作戦 *ランドフ視点
「集まっているか?」
「いーや、まだ軍師が来てねぇな。」
隊長とレンにホラを吹いたことは、あながち間違いではない。
こうして一般兵が寝静まる深夜、薄暗い天幕の中で机を囲み、作戦を共有している。
ランプの炎がかすかに揺れ、地図の上に不規則な影を作った。
俺にあるのは腕っぷしだけで、指揮能力は求められていない。せいぜい百人長か十人長が分相応だと、自分でもわかっている。
「そういやー、ランドフはうまく子守りできているかぁ。」
「餓鬼にはママが必要だろう。」
「ランドフがママになってるんじゃない。」
「ギャハハ、似合わねぇっすねー。」
馬鹿にして笑う連中は、俺にレンを押しつけた張本人たちだ。
いつもなら喧嘩のひとつも始まっている頃だが、今回は違う。
「おめーらは何もわかってねぇな。あいつはすげーぞ。まだ弱音も吐いちゃいねぇ。」
「んーなわけねぇだろうが。大の大人でも死ぬほどキツい行軍を、あんなチビが出来るはずがない。
しかも弱音も吐かずだと? 冗談キツいぜ。」
賛同の声が上がるが、俺には全く響かない。
「おぅおぅ、何でも言っとけ。」
俺が本気で気にしていないとわかると、連中はつまらなそうに肩をすくめた。
こいつらと話すときは、俺が熱くならないこと。それさえ徹すれば問題ない。
対処法を発見して、ひとりほくそ笑んでいると、横から思わぬ追撃が飛んできた。
「ランドフが言っていたことは本当だろう。あの子供が涼しい顔してランドフと話していたのを見た。
確か、“隊長と呼ぶように”だったかな。」
「おいおい、ランドフの旦那よぉ。“隊長”ってのは何の話だい?」
やばい。昼のことを聞かれていたのか。
坊っちゃんからの不意打ちに、思わず固まる。
あのことをこいつらに話してみろ、一生ネタにされるのは目に見えている。
そもそもレンも律儀に“隊長”“隊長”と呼ばなくてもいいのに……
今になって過去の自分が恥ずかしくなる。
「そ、そういえば軍師はどこ行ったんだ?」
苦し紛れに話題を変えると、別のやつが肩をすくめて答えた。
「動きすぎて夕食を吐いてるそうだ。」
「うぇー、もったいねぇ。」
「まぁ普段動かない貴族様からしたらキツいだろうね。」
「そう考えたら、子守してたのは俺らだったんじゃ?」
「確かに。ランドフのこと馬鹿にできねぇっす。」
うまく話題転換できたと胸をなで下ろした、その時――
背後から、空気を凍らせるような咳払いが響いた。
「その話、詳しく聞きたいな。」
ご立腹の軍師様が、すぐ背後に立っていた。
焚き火の明かりが背後から差し込み、影が天幕の布に伸びていて威圧感を感じた。
これ以上怒らせないためにも、俺は黙る。
だが馬鹿どもは焦って弁明した。
「いやー、大したことじゃないですよ。ねぇ、みんな?」
「そうそう、むしろ褒めてたんすよ! 小さい身体でよくここまでついてきてるって!」
「ほぅ、私を“チビ”と馬鹿にしていたと。」
おだてる作戦が完全に裏目に出た。
「私は馬鹿にされるのは百歩譲っていいが、声が大きすぎる。外まで聞こえていたらどうする!」
怒っているのは別の件だったらしい。
俺たちは安堵しつつも、すぐに背筋を伸ばして謝る。
――これでいいのかねぇ。
仮にも戦争の最中だってのに、ずいぶんと緩い。
だが視界の隅で笑いをこらえる坊っちゃんを見て、少しだけ胸が軽くなった。
馬鹿みたいな会話でも、あいつの緊張をほぐせたなら、それで十分だ。
そこまで広くない天幕に大人達7人が机を囲む。
薄い布越しに夜風が吹き、草の匂いがかすかに流れ込んできた。
中に吊り下げられているランプの光は火の動きに合わせて不規則に揺れ、影が壁と地図の上を踊る。
作戦を立てると銘打たれた会議だが、実情は軍師の作戦を聞くだけである。
それでもこうやって集まっているのは、俺たちが指揮権を持っているからだ。
俺を含めた5人には100人長の役割が与えられている。
基本的には軍師の作戦に従って動くが、細かい調整や有事の際は独断で100人までを好きなように動かせる。
坊っちゃんことレオンハルトは言うなれば神輿である。
坊っちゃんが俺らを集め、ここまで導いてくれた。その大恩は忘れないし、恩を少しでも返すべく俺たちも坊っちゃんのために行動する。
そして最後、軍師については正直よく分からない。
なぜ伯爵家の人が家柄の低い坊っちゃんを手助けするのかも、坊っちゃんが自信満々に軍師に推薦した理由も知らない。
軍師は広げた地図の上に指を滑らせる。
ランプの光がその動きに合わせて揺れ、要塞を示す赤印が影に飲まれた。
炎の明滅に合わせて、彼の横顔も冷たく照らし出される。
「まず最初に、私たちの目標はここ、レーベル要塞の奪還である。」
「たった600人でか?」
どよめきが広がり、否定の声が上がる。俺も無謀だと声を上げた。
レーベル要塞――王国が連合国の東からの侵攻を阻止するべく立てられた堅牢な要塞。
収容人数2万を超える大要塞であるが、現在連合国に奪われている。
俺たちの反応を予想していたのだろう、軍師は落ち着かせるように話し始めた。
「まずはおさらいをしようか。
5月11日、連合国及び帝国が侵攻してきた。帝国はかの辺境伯が対処するため大丈夫だとして、問題なのは連合国軍。
王国としては連合国と国境を接している貴族に防衛を要請し、彼らは東の侯爵を寄親に集結、8万もの軍勢を挙兵した。
対する敵の数は14万人。数では有利を取られているが、攻守の関係を考えると防衛は可能であった。」
軍師は喋って乾いた喉を潤すように水を一息に飲み、再び地図に視線を落とす。
その指が動くたび、光がわずかに揺れ、赤い影が地図の上を滑った。
「しかし、結果は惨敗。
侯爵らは功を急いだのか連合国軍が要塞に着く前に攻撃を仕掛け、あっさりと敗れた。
侯爵自身は討ち死に、寄親にしていた貴族達も降爵あるいは爵位の剥奪という厳しい処置が下るそうだ。」
「で、僕らはその14万人が守る大要塞に攻めるわけっすか?」
「違うな、そもそも敵軍は要塞にはいない。」
「じゃあ、どこに?」
「今ごろ、王国の軍とレーベル平原で睨み合っているだろうな。」
その口調は穏やかだが、確信を孕んでいた。
ランプの灯が一瞬強くなり、彼の目の奥で淡い光が反射する。
俺は納得がいかないまま、問いをぶつける。
「今の王国に14万もの大軍を対処できるだけの兵士も指揮官もいないだろ。どうやって連合国の相手をするんだ?」
「それだよ、ランドフ君。その質問を待っていた。
敵も君と同じことを考えて、要塞を越えてレーベル平野まで手を伸ばしている。
だが、我が国には最強の軍隊が残っていることに気づいていない。」
俺は思わず目を見開く。
貴族の血を持つ者のみで構成され、唯一“騎士団”を名乗ることを許された集団――
「近衛騎士団!」
俺の答えに軍師は満足そうに頷く。
「でも近衛騎士団って王都にいないとダメなんじゃないっすか?」
「いや、王族を守ることが目的だったはず…」
「正解だ。秘密裏に第三王子と騎士団が敵を迎え撃つべく平野にいる。
騎士団の数は1000弱、その他の雑兵6万。
本来ならどうしようもない数の差だが、最強の称号を持つ彼らなら覆すことが可能だ。」
ようやく全体像が見えてきた。
敵の主力を平野で迎え撃ち、俺たちは敵が少なくなった要塞を狙う。
これならばこの少ない戦力で最大級の功績を稼ぐことができるかもしれない。
まじまじと軍師を見る。
皆に作戦を感嘆され、ドヤ顔を決めている。
態度は尊大で、口は悪い。背も低く細いため、子供と間違えられることも少なくない。
俺も軍師に対しては、貴族然とした子供としか思っていなかった。
「なんだよ?」
じーっと見られていたからか首を傾げて尋ねてくる。
子供のような無邪気な仕草と先程までの態度のギャップに、思わず苦笑が漏れる。
「なんでも無いですよ。」
尊敬したなんて言えば、馬鹿にされてしまう。
俺は不思議そうにしている軍師を横目に、静まり返った春の夜へと天幕を出た。
外の空気はひんやりと冷たく、草の匂いが強く香った。
思ったより長くなってしまった…
次からは戦闘が始まります




