国王
「執事殿もお元気そうですな」
イツキは歩きながら老執事長に話しかけた。
「ほほほ、まだまだ働けますからな。腰が曲がっていない間は陛下にお仕えしたいですな」
老執事長は笑いながら答えた。
その笑顔はイツキが近衛兵時代から世話になった笑顔だった。
誰もが異世界から来たイツキを疑心暗鬼で見ている時に、セヴァスチャンはいつもこの笑顔でイツキを出迎えてくれた。
だからイツキはここに来るとこの笑顔でほっとした気持ちになれる。そしてこの廊下をこの老執事長と一緒に歩くのが案外楽しみだった。
そんな事を思い出しながらイツキは老執事長の後を歩いた。
「それでは、こちらでお待ちを。お飲み物はいつもの珈琲で宜しかったですな」
と老執事長は扉を開けて言った。
「はい。それでお願いします」
「かしこまりました」
そういうと老執事長は扉を閉めて部屋を後にした。
チェスの駒は既に並べてあった。
いつもの白い駒の席に着くとイツキは国王が来るのを、大きな窓からの景色を見て待った。
暫くして杖を突く音と複数のお供の足音を引き連れて部屋の扉が開いた。
「国王陛下の御なりです」
イツキは立ち上がって頭を下げた。
「おお、イツキよ。よく来たな。待っておったぞ。息災にしておったか?」
「は! お陰様で。国王陛下に置かれましてもお健勝で何よりでございます」
「イツキよ、何をかしこまっておるのじゃ? いつも通りでよい」
「いや、久しぶりに来ると今までどうやって話していたか忘れましてね」
とイツキは頭をかきながら国王に言い訳した。
「ははは。お主がそんな堅苦しい言葉を使う訳がなかろうが、余も気持ちが悪いわ!」
と国王は楽しそうに笑った。
「まあ、座れ」
「はい」
二人はチェス盤をはさんで向かい合って座った。
チェス盤の両サイドには小さなテーブルが一つづつ有り、そこに従者が飲み物とお菓子を置いて下がって行った。
「イツキ、手加減は無しじゃぞ」
国王はイツキに言った。
「本当に手抜きなしでやって良いですか? 怒りませんか?」
「お主が勝ったら怒るに決まっておろうが!」
「あ、それはダメですよ。やるからに潔く負けないと」
「お主、はなから余が負ける事を前提に話をしておるの?」
「あ、陛下、失礼いたしました」
「わははは。まずはこれで一本取っとかないとな」
国王はすこぶる機嫌が良い様だ。
「それでは、よろしくお願いします」
イツキは国王にゲーム開始の挨拶をした。
国王は頷くと慣れた手つきでポーンを二コマ動かした。
イツキもポーンを二コマ動かして対応した。
そして珈琲カップを持ち上げて口を付けた。
それを見て国王は
「今日は慎重じゃのぉ」
とイツキに聞こえるように呟いた。
「ま、初戦ですからね」
とイツキは笑いながら応えた。
国王は盤面を見つめながらおもむろに
「それはそうとイツキよ。ロンタイルの魔王に会いに行ったらしいな」
とナイトを動かしながらイツキに聞いた。
「もうお聞き及びで……はい。会いに行きましたよ」
隠す話でもないのでイツキは素直に応えた。イツキの言う通り国王はヘンリーから事の首尾を既に聞き及んでいた。
「そうか……。それで今回の話は納得しよったのじゃな」
国王は満足そうに頷いた。
「ええ。魔王にとってはなんらデメリットは無いですからね」
とイツキもナイトを動かしながら応えた。今日のイツキは国王が指摘するように、いつもより慎重に駒を動かしていた。




