第34話 **迷宮の養蜂場 ― 試練の果てに**
ベルゼバブは静かに息を吐いた。
血のように濃い魔力が、未だ空間に漂っている。つい先ほどまで繰り広げられていた激戦の余韻が、肌に焼きつくようだった。
足元には、GM――あの異質な侵入者の残骸と、いくつかの高品質な装備が転がっていた。
武具は闇の魔力を帯び、ただの戦利品にとどまらない、不穏な気配を放っている。
そこへ、ダンジョンの管理者であるシンディールが姿を現した。
薄く笑みを浮かべながら、戦場の中心に立つベルゼバブをじっと見つめる。
「……やるな。お前が討ち漏らしていれば、このダンジョンは今頃、瓦礫になっていた」
ベルゼバブは肩をすくめて応じた。
「当然だ。我はこの迷宮の王。侵略者など、叩き潰してこそだろう」
だがその声の奥には、いつになく張り詰めた緊張がにじんでいた。
相手は“ただの挑戦者”ではない。GMの名を冠する者が現れる――それはすなわち、この迷宮が試されているということだった。
「……感謝している、ベルゼバブ。お前がこの迷宮を守ってくれた」
シンディールの声は低く、しかし真摯だった。
ベルゼバブは一瞬だけ驚いたように目を細めたが、すぐにいつものニヤリとした笑みを浮かべる。
「フン。貴様がわざと送り込んだことくらい、見抜いていたぞ。
だが……我を試した報いは後で受けてもらうからな」
「お前なら勝てると踏んだからこそだ。信じていた」
ふと、二人の間に沈黙が落ちる。
だがその沈黙は緊張ではなく、互いの信頼と、戦いの余韻に包まれた静けさだった。
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後日、25階層の点検に赴いた二人は、思わぬ光景を目にする。
そこには、かつての岩肌は消え去り、草原と森林が広がっていた。
魔力の流れは穏やかに澄み渡り、光すら柔らかく差し込んでいた。
「……これは?」
「ふむ……どうやら、GMとの戦闘で放出された魔力が、この階層の環境に影響を与えたらしいな」
と、風に乗って、どこからともなく甘い香りが漂ってきた。
「……蜂蜜だな?」
ベルゼバブの目が、まるで子どものように一瞬で輝く。
木々の間には無数のキラービーが飛び交い、その中心には女王蜂――堂々たるクィーンビーが鎮座していた。
「養蜂場か……おもしろい。この階層を蜜源地に整備しよう。
品質向上のために、地上から花や果実も取り寄せるとしよう」
「ふはははっ! 悪くない! 力の証としての戦い、そして甘美なる報酬……完璧だな!」
ベルゼバブは嬉しそうに、指先に蜂蜜をすくって口に含む。
その表情は、いつもの冷酷な悪魔とは異なる、どこか幸せそうなものだった。
「……まさか、ここまで好きだとはな」
シンディールは呆れたように笑いながらも、この階層の新たな可能性に目を細めていた。
迷宮はただの戦場ではない。進化し、育ち、豊かさを生み出す器でもあるのだ。
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こうして、ベルゼバブの勝利は、迷宮を守るだけでなく、
新たな価値――“深層蜂蜜”という名の黄金をもたらした。
「……ベルゼバブ」
「ん?」
「本当に、ありがとう」
戦いを終えた王と、策を巡らせる支配者。
迷宮は今日も静かに、だが確かに、進化を続けている――。




