ヘンリーの部屋で
――それにしてもキースのバカに彼女を預けるのは気に食わない――
どうやらイツキはオーフェンの下にいる暗黒騎士団の師団長キースが気に入らないようだ。そこだけはどうしても納得できないでいた。
「大体奴は魔族軍団のくせに男前だ。いまいましい! 魔族のくせに正々堂々と勝負を挑んでくるのも腹立たしい。もっと姑息な手を使えば良いモノを……」
そう、暗黒騎士団の師団長キースは中性的な美しさを持つイケメンな黒騎士だった。
魔族には珍しいフェミニストで、逆らう者には容赦なく魔神の鉄槌を下すが、決して弱い者や女性を狩ることはしなかった。
それが人間……特に女性の間で人気が高い理由だった。
そのキースにイツキは勝った。お蔭でイツキはキースの女性ファンからのロクデナシ呼ばわりされる羽目になった。イツキはそれを未だに根に持っているようだ。
「ち!」
そう吐き捨てると、イツキは席を立ってヘンリーの部屋へ向かった。
ヘンリーはまだ部屋に居た。
ノックをして中に入るといつものように秘書のリンダが猫耳をピクピクさせてイツキを出迎えた。
「ギルマスですか?」
「うん。まだいる?」
「いますよ。少しお待ちください」
リンダはヘンリーの部屋に入るとイツキが訪れた事を告げた。
そして猫耳をピクピクさせながらイツキに
「どうぞ」
とヘンリーの部屋へ案内した。
「どうした? まだ何か言い足りない事でもあったのか?」
ヘンリーはそう言いながらイツキにソファーを勧めた。
「いやね。実は今さっき黒騎士志望の転移者がやってきましたよ」
ソファーに座りながらイツキは報告した。
「それは良かった。早速か」
とヘンリーは驚いたような表情を浮かべた。
「しかし、それが十七歳の女の子。まだあっちの世界では学生なんですよねえ」
「十七歳の女子学生? さっきすれ違った子かぁ? そんな幼気ない女の子を騙すなんて酷いやつだな、イツキ」
とヘンリーは呆れた様な表情を見せて言った。
「よしてくれ。本人が勝手に言い出したんだよ。僕が勧める訳がないでしょう」
イツキは手を振って否定した。
「そうなのか?」
そう言いながらヘンリーはイツキの前に座った。
「そうだよ。一晩寝て考えろとは言ったが、あれは多分変わらないだろうなぁ」
イツキは憤慨した様子で否定した。
「そうか。その場合は……」
「本人の意思を尊重するしかないでしょう」
「だな」
ヘンリーは頷くしかなかった。
「なので明日オーフェンのところへ連れて行く事になるよ」
「分かった」
「だから明日、その子が黒騎士を選んだからと言って僕の事を、極悪非道冷酷残忍とか言わないで貰いたい。それだけを言いに来た」
「案外人の目を気にするんだな」
ヘンリーは笑いながらイツキに言った。
「この件に関してはな。アンタが何言うか予想が付きますからね」
「流石だな」
「ま、どうせ教育担当はキースだろうから、ちゃんと彼が面倒は見るのでしょうけどね」
「キースってあのイケメンでキザな奴?」
「そう」
「俺、あいつ嫌い……」
ヘンリーは苦虫を潰したような顔でイツキに言った。
「オーフェンの宮殿で戦いましたか?」
「ああ。戦ったけど……あいつ強かった」
「まあ、普通の奴には勝てんでしょう。ありゃ。下手な魔王よりも強いですからね。で、こてんぱんに負けたとか?」
とイツキはヘンリーに聞いた。
「いや、負けなかったが勝てもしなかった」
「へぇ。キースと互角に戦ったんだったら大したもんですよ」
イツキはヘンリーを慰めながらもヘンリーの実力を少し認めた。
「闘いながら気障なセリフを連呼する。それを聞いていたら、だんだん闘う気力が失せていったわ」
「それ、分かります。あいつは戦う時も一言多いですからね。僕の場合はそれが闘志に代わって剣でガンガン殴りつけてやりましたけどね」
とイツキは笑いながら楽しそうに語った。
兎に角イツキはキースがとても気に食わない奴のようだった。




