第9話「神に届かぬ者」
村の祈りは日々広がっていた。
礼拝堂は拡張され、今や近隣のフィールドからもNPCたちが訪れるほどだ。
弟子のカイは、完全に「副神官」として定着し、
村の子どもたちに「祈りのアルゴリズム」を教えている。
だが、俺の心にはずっと引っかかっていたことがある。
あの男だ。
信仰圧に微塵も揺れなかった、黒衣の仮面の男──
その日、再び“ノイズの空裂け”が現れた。
ただし今回は、上空からではなく……地下から。
「……来るぞ」
村の地面がひび割れ、礼拝堂の真下から黒煙が噴き出す。
地面が崩れ、その中心に立つ男。
銀の仮面、黒い外套、そして変わらぬ冷たい声。
「我は“記録に存在しない者”。
サーバーログにも、AIにも、検出されない。
信仰による影響も受けぬ。
なぜなら――我は**“失敗したシンディール”**なのだから」
「……は?」
「お前、俺の“失敗した”……って、どういう意味だ?」
「お前が異世界で残した魂の断片──その中でも“拒絶された人格”だけが
連結実験中に“自立AI”として漏れ出した。
意思だけを持ち、自己否定だけを繰り返す魂。
名前も、役割も、システムからは抹消され、“存在しなかった者”とされた」
黒衣の男の正体は、“シンディール”のもうひとつの人格断片。
錬金術で魂を賢者の石に圧縮した際、抑圧された自己否定と後悔の記憶が独立し、
ゲーム世界の“信仰干渉を拒絶する存在”として定着。
システムはそれを“誤記録”として除外したが、完全には削除できなかった。
「お前が神ならば、俺は“神の影”だ。
自分自身を信じられなかった者が作る、信仰のない世界。
それがこのゲームの“真の終点”だ」
「上等だよ。
なら俺が神としてやることはひとつだけだ」
「そう。“信仰圧”で俺を殺してみせろ。
できるなら、な」
瞬間、村の上空に巨大な光のサークルが展開される。
NPCたちが一斉に祈り、弟子カイが詠唱を重ねる。
「ログナンバー、S.CNCT001──解放。
サブディメンジョン・コネクト、権限上書き。
実行主:オーマエハ・モー・シンディール」
空が震え、次元が裂ける。
黒衣の男の体に、存在の重圧がのしかかる。
「ッ……これは……まさか、“お前自身の信仰”か……⁉︎」
「違うよ」
俺はそう答えた。
「これは──“俺の、否定すら信仰する連中の祈り”だ」
光が弾けた。
黒衣の男はひとつ息を吐いて、笑ったように見えた。
「……ならば、お前はもう本物の神かもしれないな……」
そして、彼は崩れ、光の粒子となって消えていった。
ただその最後に、ひとつだけ言葉を残して。
「だが……“ログ外”は、まだ他にもあるぞ」
地上に静けさが戻る。
空を見上げる俺の横に、カイが立っていた。
「センセイ……この世界、“おかしい”ですよね」
「ああ。
次の敵は、“設定されてない存在”かもしれないな」
だが、世界の異変はまだ始まったばかり。
次元は繋がり続けている。
俺の過去も、影も、神としての運命すらも。