チェスを指しながら
「そうか。しかしこんな世の中が来るとはのぉ。平和なのか何なのか良く分からんのぉ」
と今回の企みを他人事のように国王は言った。
――そもそも、異世界人を魔族に推薦するなんて事を考えたのは誰だったのか?――
とイツキは国王に言ってやりたかったがそれは押とどまった。流石に国王相手にその言葉は吐けなかった。
その代わり
「いえいえ。陛下。平和なんですよ。平和」
と当たり障りのない言葉を返した。
「そうか」
そういうと国王はビっショップを動かした。
その後
「それはそうとリチャードがギルドに行ったそうだのぉ」
とイツキに聞いた。
「あら、それももうお耳に入りましたか?」
そういうとイツキはポーンを自軍のナイト隣に上げた。
「ふむ……本当に今日は慎重だのぉ……お主らしくもない」
国王はそう言ってもう一つのナイトを上げた。
「あれも何を考えておるのか……平和過ぎると、やる事が無くなる様じゃの」
国王は紅茶カップを持ち上げ口を付けた。
「いやいや、なかなか正義感の強い良い皇子ではありませんか……」
イツキのこの言葉の半分はお世辞でできていた。
「そうかのぉ……。あ奴も平和ボケしておるからのぉ……。急に『冒険の旅に出る』とか言って王宮から居なくなったわ」
と国王は呆れたように笑ったが、その行為自体は咎める気持ちはないようだった。
「よろしいではありませんか? そうやってこの国やほかの国を見て回ることは無駄にはならんでしょう」
そう言いながらイツキはクイーンの横のビショップを国王のナイトの鼻先に当てた。
「そうじゃの。そうであればよいのだが……イツキよ、これからも、あれの事はよろしく頼むぞ」
「はい。お任せください」
静かな時間は過ぎていく。二人は盤面に集中していた。
先に口を開いたのは国王だった。
「ところでイツキ。いつまでギルドにおるつもりじゃ」
「いつまでって言われても……暫くはヘンリーの下で働くつもりですが……」
「そうか……」
「ところで陛下、チェックメイトです」
とイツキは静かに告げた。
「あ!」
国王は暫くチェス盤を食い入るように見つめていたが、観念したように目を上げ
「お前は本当に情け容赦ない奴だな」
とイツキをなじった。
「そんな事を言われましてもねぇ……」
とイツキはいつものように平気な顔をして応えた。
それがいつも国王オットー・ウオンジは気に入らない。
「もう一戦、良いな?」
「はい。勿論です」
イツキは涼しい顔をして国王の再戦の願いを聞き入れた。
そして第二回戦が始まった。
国王は久しぶりにイツキとチェスが指せて楽しそうだった。
イツキも近衛師団長時代を思い出しながら、気持ちよく指していた。
ひと時の安息の時間がゆっくりと過ぎていった。
気が付いたら日も落ちてしまっていた。
結局、国王は自分が勝つまで止めないと決めていたようで、何度もイツキに勝負を挑んだ。
最終的には国王が勝ったものの、それから感想戦になり国王の鬱憤晴しに付き合い、更にそのまま食事も共にする事になった。
国王は酒が強い。
それにも付き合っていたイツキも実は酒は強い。
しかし特に酔った国王はイツキに政治のきな臭い話もする。それだけイツキの事を信頼しているという証なのだが、政争にいつ巻き込まれてもおかしく無いという自分の不安定な立場が分かっているイツキとしては悩みどころでもあった。
ただ『我が国王は今まで通り、覇道を欲しておいでにならない』それがわかっただけでもイツキにとっては無駄な時間では無かった。
結局その日は王宮に泊まり、朝一に王宮の馬車でギルドに出社する羽目になった。
幸い二日酔いになっていないのだけが、不幸中の幸いという状態で迎えた朝だった。
自分の事務所に着いたイツキは
――今日は1日この部屋で仕事をしよう。魔王に会いに行ったりしないで済むように祈ろう。
いつもの平穏な日常でありますように――
と願うばかりであった。




