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第34話  **迷宮の養蜂場 ― 試練の果てに**

 ベルゼバブは静かに息を吐いた。

 血のように濃い魔力が、未だ空間に漂っている。つい先ほどまで繰り広げられていた激戦の余韻が、肌に焼きつくようだった。


 足元には、GM――あの異質な侵入者の残骸と、いくつかの高品質な装備が転がっていた。

 武具は闇の魔力を帯び、ただの戦利品にとどまらない、不穏な気配を放っている。


 そこへ、ダンジョンの管理者であるシンディールが姿を現した。

 薄く笑みを浮かべながら、戦場の中心に立つベルゼバブをじっと見つめる。


「……やるな。お前が討ち漏らしていれば、このダンジョンは今頃、瓦礫になっていた」


 ベルゼバブは肩をすくめて応じた。


「当然だ。我はこの迷宮の王。侵略者など、叩き潰してこそだろう」


 だがその声の奥には、いつになく張り詰めた緊張がにじんでいた。

 相手は“ただの挑戦者”ではない。GMの名を冠する者が現れる――それはすなわち、この迷宮が試されているということだった。


「……感謝している、ベルゼバブ。お前がこの迷宮を守ってくれた」


 シンディールの声は低く、しかし真摯だった。

 ベルゼバブは一瞬だけ驚いたように目を細めたが、すぐにいつものニヤリとした笑みを浮かべる。


「フン。貴様がわざと送り込んだことくらい、見抜いていたぞ。

 だが……我を試した報いは後で受けてもらうからな」


「お前なら勝てると踏んだからこそだ。信じていた」


 ふと、二人の間に沈黙が落ちる。

 だがその沈黙は緊張ではなく、互いの信頼と、戦いの余韻に包まれた静けさだった。


 ---


 ### ***


 後日、25階層の点検に赴いた二人は、思わぬ光景を目にする。

 そこには、かつての岩肌は消え去り、草原と森林が広がっていた。

 魔力の流れは穏やかに澄み渡り、光すら柔らかく差し込んでいた。


「……これは?」


「ふむ……どうやら、GMとの戦闘で放出された魔力が、この階層の環境に影響を与えたらしいな」


 と、風に乗って、どこからともなく甘い香りが漂ってきた。


「……蜂蜜だな?」


 ベルゼバブの目が、まるで子どものように一瞬で輝く。

 木々の間には無数のキラービーが飛び交い、その中心には女王蜂――堂々たるクィーンビーが鎮座していた。


「養蜂場か……おもしろい。この階層を蜜源地に整備しよう。

 品質向上のために、地上から花や果実も取り寄せるとしよう」


「ふはははっ! 悪くない! 力の証としての戦い、そして甘美なる報酬……完璧だな!」


 ベルゼバブは嬉しそうに、指先に蜂蜜をすくって口に含む。

 その表情は、いつもの冷酷な悪魔とは異なる、どこか幸せそうなものだった。


「……まさか、ここまで好きだとはな」


 シンディールは呆れたように笑いながらも、この階層の新たな可能性に目を細めていた。

 迷宮はただの戦場ではない。進化し、育ち、豊かさを生み出す器でもあるのだ。


 ---


 こうして、ベルゼバブの勝利は、迷宮を守るだけでなく、

 新たな価値――“深層蜂蜜”という名の黄金をもたらした。


「……ベルゼバブ」


「ん?」


「本当に、ありがとう」


 戦いを終えた王と、策を巡らせる支配者。

 迷宮は今日も静かに、だが確かに、進化を続けている――。

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