初陣①
翌日も相も変わらず、行軍は続いている。
他の皆も慣れてきたのか、雑談がところどころで飛び交い、随分と良い雰囲気だ。
――それなのになぜ、嫌な風が肌を撫でるのだろう。
胸の奥に小さな違和感が残る。
湿った風が頬をかすめ、遠くの空で鳥が一羽、鳴いた。
その声が合図のように、甲高い警笛が鳴り響く。
ピィーーーッ!!
空気が一瞬で張り詰めた。
スラムの連中たちは困惑した顔で互いを見合い、
一方で隊長たち「精鋭」は、すぐさま周囲を警戒し、顔つきを鋭く変える。
その落差に、私は胸の奥がざわつくのを感じた。
「敵軍を発見した! 数は二百! こちらに進軍中である!
このまま迎え撃て!!」
号令が響く。
困惑する者、初陣に血が騒ぐ者、緊張で手が震える者――三者三様の反応が渦を巻く。
秩序を失った隊列はまるで生き物のようにうごめき、混沌とした気配があたりを満たした。
そんな中で、私もまた、手のひらが汗でじっとりと濡れているのに気づいた。
緊張をほぐすように、私は隣の隊長へ声をかける。
「敵は数が少ないのに……なぜ、わざわざ戦おうとするんですか?」
「お前らのおかげだよ。」
隊長は苦笑して答える。
「相手からしたら、こんなに統率の取れていない軍隊には勝てると思ったんだろう。
戦い慣れていない奴らなんて、良いカモだ。」
「でも、隊長たちがいますよね?」
「相手からしたら分からないからな。良い隠れ蓑になるってわけだ。」
なるほど。
そうやって、相手に油断を誘うのか。
私はようやく、スラムの連中が徴用された理由を理解した。
「幻滅したか?」
「いえ。うまい話は無いって知ってましたから。
……むしろ理由を知れて、少し嬉しいですよ。」
「ハハッ、嬉しいかぁ。そう言われるとは思わなかったぞ。」
隊長は快活に笑い、私の頭を乱暴に撫でた。
その手のひらの熱が、ほんの少しだけ安心をくれた気がする。
「とはいえ、報酬の話は本当だ。だから――まぁ、死ぬなよ、レン。」
そう言い残して先頭へ向かう背中に、私は何と声をかければいいか分からなかった。
ただ、その姿がやけに遠く見えた。
鉄と鉄が奏でる音に、怒号や悲鳴が混ざり、戦場は混沌を極めていた。
戦闘はすでに始まっており、こちらが押されているのか、戦場は刻一刻と近づいてくる。
――グロい。
その一言に尽きた。
森で魔物と戦っていたときは「怖い」とは思っても「グロい」とは感じなかった。
だが人間同士の戦いは違う。
血が、叫びが、命の終わる音が、あまりにも生々しい。
人の形をした何かが、倒れ、潰れ、泥にまみれていく。
「っ……」
目が合った。
戦場を注意深く見ていたからだろう。
たまたま視界に入った敵兵と、真正面から視線がぶつかった。
相手も気づいている。じりじりとこちらへ歩み寄ってくる。
私は戦いの始まりを悟り、息を整える。
そして意識を切り替えた。
――もう、逃げられない。




