第21話「対話不能悪魔との再会と、静かなる戦端準備」
辺り一帯に広がる死の気配。
空は腐り、草は枯れ、石すら呻くような重圧が満ちる。
空に現れた巨大な影――ベルゼバブはまだ完全に動いていなかった。
「……やっぱり来やがったか。何年ぶりだ?」
シンディールは畑にしゃがみ込んだまま、古い記憶にアクセスする。
回想:異世界時代のベルゼバブ使役録
かつて、己の研究のために召喚した上位悪魔。
理性、秩序、忠誠――そのすべてを持たず、ただひたすら「力」そのものを振るう存在。
ベルゼバブは召喚者さえ容赦なく巻き込む悪魔だった。
・範囲攻撃→召喚者除外機能「わざと未設定」
・敵味方の区別→「魔力の反応が強い方を潰す」思考
・命令違反→日常
・会話→成立しない。ただし状況判断能力は高い
それでも使役できた理由はひとつ。
「彼を縛る契約魔法が、偶然にも完璧に噛み合っていた」からだ。
「今の俺、レベル30。召喚の制御枠すらギリギリ。あれとやり合うなら――」
シンディールは懐から1枚の巻物を取り出した。
その紋章は、かつて異世界で血と魂を代価に刻んだもの。
「……メフィスト。もう一人の災厄だな」
ベルゼバブの天敵。冷徹で、戦術的で、目的志向な大悪魔。
かつて彼らを同時召喚して大乱戦を引き起こし、転生のきっかけとなった。
しかし今回は、下手に動けばその再来。
「三つ巴は避けたい。だから、まずは確認だ」
ベルゼバブとの“接触”
空に浮かぶ魔神の気配が、少しだけ変わった。
それは、魔力の探査と反応。
呼ばれた者の気配を確認するように、ほんの一瞬だが目のようなものが、シンディールの方を向く。
その圧だけで、草が蒸発し、近くのゾンビが塵になる。
「……ああ、お前か。俺を呼んだのは」
ベルゼバブがそう“認識”した感触がある。
だが、それ以上の意思疎通は不可能。
会話スキルは一切効かない。
ただ、“敵”とはまだ判断されていない。
「やっぱり、何かを探してるな……」
ベルゼバブは一歩も動かない。
攻撃もしてこないが、魔力だけは膨張している。
何かを“探している”……その気配があった。
「目的が分かれば、こちらから接触の余地がある」
「ただし、敵意を出せばこの地は壊される。俺の畑も、工房も、全部な」
そして、ログに一つの通知が入る。
【ワールドレイドボス『ベルゼバブ』:非攻撃状態継続中】
【時間経過で“腐蝕拡散”開始まで残り1時間】
【プレイヤー間敵対:継続】
【発生源プレイヤー『SINDIR_3』の行動により、進行が変化します】
「1時間以内に、奴の目的を突き止める。
それが無理なら――メフィスト、出てきてもらうぞ」
静かに、だが確実に、
世界最悪の火種は再び動き出していた。




