魔王城の広間にて
エリーは霧の中にいた。
右手はしっかりとイツキの手を握っているが、イツキの姿は見えない。
「イツキさんの手って柔らかくて暖かいな」
と思っていたら急に目の前が明るくなって、知らない宮殿の大広間にイツキと立っていた。
「魔王オーフェンは居るか?」
イツキは広間に響くような声で叫んだ。
「なんですか。イツキさん」
と副官のサルバが玉座の横の通路から出てきた。
「サルバか。この前話をした黒騎士志願者を連れてきたよ」
サルバはその濁った眼でエリーの顔を食い入るように見た。
「こんな小娘を……貢物ですか?」
「違う。彼女が黒騎士志願者だ」
「ご冗談を……その冗談は笑えませんな」
「冗談じゃないから笑わなくて良いよ」
とイツキは何故か笑いながら言った。
その時に広場に響く声で
「なんじゃ、イツキ、また地獄の温泉饅頭を持ってきてくれたのか?」
と玉座の後ろからオーフェンが現れた。
「オーフェン、残念ながら今日は持ってきてない」
「その小娘はなんじゃ? それはワシへの貢物か? ワシは小娘は食わんぞ」
「あんたらは食べる事しか考えてないのか?」
イツキは苦笑しながらオーフェンに応えた。
「この前話をしたうちのギルドで登録した黒騎士第一号だ」
イツキがそういうと、オーフェンはエリーの顔をその大きな瞳で食い入るように見た。
「なんの冗談だ……イツキ」
オーフェンの声は一気に暗い重いものへと変わった。
「こんな小娘を持ってきて黒騎士にせよというのか……」
「そうだ」
イツキは真顔で応えた。
「他に魔族が居ないからと言って余をそこまで愚弄するのか?」
魔王オーフェンの眉間に皺が刻まれた。
「愚弄なんかしていない。本気だ」
「こんな小娘を一人連れて来て黒騎士にせよというのか」
オーフェンはもう一度イツキに聞いた。少し声が震えていた。魔王覇気が零れ出ていた。
「そう。こんな小娘がこんな他に魔族も居ないような宮殿に黒騎士になると言って、わざわざやって来てやたんだ」
イツキは魔王覇気にも微動だにせず強気である。
「ワシを怒らせたいのか?」
更に魔王覇気が広間に広がった。
「そうではないが怒りたいならどうぞ。いつでも買うぞ」
とイツキはこの場に不釣り合いな涼しい顔で応えた。
「本気か?」
「ああ、本気だ」
宮殿の空気は限界まで張り詰めた。魔王覇気が広間中に充満した。
オーフェンの髪は逆立ち眼は怒りに満ちていた。
イツキはゆっくりと右手を剣にかけ、腰を少し落として右足を半歩引いた。
そして凄まじい殺気にイツキは包まれた。
二人は一触即発状態となった。
その時、エリーが口を開いた。
「あのさ~。この大陸で一番の魔王っていうから来てみたら、こんなに気の短いおっさんなんかい。
ええ歳こいてみっともないな。何百年生きてるかは知らんがその程度かい? こんな小娘一人に何を腹立ててんねん」
と一気にまくし立てた。
「何が言いたい?」
オーフェンは怒りに染まった眼でエリーを睨んだ。
それにひるまずエリーは更に続けた。
「折角、黒騎士になろうと思ってイツキさんにお願いして来てみたら、こんな事で直ぐに腹を立てる小物が魔王やなんて笑わせるわ。ホンマに……ええ加減にしいや。マジ信じられへんわ」
とエリーは流暢な大阪弁で魔王を罵倒した。
二人のやり取りをイツキは茫然と見ていた。
「何や、こいつ関西人やったんか?」
実はイツキもまだ転移する前に神戸に住んでいたことがあった。
「ワシは小物か?」
オーフェンは肩を震わせエリーを睨んで言った。
「それ以外何があんねん。イツキさん、魔王ってこのとぼけたイカレタおっさんだけかいな?」
エリーはオーフェンを指差しイツキに聞いた。
「いえ、オーデリア大陸にもハウザーというとってもイカした魔王がおります」
イツキは思わず丁寧な言葉で答えた。
「だったらそっちにしません? こんなちんけなオッサンの眷属になんかなりとうないわ」
とエリザベスはオーフェンを一瞥してから言った。
「ハウザーとな? イツキ! ハウザーにもこの話を持って行ったのか?」
何故か魔王オーフェンは慌てたようにイツキに聞いた。
「い~や。まだ持って行ってへんけど、オーフェンのオッサンが文句言うからそれでもええなぁって……今思ったわ」
イツキも若干大阪弁がうつってきたようだった。




