エリザベスの遺言
エリーはイツキの前に来ると、意を決したように一度頷いてから短刀を取り出して、躊躇なく長い髪の先から20cm位をバッサリと切り取った。
そしてそれを持っていたハンカチでくるんで、驚き顔のイツキに手渡した。
「私にはこの世界で故郷も身内も何もありません。
ただ、私の話を聞いて、ここまで連れてきてくれて黒騎士にしてくれたイツキさんと、見ず知らずの私を家に泊めて下さり、一晩中私の話を聞いてくれたマーサさんがこの世界での唯一の知り合いで、唯一の身内だと勝手に思ってます。
もし私が冒険者に打ち取られたら、私がこの世界に存在した証は何もありません。勝手ついでで申し訳ありませんが、これを遺髪として貰って欲しいのです。私の事を覚えていて欲しいのです。せめてこの世界には私の事を知っている人が二人いると思いたいのです。よろしくお願いします」
とイツキに頭を下げた。
イツキはその髪の毛を受け取り
「分かった。でも絶対に死ぬな。キースはサディスティックで変態で嫌な奴だが、この世界で生き残る術を知っている男だ。あいつの言う事を聞いて早く一人前の黒騎士になれ。そして帰ってこい。それまでこの髪の毛は大事に置いといてやる。帰ってこなかったらこれをつけ胸毛やつけ腋毛にしてやる」
と言った。
「分かりました。つけ胸毛や腋毛にされたくないので絶対に生きて帰ります」
エリーは瞳いっぱい涙を溜めて笑った。そして最後までそれを零す事は無かった。
イツキはエリーを軽く抱きしめると耳元で
「生きて帰って来いよ」
と言った。
エリーは搾り出すような声で
「はい」
と応えた。
「それでは、行ってまいります」
エリーは名残を断ち切るようにくるっと振り向くとキースに
「父との別れは済みました。お願いします」
と言って歩き出した。
キースは黙って頷いてイツキの目を見た。力こぶを作るように右腕を上げてその拳をイツキの胸に「ドン!」と当てて、エリーと一緒に大広間から出ていった。
それを見送りながらイツキは
「僕……まだ三十過ぎなんですけど……父はないだろぉ……せめて兄にして欲しかったなあ……」
と力なく呟いた。
それを黙って見ていたオーフェンが
「あの娘は化けるぞ。あれなら立派な暗黒槍騎士団の一員になるわ。いや、それ以上にしてみせる。馬鹿にするなと言って申し訳なかった。イツキ、感謝する」
とイツキに頭を下げた。
「それにしてもあんな可愛い娘を黒騎士にするなんて……イツキも酷い男だ」
改めてオーフェンはイツキに言った。
「いや、違うだろう?」
イツキは慌てて否定した。
「本当の魔王はイツキじゃないのか?」
オーフェンは笑いながら畳み掛けるように言った。
「アホなことをいうな。魔王の癖に訳の判らん事を言うな」
と、イツキは手に持ったエリーの髪の毛を、大事そうにに上着の内ポケットに仕舞い、顔を上げてオーフェンに言った。
「それでは、ギルドに戻るよ……娘をよろしく頼む」
それはまさに父親の気持ちの一言だった。
オーフェンは
「分かった。任せるが良い」
と言うと、向きを変えてサルバを引き連れて大広間から去っていった。
イツキはオーフェンを見送ってから、一気にテレポーテーションでギルドに帰った。
大広間には小さなつむじ風が残っただけだった。




