スラムからの始まり
木材のささくれに注意するように這いずる。靴なんて物はない。スラムではあれは贅沢品である。
入り口は子どもが通れるぐらいの小さな隙間しか無く、内部も小さくのびのびとする余裕がない。
天井は1mほどの背丈の私がまともに立てないほど低く、よくぶつけてしまう。
それでも私が誇れるマイホームである。
ポッケから取り出した幼虫の頭を器用に紐で天井につるす。明日の朝食だ。
こんなごちそうを朝から食べれるなんて未来の私は泣いて喜ぶだろう。
「ふー…」
ゴロンと横になる。圧迫感のある天井をぼけーっと見つめながらも先ほどからの違和感に意識を向ける。
私の名前はレン。
厳しい冬で孤児院から口減らしに捨てられた孤児。
なんとも寂しい自己紹介である。
そもそもここは王都であるはずだ。王のお膝元で孤児の一人も養えないなんて世も末だろう。
日本ではこんなことにはならなかったはず…
「日本?」
どこかで聞き慣れた、でも聞いたことのない言葉を反芻する。
嫌な汗が背中を伝う。
知らない知識、論理的思考能力、探るように脳を揺らすが知識の元になるような個人の記憶は存在しない。
知識だけをインプットしたような、
ほら見ろ、知らなかったのに、知っていた言葉を使う。
気味の悪さにマイホームを飛び出して、共用井戸へと向かう。
視界いっぱいに広がる水面はくすんだ赤髪の少年を映し、
ドンッ!
肩に強い衝撃を受け倒れる。そんな私を見向きもせず水を汲む男に声が出る。
「す、すいません」
男は舌打ちをして井戸を後にする。
去る後ろ姿を見て、だんだんと恐怖を感じた。
もし、あの男の虫の居所が悪かったら…
もし、あの男が喧嘩っ早かったら…
帰る道中も、行きとは一転して視線をせわしなく動かす。
日が落ち、静かな暗闇は非常に不気味で、時折感じる視線に世界が敵に見えた。
家に帰った後、私は反省する。
楽観的にはなれない。子どもが些細なことで殺される所を何度も見たことがある。
スラムの残酷さをこの目で見てきたのに、さっき得た知識の万能感に酔いはしゃいでしまった。
知識を得ただけで自分が特別な存在になった訳ではない。
天井のすきまから吹く風は私に文句があるのか非常に冷たい。




