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1. 父の葬式

 ジャンの父、ゴーティエが戦死した。



 でもジャンの心はあまり痛んでおらず、涙も出てこない。

 近所の人が突然亡くなったかのような、そんな蚊帳の外の出来事の感覚だった。


 ゴーティエは仕事熱心で頻繁に家を空けていたし、会話した記憶も殆どない。

 唯一覚えているのは、軍学校の入学式の後に頭を撫でてもらった程度。

 その時ゴーティエは息子の成長ではなく、自分の後釜ができたことを喜んでいた。

 それ以外に懐かしい思い出なんざ、すぐに出てこない。

 

 

 それでもゴーティエは唯一の父親だ。

 悲報を受け取った時、少なからずショックを受けたのは確かだ。

 だがその日は雲1つない快晴で、父を心から偲べなかった。


(……ダメだこりゃ。

 葬式がめんどくさいっていう気しか起きない。

 父の仇は憎いけど、本気で殺そうとも思えないな)

 

 ジャンは青空を眺めながら、そう思っていた。



 



 それから数週間後、ジャンは父の葬儀に参列していた。

 軍学校の制服に包まれた彼は、埋められる前の棺桶の小窓から父の最期の顔を眺めた。

 それは安らかでも苦痛でもなく、無表情な蝋人形のようだった。

 一体父が死に際に何を見て、何を考えたのか全く分からない。

 

 (これが人の死に顔なんだ……

 ははっ、全然実感が湧かないや)


 ジャンは心の中で苦笑しながら、早く終わらないかと考えていた。


 

 その後は意外にも早く進んだ。

 棺が埋められ、参列者に簡単な挨拶を交わす。

 

 その後皆が立ち去ったとき、母から遺品である刀と日記を貰った。

 刀は父が肌身放さず持っていたという名刀らしい。

 一方の日記も、戦場では必ず毎日つけていたそうだ。


「私が持っていても仕方がないわ。

 軍人を志すあなたが持つ方が、お父さんは喜ぶはず。

 ……受け取りなさい」


 そんな母の目は、必死に隠してはいるが涙が浮かんでいた。

 本当は自分がずっと大切に保管しておきたかったのだろう。

 だが父と同じ戦場に立つことを選んだ息子が、生きて帰ってほしいという思いも強いらしい。

 ジャンはためらいながらも、見た目以上に重たいそれらを受け取った。


 

 そしてすぐにその場から離れ、夜にジャンの実家でゴーティエの知り合いが集まり酒宴が始まった。


「ヴェベール少将は、本当に立派な方だったな」


「そうそう、前の戦いで味方ごと橋を爆破したっていうのがあっただろ?

 あれは彼にしかできないよな」


「ああ、もし橋を落とさなかったら、今頃俺達の首都は陥落していただろうし。

 良くも悪くも、あそこまで人間性を捨てるって誰にも出来るもんじゃないさ」


 そう言った会話が嫌でも耳に入ってくる。

 みんなお酒が入っているくせに、すごくしんみりとしていた。

 そのギャップが、すごく気持ち悪い。


 それに皆ゴーティエを称えているが、ジャンからしてみれば冷徹な人間だと悪口を言っている気がしてならない。

 確かに家族を疎かにするのだから、冷たいのは確かだ。

 だがやはり身内を悪く言われるのは、心にくるものがある。



 ジャンはそれに我慢できなくなり、母にそっと近づいた。


「……夜風に当たってきます」


「分かったわ、気を付けてね」


 そうして彼は玄関から外に出て、空を眺めながら地面に腰を下ろした。




 そのままぼうっとしていると、ふと自分の胸ポケットに違和感を感じた。


「そういえば、受け取って入れっぱなしだったな」


 家に帰った後、刀は重たすぎて自室に置いてきた。

 だが日記は普通に持ち歩けるサイズだったため、部屋に置いておく理由がない。

 だからそのままなんとなく、ずっとポケットに入れていたのだ。


「せっかく暇だし、読んでみるか。

 父のことを知る良い機会だろうし」


 そんな軽い気持ちで、ジャンは日記を手に取った。

 そして家から漏れる明かりを頼りに、乱雑に書かれた文字に目を通し始める。




 そこに書かれている大半は、ゴーティエが巡った戦場で立てた作戦と成果だった。

 いつのどこで起きた戦いではこういう作戦を練り、戦死者の数と勝敗が淡々と列挙されている。


−−−


 9月11日

 場所:チュテレール南東、ピエージュ(平地)

 対戦国:アングリフ共和国

 規模:味方5千対敵1万

 結果:勝利、損害は半分(許容範囲内)

 作戦:敵をわざと橋の上におびき寄せ、味方の兵士と共に爆破


−−−

 

 そういった感じでずっと全部まとめられているのだ。

 あまりにも無機質な内容過ぎて、本当に日記なのかと疑いたくなるほどだ。


「……ああいう風に言われても仕方ないな。

 まるでただの戦闘兵器みたいだ。

 まさか、本当に無感情な人とは……」


 でも、驚きはしない。

 ジャンは客観的にその事実を受け止めていたのだ。

 そのため彼はそのまま、ページをただ黙々とめくり続けていた。



 だが残り数ページのところで、思わず手が止まった。


「これ……まさか、血……!?」


 開かれたページの左端には、赤黒い指の指紋が2つべっとりとついていた。

 よく見てみると、日付はゴーティエが戦死した日。

 文章量も他の日と比べて圧倒的に多く、事務的な感じは一切ない。

 そこには、彼が死ぬまでに起きたことがびっしりと書かれているようだ。


「もしかして、死ぬ直前に書いたのか……?

 この文章量を、怪我を負った状態で?

 何で……」


 ジャンは恐る恐る、そのページをじっくりと読み始めた。

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