イツキのオフィス
魔王の宮殿からギルド内の自分の事務所に帰ってきたイツキは、暫く放心状態でデスクの椅子に座っていた。
背もたれに体を預けて天井を見上げながら、魔王オーフェンとエリーのやり取りを思い出していた。
「久しぶりにあんなに怒ったオーフェンを見たわ。凄かったなぁ……俺より迫力あったよなぁ……」
イツキは一人呟いた。
その時ノックの音がした。
「どうぞ」
イツキは声を掛けた。入ってきたのはマーサだった。
「イツキ、帰って来ていたのね。エリーはちゃんと黒騎士になれた?」
とマーサは心配そうに聞いた。彼女にしてみれば日中気になって仕方が無く、仕事が全く手につかなかった。
「ああ、なれたよ。ほれぼれするような見事な黒騎士振りだった」
「そうなんだ。良かった」
とマーサはその言葉を聞いて安心し、嬉しそうに笑った。
「マーサは昨日一晩中、エリーと色々話をしたんだって?」
「ええ、そうよ。色々聞いたし私も色々話をしたわ」
「そうか」
「彼女、アシヤっていうところのお嬢様なのね。そこのロクロク何とかってとこに住んでいたんだって」
「六麓荘かぁ……本物の芦屋のお嬢様だったのかぁ。そこはここで言えばハーベストの街みたいなもんだよ」
イツキはこの街の貴族が多く住む街の名前を挙げた。
そして同時にエリーの関西弁に合点がいった。
「え! そうなんだ。凄い!! エリーは本当にお嬢様だったのね」
マーサは驚いたように声を上げた。
「そういう事だよ」
「ふ~ん。そうなんだ」
「マーサ、これを見て」
イツキはデスクの上にハンカチで包まれたエリーの髪を置きマーサに見せた。
「これは?」
「エリーの髪さ。エリーが『私が冒険者に打ち取られても忘れないで欲しい。ここで生きた証にして欲しい。』って僕の目の前でバッサリ切った」
イツキはマーサに髪を切るしぐさをしながら言った。そしてその時の状況をマーサに説明した。
「やっぱり、覚悟を決めて黒騎士になったんだね」
マーサはその髪をそっと撫でながら呟いた。
「オーフェンが感心していたよ。見た目以上に腹を括っていたからね」
「魔王に認められたんだから、絶対に生き残って欲しいわ」
「エリーなら大丈夫だろう。それにしばらくはあの周辺は魔人魔獣の保護区指定されるらしいからね」
「あ、そうなんですね」
とマーサは安心したように声を上げた。
「僕は気に入らんが暗黒騎士団の団長は嫌味なキースだからな。生き残る術ぐらいは教えてくれるだろう」
とイツキが呟くと
「え~! キース様に直接教わるのぉ……良いなぁ!」
と羨ましそうにマーサは言った。
「なんだ? マーサもか?」
「え~、キース様は格好良いでしょう? お会いしたいなぁ……」
「あんな奴には会わなくて良いよ。本当にミーハーなんだから……」
イツキは呆れて言った。
「そうかなぁ……女子供には手を出さないし、紳士だし……みんな『なんでキース様が魔王の眷属なのか不思議』って言ってますよ」
「性格と根性がねじ曲がっているからに決まっているじゃん」
イツキは投げやりに言った。
「イツキ、実はやきもち焼いているでしょう……」
と、マーサは意地悪気な目つきでイツキを見た。
「そんな事あるかい!!」
イツキは焦りながら反論したが、マーサはそれを鼻で笑いながら
「イツキも結構、男前よ。安心してね」
と言った。
「取ってつけたお世辞は良いよ」
と観念したようにイツキは答えた。
イツキの不貞腐れたような表情を見て笑いながら
「無事にエリーも黒騎士になれたみたいで安心したわ。じゃあ、そろそろ仕事に戻らなくっちゃ」
そう言ってマーサは部屋を出て行った。




