新たな相談者
ノックの音がした。
マーサが
「イツキ、いますか?」
と聞いてきた。
「残念ながらいるよ」
とイツキが答えるとドアが開いてマーサが入ってきた。
「今日の相談者よ。よろしく」
と言うとマーサは女と
「飲み過ぎはダメよ」
という一言を残して笑いながら出て行った。
そんなわけでいかつい魔王と対面する事は無かったが、イツキは朝から相談者の相手をする事になった。
一人残されたその女は、縦カールの長い金髪が美しく如何にも剣士といった出で立ちで、腰には人もうらやむ名剣ラグナロックが下がっていた。
「初めまして。キャリアコンサルタントのイツキです。転職のご相談ですか?」
イツキはなんとか平常を装って声を掛けた。
やはりまだ酒が残っているようだ。
「そうなんです。今剣士をしているんです。つい最近、オーデリア大陸を八人パーティで制覇してきました」
「ほほ~それは凄い。それでその剣をお持ちなんですね。失礼ですがお名前は?」
「アイリスです。これもやっと手に入れた剣なんですけどね。でも……」
「でも?」
イツキは聞き返した。
「どうやら燃え尽き症候群になってしまったようなんです」
「燃え尽き症候群?」
「そう、燃え尽き症候群。何もやる気が起きませ~ん」
とアイリスはくだけた様な話し方で応えた。
「ああ、なる程。僕にも経験がありますよ。そういう時は、しばらく休んでいたら良いじゃないですか?」
「そうなんですけどねえ。でもここで休んでしまうとそのままヒキニートへ一直線のような気がして……」
「まあ、それも有り得ますな」
とイツキは頷いた。
「でしょう?」
「それで転職を考えているんですね」
とイツキは納得したように聞いた。
「そうなんです。何が良いと思います?」
アイリスは身を乗り出してイツキに聞いた。
「主婦は?」
とイツキはひとこと言った。
「あ~ら。あなたお帰りなさい。ご飯にします。先にお風呂にします。それもとわ・た・し……って何を恥ずかしい事やらすんですか!!」
とアイリスは乗り突っ込みをかました。
「いえいえ。勝手にあたなが妄想全開で暴走モードに突入したんじゃないですか? 誰も止められませんよ。本当に久しぶりに見ていて恥ずかしい思いをさせていただきましたよ」
イツキはこのギャグ体質の娘を既に持て余してきた。
「そうでした……失礼しました。では主婦以外で何か」
「主婦ではダメですか?」
「多分、堕落します。そもそも家事全般に才能がありません」
「そうでしょうね。では、道化師は?」
イツキは間髪入れず応えた。
アイリスの右手は剣の柄にかかってワナワナと震えている。
「ちゃんと考えてくれてます?」
さっきと違ってノリツッコミではなくお怒りのご様子だった。
「あ、失礼しました」
と慌ててイツキは一応謝ったものの
――誰だってこの流れなら、そういうぞぉ…二人いたら漫才師と言ってあげたのに……でも一人乗り突っ込みが出来るって結構いい線言っていると思うんだけどなあ…――
と考えていたら
「まだ、引きずってます?」
と剣の柄に手を掛けたままアイリスが聞いてきた。
「いえいえ、全然」
イツキはうすらとぼけた。




