麗泉宮へ
「やっぱり、キースは人気があるんだな……なんか腹立つなぁ……」
と一人部屋に残ったイツキはそう呟いた。
――そういえば国王がチェスをしに来いって言っていたらしいな――
今日はもう仕事をする気にならなかったイツキは、ちょうどいい機会なので王宮に行く事にした。
そう決めるとイツキはさっさと席を立って部屋を後にした。
受付のマーサを見つけると
「ちょっと麗泉宮まで行ってくる」
と言った。
「王宮ですか?」
とマーサは聞き返した。
「そうだ。国王とチェスでもしてくるよ」
「はい。行ってらっしゃい。馬車は用意しなくて良いですか?」
とマーサは聞いた。
「大丈夫。自分でやるから」
「はい。分かりました。今日はあまり勝たないで下さいよ」
といつものようにマーサはイツキに忠告した。
相手が誰であろうとイツキはいつも本気であった。もちろんそれは国王に対しても同じであった。なので全くの容赦もなく、国王にチェスで勝ち続けて怒らせたことが何度かあった。
「分かっているよ。適当に負けるから」
とイツキは笑いながらギルドを出て行った。
それを聞いてマーサはほとんど諦め顔でイツキを見送っていた。イツキの性格をよく知るマーサであった。
イツキはギルドの馬車小屋に行くと御者に
「いつものように麗泉宮まで行ってくれるかな?」
と声を掛けた。
御者は
「また、国王とチェスですかい? ほどほどに負けてあげて下さいよね。でないとギルマスが呼び付けられますからね」
と笑いながら言った。
「分かっているよ。さっきもマーサに言われたよ」
と言いながらイツキは馬車に乗り込んだ。
「そんなにボロ勝ちしてないんだけどなぁ……」
イツキはまたもや独り言を呟いた。自覚が無い事甚だしい。
それはさて置き。馬車は一路、麗泉宮を目指して走り出した。
麗泉宮の馬車寄せに着くと衛兵が手慣れた様子で馬車の扉を開けた。
そしてイツキが馬車から降りて来ると笑顔で敬礼した。
「師団長お久しぶりです」
「もう師団長じゃないだろう。それもずっと昔の話だぞぉ」
イツキも笑いながら言った。
「そうでした。しかし師団長はいつまでも我々の師団長です」
「そう言って貰えるのは嬉しいけどね。ところで老執事殿は居るかな?」
「いつものところで暇そうにしてますよ」
衛兵は笑いながらイツキに教えた。
「ありがとう。老執事殿が暇そうにしているという事はこの国が平和だという事だよ」
そう言ってイツキは馬車寄せから王宮の中へと入って行った。
執事室の扉は空いていた。
この扉が昼間に閉じる事はまずない。
開いた扉を軽くノックして、イツキは執事長のデスクで書き物をしていたセヴァスチャンに来訪を伝えた。
「あ、これはイツキ様。今日はチェスですか?」
白髪の執事長セヴァスチャンがイツキの姿を認めると立ち上がり迎えてくれた。
「うん。ヘンリーからね。国王が接待チェスに飽きたと聞いて、参上仕りましたわ」
とイツキは敢えて大仰に答えてみせた。
「ほほほ、そのようでありますな。それではご案内しましょう」
とイツキを奥のいつもチェスを行う部屋へと案内した。




