……父を殺したんですか?」


「んー……危機感6割、私怨3割、残りは失望かな?」


「意味が分かりません」


 ジャンは空っぽな声で相手を批判した。

 しかしオランドは全く気にしていないようで、ココアシガレットの先を唾液でふやかしている。


「あの人が勝利のためならどんな犠牲でも出すタイプっていうのは知っているよね?

 確かに戦争に犠牲は付き物だけどさぁ……あれはちょっとやり過ぎだよ。

 その調子で戦争を続ければ、数年後に人数不足で軍が壊滅しかねないレベルでね」


 それが彼の言う危機感というものらしい。


「それなら、軍法会議にかけるべきでは?」


「ごもっともだけど、ボク以外にもう何人もそれをやった人がいてね。

 もれなく全員失敗していたよ。

 会議にかける前に失職した人もいれば、何とかこぎつけたけど無罪になっちゃったりとか……

 上げたらきりがないね。

 だから彼を止める方法って、もう限られてたんだよぉ」


 オランドはシガレットを口から取ると、大きく息を吐いた。

 まだ気温が低い冬だったため、彼の息は白い煙のように立ち上った。


「……残りの私怨と失望って?」


「ボクの同期とか友達が大勢、彼の作戦で死んだこと。

 それとボクの意見を一切受け入れないで、真っ向から否定し続けたこと……くらい?」


 オランドは一旦喫煙の真似を止めた。

 そして丁度良く柔らかくなったのか、ポリポリと食べ始める。




 その顔はかなり呑気そうに見えるが、声質は真剣そのものだ。

 嘘をついているようには見えない。


「あなたなりの……正当な理由があったんですね」


「あれ? 納得しちゃったの?

 物分り良すぎない?

 ちょっとびっくり」


「全部を受け入れることはできませんが……

 悔しいことに、何となく理解はできました。

 父はまっとうな人間じゃなかったんですね?」


 オランドはポカンとしていた。

 ジャンがまるで犯人を庇護するような言い方をしたのに、最初は驚愕しているのだと思った。

 


 だが、どうやら違うみたいだ。

 オランドはまるでジャンが言ったことを噛み締めるかのように、短くなったシガレットを上下に動かしている。

 そしてトーンを一切変えずに、こう言い放った。


「それは違うと思うよ? ヴェベール君。

 周りはよく『人間性を捨てた軍人』って少将を評価しているけど、あの人もちゃんとした人間だよ。

 ただ選択を間違えただけ」


「それは……どういうことですか?」


 ジャンがオランドをじっと観察していると、彼はシガレットを食べきってしまった。

 そして2本目を箱から取り出し、再び口に咥える。


「言ったでしょ? 日記に書かれていないことを教えてあげるって。

 さすがにボクが見た、お父さんの最期までは書いてないでしょ?

 あの時彼はもう息絶え絶えで、声を絞り出すのがやっとの状態だったからね。

 包み隠さず、全部話してあげる」


 そう言ってオランドは、再び煙草を吸う真似をしながら星空を眺め始めた。

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